🪶
雲なんてひとつもない、晴天な空。
私はとあるビルの屋上にいた。
「僕はこの夢に人生をかけてる」
そう言った龍友さんの言葉は、今でも私の頭の中でぐるぐる回っていた。数々の人間に会ったが、あんなに希望に満ちた言葉は初めて聞いた。普通人間って、死にたいとか簡単に思ってて、簡単に自分の尊い命を粗末にするものでしょ?なのに、龍友さんは、普通とは違った。
「お久しぶりです」
と、誰かが後ろから声をかけてきた。振り返ると、いつもお世話になっている後藤さんがいた。後藤さんは、ガッチリとした体型に、ピチッと決めたスーツを着ている。スラと伸びた細い足に、不気味な笑みを浮かべた美形な顔。どの女性も恋に落ちるような風格の男性だ。
「あ、後藤さん、お久しぶりです」
「この前の仕事はご苦労様でした」
「あ、いえ、大丈夫です。次の仕事の事でここへ来たんですか?」
「そうです。次のターゲットは、、」
と後藤さんはタブレットを広げる。
「あ、そうだ、この子です。おっと、もう接近しているようですね」
「え?誰ですか?」
「杉山龍友さんですよ。昨日の夜頃にお会いしましたよね?」
「え?龍友さんですか?次のターゲットが?」
「そうですよ。まさか、情があるのですか?あなたには必要ないことですよ」
「わかってます、ただ、本当にその人ですか?その人は死ぬ必要がないかと」
「何を言ってるんですか?誰を殺すかなんて、あなたには決められる権利などありません」
彼は私の目を見ながら、また不気味に笑う。そんな彼に、私は恐怖を感じることしかなかった。
「では、レイナさん。そういうことなので、よろしくお願いしますね」
そう言い残して、後藤さんはすっと姿を消した。
私は恐怖でそのまま崩れ落ちた。龍友さんをこの手で殺さなければならない。そんなことできない。私の人生は、真っ暗だ。
私は“死神”として、約100年間ずっと人を殺し続けている。ターゲットになった人間に接近しては、私だけしか使えないこのノートに、ターゲットの名前を書き、余命をもたらす。尊い命を奪うことは、罪悪感しかないのに、人間は「死にたい」だとか「消えたい」だとか簡単に言っては、自ら命をたつ。そんな彼らを見て、私は命の軽さを知ってしまった。
プルルと携帯電話は杉山龍友さんからの着信を知らせる。
「もしもし」
「あ、レイナさん!あの、今日の朝言っていた作曲のデモが出来たので、僕の家に来てくれませんか?」
「わかりました。すぐ行きます」
そう言って、私は電話を切った。
私は彼をこの手で殺すことはできるのだろうか?
彼の家に着きデモを聞かせてもらう。綺麗なリズムや音色に、私は心を躍らせる。
「レイナさん、どう?」
「いいですね。とても綺麗です」
「でしょ?久しぶりに頑張ってみたんだ」
と彼はニコッと笑う。
「あの、今から歌ってみていいですか?」
「え?もう歌えるの?」
「はい」
彼は驚いた表情を浮かべ、私をスタジオへ通す。ヘッドフォンをした後、さっき聞いた音源が流れる。譜面台に置いてある作詞ノートを見ながら、音源に歌詞を当てはめていく。
歌を歌うことは好きだ。自分の気持ちを素直に表現できるから。死神に自己主張できる権利などない。後藤さんのような死神の世界の管理人に、ターゲットの説明を受けては、私だけが使えるノートに名前を書くという人生を約100年間過ごしてきたからだ。歌を歌っている時だけ、私は素直でいれて、この世界に認められている感じがする。
「レイナさん、めっちゃ歌が綺麗です!うまいです!!素敵です!」
と彼はスタジオのブースの外から声をかけてくる。彼の喜びように、やっと必要とされた感じがして嬉しくなった。
「ありがとうございます」
私は笑みが溢れた。
「あ、笑ってくれた。提案なんですけど、歌手デビューなんてどうですか?僕、こう見えて、作詞と作曲、そしてプロデューサーまでしてるんですよ!レイナさんを一流まで磨き上げますよ!」
彼は熱い目で私を見つめる。その目からすごく必要とされてる感じがある。
「私でよければ、お願いします」
「え!やったー!断られたらどうしようかと、、よし!決まれば早速編集だ!レイナさん、いつものところで少し待っててください!」
そう言われ、私はスタジオの外にあるソファーが置かれていたり、今までの思い出の写真などがある所に移動する。龍友さんの綺麗な思い出を見ながら、ゆっくりと過ごしていた。
少し時間が経ち、私はボードに貼ってある写真の下にあるギターが目に入り、少し触ってみる。ジャーンと音がなるギターに興味を持ち、長い時間ずっと触ってしまっていた。
「ギター好きなの?」
気づけば編集を終えた龍友さんが、私の近くに来ていた。
「あ、勝手に触ってすみません。」
「ううん、全然いいよ。あんまり触ってなかったし。ていうかそれぜひもらってよ」
「え?」
「ギターに興味あるんでしょ?それなら、レイナさんの夢探しのきっかけになるかもしれないし。どう?」
「夢探し…」
私はギターを見つめる。龍友さんの言葉で、初めて自分の可能性に信じられる気がした。
「龍友さん、このギター本当にもらっていいんですか?」
「もちろん!」
「ならもらいます!ありがとうございます」
「喜んでくれてよかった!」
それからの私はギターに夢中だった。龍友さんに教えてもらい、人並みにはギターを弾けるようになった。
そして、私をプロデュースして作ってくれた歌がたくさんの人の元へ届き、私たちは一瞬で有名人となった。歌手活動を続けていく中で、私は龍友さんのことをたくさん知り、ますます殺すことは難しくなり、一旦考えることにした。そしてまた、それとは別の感情を抱いていた。後藤さんから「早く実行しろ」と手紙が何度も届いたが、無視し続けた。
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