第1章 四季の家の若者たち

第1話 四季呼集

 春が続き、僅かな寒さを伴って秋が来る。しかしその間にあるべき夏と冬はなく、人々も動植物も困惑し、混乱した。

 次こそは、誰もがそう願う。それでも秋の次には冬は来ない。雪は降らず、暖かくなるだけだ。

 都から遠く離れた地域に住む人々は、これは神の怒りだと恐れおののいた。神が何かの理由でお怒りになり、日ノ本から季節を二つ奪ったのだと。

 しかし、都の人々は知っていた。特に、朝廷にて嘆願書を受け取り目を通す人々は。

 これは、神の怒りではないのだ。神があるべき場所から消えたために起こった現象なのだと。


 幾ら人を割き、探し回っても見付からない。無為の月日が流れようとした頃、日ノ本を統べる帝による命令が下された。

 ──四家の若者を四人集めよ。彼らに神鏡を探させよ。


「……であるからして、お前たちに帝より命が下された」

 穏やかな春の陽射しが射し込む内裏にて、滔々とうとうと文章を読み上げる声が響く。

 夏家かけより内裏にやって来た少年・あかしは、平伏したままでそっと左右に目を走らせた。

 朱の左側には、彼よりも年上の青年がいる。整えないままのボサボサの髪は藍色がかっており、面倒臭げにすがめられた目は空色だ。

 彼の名を、春家しゅんけ春霞はるかという。

 右側に目を向ければ、春霞と同じくらいの年齢の青年とその向こうに朱よりも幼い少年の頭が見える。

 青年は秋家しゅうけ秋明しゅうめいと言い、この件を切っ掛けに還俗した元僧だとか。宗派で許可されていたのか、白髪を後ろで括っている。法衣を着た彼の目は閉じられ、色は窺えない。

 秋明の隣は冬家とうけ冬嗣ふゆつぐだ。そろそろ足が痺れたのかぷるぷるしている。墨のような真っ黒な髪はまだ短く、灰色の目には力が入っているのがわかった。

「……では、支度が整い次第都を出よ」

「「「「はっ」」」」

 帝側近の命令に対し、四人は一斉に返答を口にした。もしも反論があったとしても、拒むことは許されないが。


 帝を始めとした大人たちがその場を去り、部屋は静寂に包まれる。足音が全て遠退き、ようやく息がしやすくなった。

「……ふぅ」

「おや、お疲れかな?」

 姿勢を正すと同時に思わず息を吐いた朱は、隣から聞こえた笑いを含んだ声にびくりと反応する。声のした方を見れば、秋明が目を細めていた。先程は見えなかった菜の花色の瞳が優しい。

「あ。す、すみません」

「別に咎めている訳ではないさ。わたしも、あの空気では無駄に力が入る」

 そう言って、秋明はうーんと伸びをした。

「あーっ、足痺れた」

 彼の横では、冬嗣が正座を崩して足を前に投げ出している。ある程度の痺れは取れたのだろうが、疲れたのか床に大の字に寝転んだ。

「こら、こんな所で寝てはいけないよ」

「わかってるよ。でも、誰もいないから今だけ」

 ね、と冬嗣は片目を瞑ってみせた。確かに彼ら四人以外の人影もなく、秋明は仕方ないとばかりに肩をすくめた。

「わかった。だけど、私たちは早くここを出ないといけないことを忘れないでくれるかい?」

「勿論。四人で鏡を取り返しに行くんだろ? なら最初に自己紹か……」

「何で、オレも行かなきゃいけないんだよ。失態を演じたのは、夏家と冬家の連中だろうが」

 冬嗣の言葉を遮り、春霞が不機嫌そうに眉を潜めた。彼の視線は冬嗣と朱へ移動し、ケッとそっぽを向いてしまう。

「オレは、春家の人間だ。連帯責任だ何だと帝はおっしゃったが、責任ならそこの二人に取らせりゃ良いだろうが」

「春霞、その言い方は良くない」

 秋明が咎めると、春霞は心底嫌そうな顔をしてから朱たちに向き直った。どうやら二人は知り合いらしい。

 春霞の言葉が気に触ったのか、冬嗣が立ち上がって背の高い春霞を睨み付けた。

「何だよ、僕だってその場にいた訳じゃない。真夜中、賊は見張りの武士を五人も殺して奪って行ったんだ! だけど冬家の後継ぎとして、僕には取り戻す責任がある」

「なら尚更だ。オレと秋明は関係な……」

「待って下さい!」

 その場を去ろうとする春霞の背に、朱の大声がぶつかった。

 いらっとした春霞が胡乱げな目を向ける。それは、朱を緊張させるのに充分な眼光だ。

「……何だよ」

「確かに、責任は夏家と冬家にあります。冬嗣どのは兎も角、俺は奪われたその場にいましたから」

「何だと」

「その時のこと、私たちに教えてくれないか?」

 賊と顔を合わせて唯一の生き残りであるという朱に、年長者二人が興味を示した。

 鏡を奪った賊は、邪魔する者全てを殺すということで知られていたからだ。朝廷がこの件に人数を割かない理由もそこにある。

「よく無事だったね、きみ……」

 春霞と秋明、そして冬嗣の好奇の視線を集め、朱は居心地の悪い思いをしながら口を開いた。

「俺はあの晩、蔵の見張りに立っていたんです」

 それは新月の、星の輝きのみを頼みとする夜のことだった。

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