春の匂いがする
いつも下を向いて歩くのが癖だった。人と目が合うのが苦手だし、変わっているが、確かに踏み出される靴を見ると生きていると実感する。
今日も相変わらず下を向いて指を組み合わせていた手を離し、立ち上がって隣に立つ小さな頭を撫でてバケツを持つ。
「春になったばっかなのに、今日は暑いな」
「全くだよ。困るよこんなに暑くされたら」
「おにぃ、いつまでもそっちにべったりしてなくていいからこっち手伝って!」
ぱたぱたと手で顔を扇ぐと余計に暑くなるが、不思議と扇ぐのをやめられないで自分を呼ぶ妹の方に歩き出す。
その右前を歩くのは、陽射し対策と銘打った太もも丈の白のアウターと、無防備に足を放り出したショーパンを履いた、英雄志望の彼女だった。
「おにぃ遅過ぎ! 早く帰ってアイス食べたい」
「なら先帰ってれば良かっただろ、なんで俺の周りの女は人を振り回したがるんだ」
「その発言は引くわー。てか、今日のお祭りおにぃが歌うの?」
「今年俺か、覚えてないんだよな。だからまた
「1回聞けば覚えれるくせに。せっかくの才能無駄にしてるよ」
「そうだそうだ、君は私の指導のおかげで私の足元くらいには及ぶようになったのに」
「俺より上手いやつなんてその辺に居るだろ。とにかく、依織のじーさんは喜んでやりたがるから今年も任せるよ」
「歌うの好きなんでしょ、照れんなよおにぃのくせに」
「俺のくせには関係ないだろ。馬鹿言ってないで、あと花変えるだけならささっとやっちまえ」
浮ついた見た目とは裏腹に丁寧に花を差し替え、しおれかけた花を入れた袋を差し出してくる。催促するように揺らされた袋を受け取って墓石の前に並び、無心でしばらく手を合わせて目を開く。
いつの間にか姿を消して敷地の外へと抜け駆けする後頭部に手刀を叩き入れる。
「いた! なに、かまちょか?」
「なんとなくだよ」
「まじのかまちょじゃんうざー」
「何気にお前とあんまり話す機会も無いし。どうなんだよ、全寮制のお嬢様校は」
「別に変わらないかなー。なんかお嬢様校って言っても割と普通に話せるし。困るのは時々他校の子が門の近くまで見に来るくらい?」
「お前は兄の俺から見ても可愛いのに、全寮制の女子校なんて行ったら余計に狙われそうだ」
何となしに話題が流れ流れて横に並んで歩き出し、きらきらと陽の光を反射して光る港を時々見ながら帰る。
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