Clouded Sky
地上を焼き尽くしてしまうような炎天が続いた今年の夏に堪らず、避暑地の長野県に逃げて来ていた。家から出るのを聖華がごねにごね、愛知県を出られたのは昼過ぎになっていた。
県境まで電車に揺られ、それから聖華のマネージャーが運転する車にお世話になった。最初はうるさかった聖華が疲れて眠り、それに付き合わされていたからか、酷い眠気で思わず落ちそうになる。
「寝ても良いよ、私に任せといて」
「いや、さすがに運転してもらっててそれは」
「良いって。聖華から長野行くって連絡あった時、私の方が無理やり仕事ねじ込んだし。これくらいはね」
「じゃあ少しだけ」
「りょーかい。また30分後にね」
遠慮なしに人の太ももの上で眠る聖華のおかげで
「おにぃ起きろー」
聖華に鼻をつままれて飛び起き、自分でも分かるくらいの間抜けな顔をしていたのだろう、喜ぶ聖華の後ろでマネージャーがクスリと笑っていた。
「そのうち死ぬぞ」
「でもそれは今じゃない」
「勝手に深みを付加させようとするな」
「だってせっかくど田舎に来たのに曇りー!」
人の話も聞かずに車から飛び降りてどこかに駆けていく自由人に構わず、荷物を車から降ろして別荘の玄関まで運ぶ。そう多くもない荷物を置いて聖華を呼び戻そうと外に出て、曇った空を見上げて、よく晴れた空を思い出す。
「昔来た時はなんとも思わなかったけど、今見てみると良いな」
「あの時のあなたは、空を見上げて何かを思うほど余裕が無かったんだと思うよ?」
「そーだったかなー。あんまり覚えてないけど、とにかく聖華を学校行かせるために必死だったのは覚えてる」
「じゃあまだ若いんだし、取り戻すって訳じゃないけど楽しんじゃいなよ」
「よっしゃ! とにかくなんかしてやる、何すればいいんだ!」
学生時代を仕事に捨てて来た人生を歩んだ者に、遊んで楽しむレパートリーがあるはずもなく、ぎこちなさ全開で拳を突き上げる。
「見て見て見ておにぃこれやばー!」
森の奥から両手で何かを覆って走って来た聖華が手を開くと、閉じ込められていた蜘蛛がぴょんと飛び跳ねる。
「だぁぁばか! 虫苦手なの知ってるだろ!」
「知ってる知ってる。でもこの蜘蛛は無害なアシダカグモだから大丈夫」
「大丈夫じゃない! 嫌いなやつからしたら害なんだよ」
「せっかく離れの壁から持って来たのに。家主のおにぃにどーもーって挨拶しに来たんだよ?」
「分かったから、とりあえず荷物運ぶの手伝ってくれたら遊んでやる」
「今遊べよー」
着替えの入った鞄を持ち上げようと屈んだのを見計らい、背中の上に乗ってくる聖華ごと家の中に運ぶ。鞄と違って下ろしたくても下りてくれない聖華をくっ付けながら、2往復して荷物を運び終える。
「大変だったねー。これで心置き無く避暑出来る」
「お前は何もしてないだろ。とりあえず体型維持のためにお前は運動からな」
「休もうよー。せっかくの避暑地だよ?」
「標高も少しだけ高いし丁度良いなー」
背中から逃げようとする聖華の服の襟を掴んで引き止め、逃げられないように持ち上げる。
「待って待っておにぃ、誰か来た」
持ち上げた聖華が視界を遮ってしまっていたため地面に下ろすと、タッチアンドゴーで走り出して指さした方に一目散に走り去る。何度か瞬きをして、『やられた』と気付いて額を手で覆う。
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