枕元のきみ
あだむ
第1話
枕元に、彼がいた。
2017年12月。段ボールに囲まれ、私は寝床に就いた。次はいつだろう。次なんて、ないかもしれない。
私に詫びる母。家族に目もくれず、見積書を見つめる父。切れかかった電球のような目をする弟。独り立ちをしていた私は、梱包を手伝うことはなかった。毎週、帰省する。用がなくても、帰省する。私なりの、薄汚い反抗だった。
彼は、寂しかったのだろうか。
彼が家に来た時、私は小学生だった。
彼の黒目は、丸すぎた。
彼の舌は、優しすぎた。
彼の声は、甘すぎた。
私の目も、丸くなった。
彼は可愛すぎた。
私は彼を、可愛がった。
何度も、抱きかかえた。
クリスマスの晩。
彼は、私の腕から、するりと落ちた。
なんて夜だ。サンタも何もいやしない。それ以来、自分の身体に、私の手が触れるだけで、彼は声を荒げるようになった。彼の牙は、私の手に突き刺さった。
彼は、寂しかったのだろうか。
引っ越しの1週間前。当然のように、私は帰省した。寿司と酒が、ポツリと置かれていた。
「いいか、俺はもう一度、この街に戻ってくるからな」
彼も、寂しかったのだろうか。
「横浜に、家族全員で引っ越すことになった。君はもう独り立ちしているから関係ないだろうが、覚えておいてくれ」
半年前の父の言葉が、壊れたカセットテープのように、響き渡る。
最後の夜。酒に、浸かってみた。
彼も、寂しかったんだ、きっと。
枕元に、彼がいた。
私を真っ直ぐ見つめていた。その目には、確かに、涙があった。
おい、この前は、臭いって言って、悪かったよ。あんたのこと、何も知らなかったんだ。眠いのかい。眠くないのかい。だったらなんで、目が半分しか開いてないんだ。なぁ、俺は楽しかったよ。俺の人生、楽しかったのは、あんたがいてくれたからだ。なぁ…
撫でようとした。
彼は、くるりと向き直り、寝床に帰っていった。
空振り三振。
彼も、寂しかったに違いない。
3日後、彼は一足早く、新たな家へと旅立った。電話の向こうには、確かに母がいた。母の、別れの挨拶は、言葉になっていなかった。
シュート。サッカーが大好きだった父と、野球が大好きだった僕たち兄弟が、一生懸命考えた名前だった。
シュート、しばしの間、お別れだ。
いつか、住み慣れた街に戻り、あんたをもう一度、撫でるまで。
枕元のきみ あだむ @smithberg
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