神渡し
今までの日々は魔法だ。歌うことで、自分を表現して貰うことで耐えて来た。誰かの命令も思い通りに従ってやることも無かった。
その代わり、ただもがいて生きてくしかなかった。
そのイライラと上手くいかなさを解消するために、ポケットにくしゃくしゃに押し込んでいた数少ない煙草を1本咥える。
「こら、2日前にも没収した気がするけどなー。好きだね君、モブスター」
「またお前か。絡んでくるなよ」
「歌好き?」
「好きじゃねーよぼけ、話聞いてんのか」
「何がそんなに不満なの? 綺麗な朝日が差して、今は青い空が広がってる。平和に生きて、好きな音楽を聴いてられる」
「知らねえよ」
「待って待って待って。ちょっとからかっただけだから。誰だって浸りたくなる時あるでしょ!」
「ねーよ。煙草吸うのも渋る季節なのにお前の話なんて聞いてられるか」
「君がそうやって悲劇のヒロインぶってるのも、これと同じだと私は思うけどね」
気に食わない事を口走るこの女をビビらせようと避けられるよう大振りで拳を突き出すが、避ける素振りも見せずに頬に拳が入ってしまう。少しよろけて俯いたまま少し沈黙が続き、ゆっくりと赤く腫れた頬を痛がる素振りもせずに顔を上げる。
「君の手、痛いよね? 私の頬も痛いし、どっちもすっきりしない。でも歌はどうだろう。痛みも憤りも寂しさも、不安も悲しみも心もひとつになる」
「お前異常だろ。怖くねぇのかよ、お前こそ何がそこまで不満なんだよ」
「君が気持ちよく歌える曲を私が作る、君のモデル業は邪魔しない。私が不満に思ってるのは、本物を知らない天才が居るってこと」
どこまでも自信で満ち溢れる瞳に睨み返してサボる場所を変えようと歩き始めるが、あれ程の執念を見せた彼女は追いかけて来ることはなかった。
「君は徐々に私を忘れていくさ。今抱いている一時の不満と同じでね」
それどころか、誰も見ることの出来ない柔らかい何かを見て、勝ち誇った笑みを浮かべながら聞こえなかった何かを呟き続ける。
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