あの日あの場所でキスをする
雨宮 祜ヰ
壊破
まだ涼しさと春のもこもことした陽気が残る初夏。歌いながら右手を歩く彼女が、歌詞とも取れるような質問を投げかけてくる。
「もし世界が終わるとしたらどうする?」
「世界が? 想像もつかないかな」
突然のふわっとした難題に答えあぐねて、模範解答を返して目を逸らす。
そんな僕の両頬を手のひらで挟み、前へと飛び出して波紋が広がるような瞳に覗き込まれる。
「キスしてみる?」
「──は!? しねぇよ。からかってくんな」
「深い意味は無いのに。もしかして恥ずかしい?」
「なんでお前とちゅーなんてしないといけないんだよ。家のぬいぐるみとしてろ」
「あーあ。これで君はちゅーもせずに人生終えるんだ」
「下校中での決断の割に重いわ」
良いですよーと前を向き直ってまた歌を口ずさみ、腰まである色素の薄い髪を尻尾のように揺らして歩く。
「でもね、本当に終わるとしたら。私は全人類の不幸を抱え込んで死にたい」
「お前苦しんで死にたいのか? だとしたら理解出来ないし、最後くらい幸せに死にたいだろ」
「全人類が幸せだなーって一瞬でもなれたら、まだこの最高に最低な世の中も、捨てたものじゃないって思わない?」
「全人類の中にお前が含まれてないから地獄だな。それこそ世界はロクな終わり方なんて出来ないんじゃないか?」
「ああ言えばこう言うね。なら1日くらい全人類が泣かない日が実現したら、君が記念日にしてよ。それが私の生きた証」
「英雄にでもなりたいのか? 想像だけならいくらでもって感じだな。よっ! ノーベル平和賞最有力候補」
少し茶化し過ぎたからか、途端に不機嫌になってへそを曲げた彼女は黙ってしまい、二酸化炭素が少しだけ多く体から吐き出される。だがそんな事は遠い過去のように突然走り出した彼女は、長い助走をつけてから満を持して1歩を踏み出し、高く高く舞って坂道の向こうに姿を消す。
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