第3話 自己紹介
秋明の庵は、内裏を出て間もなく入り込んだ森の中にあった。
屋敷と呼ぶ程きちんとした造りをしておらず、掘っ建て小屋という印象が強い。手作りなのか、木材は木目が荒く見えた。
引戸を開け、秋明は三人を促す。
「どうぞ、狭いけれど我慢してくれ」
「オレは来慣れてる」
「春霞は暇だとすぐに来ていただろう? 朱くん、冬嗣くんもどうぞ」
「お邪魔します……」
「お邪魔します!」
朱が入ると、すぐに冬嗣も続く。
室内も外と同様造りは簡素で、小さな囲炉裏を中心に四畳か五畳くらいの広さしかない。壁際の棚には、普段使いするらしい食器類が数個置かれている。掛け軸も水墨画のような落ち着いた風合いのものだった。
「適当に座って」
秋明の言葉に甘え、朱たちは各々好きなように腰を下ろす。
春霞は胡座をかいて、壁に背を預けた。冬嗣は囲炉裏の傍で、茶を沸かす秋明の手元を見ている。そして朱は、冬嗣たちが真横から見える位置に座った。
「さて、始めは私からかな」
四人分の茶を配り終え、秋明が微笑む。
「私は、秋家の
「……あの。還俗して、また僧に戻りたいと思いますか?」
朱の問いに、秋明──明虎は少しだけ目を見張った。それから少し考える仕草をした後、軽く首を横に振る。
「いや……修業が楽しいわけではなかったから、戻ることはないだろうね。例え家に要らぬと言われるのなら、一人で生きていくだけだ」
わずかに影を伴った明虎の表情に、朱は違和感を覚えた。しかしその理由を明らかにするのは
「なら、俺は明虎さんって呼びます」
「だったら、僕も」
「よかったな、明虎」
ニヤリ。春霞が歯を見せ、明虎は苦笑で応じた。
「わかった。……とりあえず、こんなもので良いかな。他のことは追々知れば良いだろう。次は春霞だね」
「オレか? ……オレは春家の
「素直じゃないね、春霞。あ、ちなみに私と春霞は幼馴染なんだ。春と秋の家は昔から付き合いがあった訳ではないけれど、偶然会ってからは春霞と何度も顔を合わせてる」
春霞の「うるせえ」という文句に被せて言葉を追加した明虎は、冬嗣を見て話すよう促した。冬嗣も頷き、身を乗り出す。
「僕は冬家の冬嗣、十二歳。弟と妹が二人ずついて、僕は家の跡継ぎなんだ」
だから、と灰色の目を曇らせる。
「今回、鏡をみすみす奪われたのが悔しい。……絶対取り戻したいんだ」
「俺も。……次こそは、何も出来ないなんてことは嫌だ」
朱は冬嗣に同意し、そっと左腕の傷痕に袖の上から触れた。そうすることで、決意を何度でも思い出す。
ふと、朱は自分がこの場で改めて名乗るのを忘れていたことに気付く。とはいえ、既に内裏で済ませている。そのため、ここで口にするのは別のことだ。
「改めて、俺は夏家の
「……律儀だな、お前」
「え?」
居住まいを正して頭を下げる朱に、春霞がぼそりと呟く。朱は顔を上げて聞き返すが、春霞は二度同じことは言わなかった。
春霞に代わり、明虎がじっと朱の目を見て微笑む。黄色の瞳に、朱の不安げな顔が映り込んだ。
「赤茶色の髪、そして夕焼けのような色の瞳。確かにきみは夏家の人だ。それに、そんなに畏まらなくても良い。私たちはこれから、共に過ごしていくんだから」
「……ありがとうございます。なんだか、明虎さんは兄みたいです」
「明虎でいいよ、朱。勿論、春霞のこともね。敬語もなしで構わない。……朱は弟がいると言ったけど、兄はいないよね?」
「はい……じゃない、うん。ずっと憧れがあったから、何か嬉しいんだ」
緊急を要する事態のただ中ということはわかっている。それでも朱は、三人の仲間に出会えたことに感謝した。独りでは、きっと鏡を諦め先祖に顔向け出来ない一生を送っただろうから。
「僕も!」
「うわぁっ」
真剣に考えていた朱は、背中に突然乗って来た冬嗣に驚いて声を上げた。朱が文句を言おうと口を開きかけるが構うことなく、冬嗣は朱におぶさったままで笑みを浮かべる。
「僕も三人も兄上が出来たみたいで嬉しい。……絶対出来るよね」
「そのために、これから行くんだろう?」
明虎は笑うと、冬嗣と朱の頭を軽く撫でる。そして、自分で入れた茶を飲み干した。
庵には既に西日が射し込み、時間の経過を教えてくれる。旅立ちは明朝、日が昇る時と定めた。
「明朝、羅城門のこちら側で待ち合わせよう。各々、支度と挨拶を済ませて来るようにね」
「……おぉ」
「うん」
「わかった」
春霞がやる気のない声を上げ、朱が真面目に頷き、冬嗣は右手をぴょんっと挙げた。三人三様での返事は、見事にバラバラだ。
「じゃあ、解散」
明虎の声が合図となり、四人はそれぞれ戻るべき場所へと足を向けた。
朱は都の南側に、春霞は東側に、冬嗣は北に。そして最後まで庵に残っていた明虎は、一つ息を吐いてからその中と入って行った。
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