第8話 お題:追憶・常習・コーラ

 月が綺麗だ。


 俺は夜空の月を見ながら自転車を走らせていた、その月につい見とれてペダルから足を離してしまった。

 こうなると坂道は登れない、仕方がなく坂道はゆっくりと登る事にした。


 目的は丘の上にある自販機だ。

 時刻は深夜2時を回った所か、腕時計を懐中電灯で照らし時間を確認する。



 数ヶ月前の高校生活を考えたらこんな星空を見る余裕なんて一切なかっただろう。

 今の俺は昔の言葉でいうと浪人生とでもいうのだろうか。


 浪人生か……馬鹿みたいな事だな。と、思っていると電源の消えた自販機の群れが視界へと入って来た。

 

 何台もの自販機が壊れており、何とも言えない気分になった。

 この辺は治安はいい方と思っていたのにな……。


 俺も人の事を言えないか、壊れた自販機へと手を突っ込みいくつか飲み物を探す、入れた手は何かの缶を触った、取り出すとお目当ての水ではなくコーラがだった。



 コーラか懐かしいな。



 キチガイなぐらい、いや常習的にコーラが好きな先輩を思い出しながら缶を開ける。

 一口飲むと俺は昔と一緒で豪勢に噴出した。


 君~炭酸飲めないの? と不思議そうな声が耳元から聞こえた気がしたが空耳らしい。


 にしても、やっぱり炭酸がきつい、よくこんなのを飲んでいられたな……飲みかけのコーラを捨てて他には何も無いかと壊れた自販機を再度探した。

 諦めかけていた水やお茶も見つかり俺はほっとする。



 先輩か…………。



 俺は死んだ先輩が好きだった、俺を星座同好会へと無理やり誘った口うるさい先輩が亡くなったのはもう一月前だ。

 

 そんな先輩と死ぬ前日に、お互いに同じ大学行こうね。と一緒に約束をしたのに、あれほど気をつけろ。と言ったのに死ぬときはあっけなかった。


 先輩となら一緒に死にますよ。と言うと先輩は笑って抱きしめてくれた。


 そんな先輩が死んだ。と聞かされ現場に走った俺が見た物はあちこちから血が噴き出し呻き声しかあげなくなった先輩と、それに集まる野次馬だ。


 野次馬を手あたり次第ぶんなぐり先輩を抱きかかえたが、先輩は冷たくなった手で俺を拒絶した。



 逃げて。



 声は聞こえないが口でそう言われたきがしたからだ。俺の横には先輩が持っていた食料の入ったカバンも一緒にあったからだ。


 先輩の目は俺を見ては小さく頷く、俺は先輩に突き飛ばされて……走って……泣きながら逃げた。



 それからは生きた気持ちがしなかった。

 俺の部屋に訪れる人間も1人減り2人減りと、最近では誰も来なくなる。


 実際に半月ほど誰も見ていない。


 そんな自暴自棄になっても不思議と腹は減る物で、誰にも会いたくない俺はこうして夜中に出歩いていた。

 

 自販機から手に入れた水やお茶を自転車の前かごにいれる。

 後は坂道を下って家に帰るだけだ。


 にもかかわらず、坂道の下から大勢の人影が見えた。懐中電灯で俺はその集団を照らす。


 先頭の集団の一人に懐かしさを覚えた。


 お気に入りだからと、いう紺色のワンピース。そのボロボロとなったワンピースを着た先輩の顔が映し出された。


 先輩の顔は化粧も落ち、顔色も悪い。

 幽霊ではない事は確かで、足を照らすと片足は素足であるが両方ついている。


 先輩はゆっくりであるが真っすぐに俺へと近づいてくる。


 もう一度夜空を見上げると、先輩と見た月が輝いているように見えた。

 潮時と、いう事だろうか。


 最後は先輩と過ごした部屋で終わる予定だったけど、こんな終わりもまぁいいのかな。


 俺は最後にもう一度カゴから出したコーラを飲んで無理やり喉に通した。

 先輩まで走り先輩を抱きしめる、そのまま俺は先輩を担いで草むらへ走った、走った、走って草むらへと倒れた。

 

 邪魔はされたくない。


 首筋に痛みが走った、先輩が噛んで来たのだ。


 俺が見ている月は街の灯が無くなった今、相変わらず輝きを増していた。


 月が綺麗に輝きその中央には黒い点がいくつも見えた。

 その黒い点は近づいているようにも見え……段々と噛まれている首筋の痛みが消え、思考が鈍くなってきたきがする。



 それでも俺は先輩を抱きしめる事は忘れない。


 ラジオで行っていたどこかの国のミサイルだろう……悪かったな……あの時に一緒に死んでやれなくて、今度は一緒に死んでやるからな……。


 俺は不死者ゾンビになった先輩に噛まれながら目を閉じた。

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