色無き風
冬に向けての準備に勤しむ世間を眺めながら、いつも通りひとりで煙草を吸ってからつい先程まで撮影をしていた場所に戻る。
「うわ、煙草かー。困るよ匂いが服に付いたりしたら」
「そうなったら買うんで」
「もうちょっと優雅な感じでしてもらわないと。うちの看板背負ってるんだから自覚してよね?」
長い髪をヘアメイクを担当する美容師が手直しに後ろに着き、煙草を吸う拍子に少し崩れたリップを直すためにメイク担当が前に着く。
顔がやや女顔寄りだったことを活かしてメンズモデルより金が良いと言う理由だけでレディースモデルを始めたが、女らしい振る舞いを求められるのにもいい加減嫌気がさしていた。
それでも辞められないのは撮られるのが好きだし、発刊された本を手に取って自分のページに目を止める時の読者の顔が好きだからだ。
編集側も自分を切れないのは確実に数字を出すからで、それが無ければすぐにでも切りたい相手なのはいつもの雰囲気からも見て取れる。
今日も互いにいがみ合いながらも、いざ撮影になると息をぴったり合わせて撮影した写真を確認し終える。
「本当に性格はクズだけど良い仕事するねー」
「文句ばっか言ってても撮影者の腕は良いからな」
「そんな生意気言ってても撮りたくなる魅力は流石だよ。また頼むからよろしくねー」
次の撮影が控えてるとか何とか言っていたカメラマンは足早に立ち去り、最後はいつも通りの会話を交わして別れる。
次に来たのは今年独立したばかりのデザイナーで、今年の東京コレクションで注目されるであろう新進気鋭の若手だった。
「さすが全女子高生に絶大な人気の天月
「お前のデザインなんて余裕だ。繋ぎ目のないデザイン、ちゃんと計算されてる設計で服の動きも悪くない」
「ただの綺麗なマネキンじゃないんだな。その服はそのまま返さなくて良いから宣伝の為に着てくれ」
「普段は女装なんてしねえよ。いつも貰う服は妹行きだから、気に入ってくれれば着てくれるかもな」
「本当にお前は男なんだな。見ているだけだと忘れるけど、こうして話してみるとやっぱいけ好かない男って感じだ」
「妹によろしく言っといてくれよ」と肩を叩いて去ったデザイナーを見送り、やっと自分の荷物を持ってこの場を離れる。
クソ疲れたなと呟きながら街の中を歩いていたが、ポケットの中でしつこく振動を続けるスマホを取り出す。
「おにぃ! 学校終わったから遊びに行こ!」
思わずスピーカーと誤認するくらい大きな声が周りの人を振り返らせ、音が出る穴を塞ぎながら通話を続ける。
「声がでかい静かにしろ。撮影終わりで疲れたから行かないし、どーせ友だちも居るんだろ。邪魔しちゃ悪いし誘ってくるなよ」
「仕事終わる頃だからって帰ろうとしたら皆呼べ呼べうるさくて」
「繋がってるの!? やば!」
「絶対来てね! 絶対だよ!」
「もー! ほんとうるさい! 最近行った渋谷のパンケーキのお店にしゅう……」
何人かのわちゃわちゃした声と聖華の声を最後に通話が一方的に切られ、全く行く気が湧かない駅までの道をゆっくり歩く。
「あれ。ちょっとそこの君」
突然掛けられた声が自分へ向けてのものじゃないことを祈りながら止まらずに居ると、わざわざ前に回り込んで来て、少し高い位置にある目をしっかりと見上げてくる。
「問題児はっけーん。学校で素行不良生徒として度々名前の挙がる天月君だね。人の趣味に口を出す気は無いけど、女装は裏をかかれたよ」
若干記憶の隅に見覚えのある女に立ち止まりかけたが、なんとか耐え忍んで避けて歩き続けるも、再び回り込んで来たそいつは乱雑にポケットの中に手を突っ込んでくる。
「ちょっ、なんだよお前!」
「やっぱりモブスター。学校と同じ匂いだったからもしやと思って疑ってみて正解だね、さすが私だ完璧だよ」
「頭イってんのか!? 返せよ女!」
取り上げられた煙草を取り返そうと掴みかけるが、ひょいと避けられて2歩下がって距離を空けられる。最高に苛立っている日に限ってイライラする事が重なり過ぎていた為、いつもはキレない事でも既に沸点に達して制御が効かなくなっていた。
「誰なんだよお前! こっちはイライラしてるんだよ、これが最後だ女!」
「私は君の通う学校の先輩で生徒会長だよ。あと少しシンガーをね」
エアギターで弦を掻き鳴らす真似をしながらドヤ顔で言ってくるが、全くと言って良い程知らないこっちからしたら、死ぬほど邪魔な存在でしかない。
「知らねえよばかが」
「まぁまぁ。1本付き合ってくれれば返してあげるさ」
「……チッ。1本だけだからな」
「そんなに急いでるなら付いてく先でも良いよ」
「いやいい。丁度渋谷で待ち合わせしてるし」
咳き込みながらどこか煙草が吸える場所がないかマップを頭の中に浮かべながら思い返していると、思い出すよりも先に手を引かれて強制的に歩かされる。しばらく歩いた先の建物の屋上に連れてかれる。
「なんだよここ」
「事務所の屋上だよ。私がいつも隠れてサボる場所」
「シンガーのくせに煙草良いのかよ」
慣れた手つきで煙草に火をつけて煙を吸ったと思うと、思い切りむせながら鞄から取り出した水を飲む。
「これが2回目だよ……この前学校で会った時、君が吸ってた後ろでひと口吸ってみたけど無理で、君から没収してから気になってたんだ」
「ならやめとけ。これは吸わなくていいならその方が良いだろ」
「私も君みたいにエロく吸いたい! ミュージシャンって感じするじゃないか」
「お前ばかなんだな。ばかだよばーか、とにかくばかだ。勉強が出来るだけのばかだ」
「だからこうして経験を積んだんじゃないか。吸わなくて良いなら君ももう必要無いよ。早くやめると良い」
「この1箱吸い終わったら考えてやるよ。じゃあな」
むせた拍子に手から放していた煙草を地面から拾い上げ、約束通り1本を出来るだけ味わいながら速攻で吸い終える。
「ちょっと待とうよ、私がまだ吸ってる途中じゃないか!」
まだまだ残っているにも関わらず火を消してまだ着いてくる女を今度こそ無視し続け、鉄製の階段を下りて通りに出ると、偶然聖華たちと出くわす。
「あ、おにぃ!」
聖華を中心に5人で歩いていた集団に囲まれて逃げ場を失い、更に後ろから追いかけて来ていた女に挟まれて完全に詰む。
「あー。もしかして邪魔した?」
「本物やば! 可愛すぎー」
「私もう女やめたくなってきた」
「もう泣きそう。泣いていい? てか泣いてる」
「尊……」
「君たちはセイ女の生徒じゃないか。私は
凝縮された地獄のど真ん中で考えることをやめてカフエに向かって鹿苑寺と名乗った女の手を引いて歩き始め収集のつかない地獄を引き連れて先頭で歩く。
あの日あの場所でキスをする 雨宮 祜ヰ @sanowahru
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