第3話 自己紹介

 秋明の庵は、内裏を出て間もなく入り込んだ森の中にあった。

 屋敷と呼ぶ程きちんとした造りをしておらず、掘っ建て小屋という印象が強い。手作りなのか、木材は木目が荒く見えた。

 引戸を開け、秋明は三人を促す。

「どうぞ、狭いけれど我慢してくれ」

「オレは来慣れてる」

「春霞は暇だとすぐに来ていただろう? 朱くん、冬嗣くんもどうぞ」

「お邪魔します……」

「お邪魔します!」

 朱が入ると、すぐに冬嗣も続く。

 室内も外と同様造りは簡素で、小さな囲炉裏を中心に四畳か五畳くらいの広さしかない。壁際の棚には、普段使いするらしい食器類が数個置かれている。掛け軸も水墨画のような落ち着いた風合いのものだった。

「適当に座って」

 秋明の言葉に甘え、朱たちは各々好きなように腰を下ろす。

 春霞は胡座をかいて、壁に背を預けた。冬嗣は囲炉裏の傍で、茶を沸かす秋明の手元を見ている。そして朱は、冬嗣たちが真横から見える位置に座った。

「さて、始めは私からかな」

 四人分の茶を配り終え、秋明が微笑む。

「私は、秋家の秋明しゅうめい。今年二十一になる。今は還俗して、もとの名……明虎あきとらを名乗っている。どちらで呼んでくれても構わないよ」

「……あの。還俗して、また僧に戻りたいと思いますか?」

 朱の問いに、秋明──明虎は少しだけ目を見張った。それから少し考える仕草をした後、軽く首を横に振る。

「いや……修業が楽しいわけではなかったから、戻ることはないだろうね。例え家に要らぬと言われるのなら、一人で生きていくだけだ」

 わずかに影を伴った明虎の表情に、朱は違和感を覚えた。しかしその理由を明らかにするのははばかられる。代わりに、朱は笑みを浮かべた。

「なら、俺は明虎さんって呼びます」

「だったら、僕も」

「よかったな、明虎」

 ニヤリ。春霞が歯を見せ、明虎は苦笑で応じた。

「わかった。……とりあえず、こんなもので良いかな。他のことは追々知れば良いだろう。次は春霞だね」

「オレか? ……オレは春家の春霞はるか、十八。友春ともはる兄上が家を継ぐから、わりと勝手にさせてもらってる。正直、鏡を探すのも面倒だが……約束は約束だ」

「素直じゃないね、春霞。あ、ちなみに私と春霞は幼馴染なんだ。春と秋の家は昔から付き合いがあった訳ではないけれど、偶然会ってからは春霞と何度も顔を合わせてる」

 春霞の「うるせえ」という文句に被せて言葉を追加した明虎は、冬嗣を見て話すよう促した。冬嗣も頷き、身を乗り出す。

「僕は冬家の冬嗣、十二歳。弟と妹が二人ずついて、僕は家の跡継ぎなんだ」

 だから、と灰色の目を曇らせる。

「今回、鏡をみすみす奪われたのが悔しい。……絶対取り戻したいんだ」

「俺も。……次こそは、何も出来ないなんてことは嫌だ」

 朱は冬嗣に同意し、そっと左腕の傷痕に袖の上から触れた。そうすることで、決意を何度でも思い出す。

 ふと、朱は自分がこの場で改めて名乗るのを忘れていたことに気付く。とはいえ、既に内裏で済ませている。そのため、ここで口にするのは別のことだ。

「改めて、俺は夏家のあかし、歳は十六です。……どうか、宜しくお願いします」

「……律儀だな、お前」

「え?」

 居住まいを正して頭を下げる朱に、春霞がぼそりと呟く。朱は顔を上げて聞き返すが、春霞は二度同じことは言わなかった。

 春霞に代わり、明虎がじっと朱の目を見て微笑む。黄色の瞳に、朱の不安げな顔が映り込んだ。

「赤茶色の髪、そして夕焼けのような色の瞳。確かにきみは夏家の人だ。それに、そんなに畏まらなくても良い。私たちはこれから、共に過ごしていくんだから」

「……ありがとうございます。なんだか、明虎さんは兄みたいです」

「明虎でいいよ、朱。勿論、春霞のこともね。敬語もなしで構わない。……朱は弟がいると言ったけど、兄はいないよね?」

「はい……じゃない、うん。ずっと憧れがあったから、何か嬉しいんだ」

 緊急を要する事態のただ中ということはわかっている。それでも朱は、三人の仲間に出会えたことに感謝した。独りでは、きっと鏡を諦め先祖に顔向け出来ない一生を送っただろうから。

「僕も!」

「うわぁっ」

 真剣に考えていた朱は、背中に突然乗って来た冬嗣に驚いて声を上げた。朱が文句を言おうと口を開きかけるが構うことなく、冬嗣は朱におぶさったままで笑みを浮かべる。

「僕も三人も兄上が出来たみたいで嬉しい。……絶対出来るよね」

「そのために、これから行くんだろう?」

 明虎は笑うと、冬嗣と朱の頭を軽く撫でる。そして、自分で入れた茶を飲み干した。

 庵には既に西日が射し込み、時間の経過を教えてくれる。旅立ちは明朝、日が昇る時と定めた。

「明朝、羅城門のこちら側で待ち合わせよう。各々、支度と挨拶を済ませて来るようにね」

「……おぉ」

「うん」

「わかった」

 春霞がやる気のない声を上げ、朱が真面目に頷き、冬嗣は右手をぴょんっと挙げた。三人三様での返事は、見事にバラバラだ。

「じゃあ、解散」

 明虎の声が合図となり、四人はそれぞれ戻るべき場所へと足を向けた。

 朱は都の南側に、春霞は東側に、冬嗣は北に。そして最後まで庵に残っていた明虎は、一つ息を吐いてからその中と入って行った。

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