魔界に召喚されましたが、その扱いは酷すぎるので逃げようと思います。
らてぃ
第1話
「――え」
びっくりしすぎて体が動かない。いや、動かないというか、頭を動かすのに必死で体を動かす気になれないというか……。
だって、起きたら見覚えのないところにいるって、怖くない? 和洋の素晴らしく織り交ざった日本の家で暮らしていた私でも、前置きもなくいきなり完全に西洋な室内は無理だって。
周囲を探索しようか迷っていると、ドアの向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。
ち、近づいてきてる!
恐怖で布団に潜って亀さん状態。もし怪しい人だったら会いたくないなあ、なんて思いながら待つこと数秒。足音同様ドアも騒がしく開かれ、そこで音は止んでしまった。
胸の奥から激しく太鼓を殴る音が聞こえてくるよ! 穏やかな音じゃないよ! まだ見ぬ誰かさんのせいでね!
それにしても、ドアの音以来何も聞こえてこない。
そっと顔を出そうとすると、ぱっと光が差した。
「みぃつけた」
「ひぃっ」
亀さんのちょうど首の辺り――つまり私の顔がある辺りの布が捲られて、不気味に光る瞳がすぐそこに。
「あっはは、いい声」
ばさっと掛布が剥ぎ取られ、相手の全貌が明らかになった。
金髪にたれ気味の緑目。鼻筋は通って唇は薄いけど、幼さが若干ある。男の子? 女の子? 何より一番気になるのは頭上。黒くてごつごつとした角が二本、頭の左右から生えている。コスプレ?
「君の髪、綺麗だよね。黒に艶が映えて、お兄様にそっくり」
恐ろしいほど細くて綺麗な指を髪に伸ばされた……かと思ったら、乱暴に引っ張られる。
「痛っ」
「やっぱり可愛い声」
私が迂闊だった。この綺麗な容姿に見とれて、相手が誰かもわかっていないのに油断していた。
「うるさいので走らないでくださいって何度言えばわかるんですか」
別の声がして振り向くと、いつの間にかベッドのすぐ傍に背の高い男性が立っていた。透けるような白金の髪を持ち、紫の瞳を囲う目は切れ長だ。この人は右頬に入れ墨のような黒いマークがある。ダイヤのマークのような――下に重心が下がっていて、なんとなく逆十字にも見えるような。
「乱暴に扱わないでください。この娘の管理を任されているのは貴方でしょう。祭りの後で我らが王に叱られても知りませんよ」
そう言って白金の男性は金髪の子の手を私の髪から離してくれた。
「あ、ありがとうございます」
背が高くて気づかなかったけど、この人もコスプレをしているみたいだ。
金髪の子が男性にべーっと舌を出す。その舌には男性と同じマークが刻まれてあった。
「べーっだ。ウィリアムはうるさすぎるんだよ! お前は僕より格下のくせに」
「魔王様からデーヴィド様の子守を頼まれていますので」
名前を盗み聞きというか、知ってしまったわけだけれど、私はこれから何をどうすればいいんでしょう。情報収集?
「えーと、今日はお祭りがあるんですか? ウィリアムさん」
名前を呼んだ途端、ウィリアムさんの目に底冷えする光が宿った。
「あなたが知る必要はありません」
「あ、そうですか……」
何これ、冷たくない? さっきは優しくしてくれたのにさ!
「もぅ、冷たいな、ウィリアムは。ね、僕が教えてあげるよ。今日じゃないけど、もうすぐ――」
「デーヴィド様」
デーヴィドって名前からして男の子だよね。
そんなデーヴィドくんは冷たい冷たいウィリアムさんを人睨みして、私に人懐っこい笑みを浮かべた。
「もうすぐね、魔王様に聖なるものを捧げる日が来るんだ」
え? コスプレ祭?
デーヴィドくんの表情からは真偽が読み取れない。
「そうなんだ。魔王様なのに聖なるものを捧げるって、変わってるんだね」
「うん、そうなの。お兄様は、人間の女の子の処女をめちゃくちゃに奪って、悲鳴やら涙やらを楽しむのが好きなんだって。聖なるものって言葉より、そっちの方のインパクトが強いらしいよ。わかる気もするけどねー」
え、処女? 確かに処女って昔は聖なるものって意味があったみたいだけど、それも乙女の処女? それって――。
理解と同時に同情に心を支配される。
「その女の子はその後どうなっちゃうの?」
「デーヴィド様」
ウィリアムさんが声音に焦りをにじませる。
「適当にその辺にぽいされて、何かに食べられちゃうか、寂しく一生を終えるかだね!」
デーヴィドくんは楽しそうに教えてくれたけど、酷すぎでは? 私だったら、いや私じゃなくても絶対嫌だろうけど。
「その女の子ってどうやって連れてくるの? もしかして、この国には奴隷がいたりとか……?」
デーヴィドくんの目が可笑しそうに笑った。
「んーん、人間界」
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