第4話 眠り姫の少女達 (ガム・告白・絵本)

「ウケルー! なんで高校の図書室に絵本なんてあるのっー」



 私の耳にその声が届いた。読んでいる参考書から目線を外すと、クラスの中でも浮いている望月アユが絵本をパラパラ読んでいた。


 私の視線に気づいたのだろう、望月アユが私の横に座りだす。それも机の上にお尻を乗せてだ。



「ねぇ委員ちょ、何で何で? ここって女子高よね」

「高校にも絵本はあります。寄贈してくれた方や文科系の部なども参考資料として使ったりもしますので」

「ふーん、じゃぁさ! マンガないの?」

「無いと思います」

「なんでー? マンガだって参考資料になるジャン」



 ジャンといわれても私は困る。



「委員チョは真面目だねぇ放課後でもお勉強とか」



 絵本をウチワかわりにして胸元を仰いでいる。

 少し化粧の香りが私のはなをくすぐってイライラしてきた。



「いい大学に行きたいので、それよりも何で望月さんが、関係なさそうな図書室にいるんです?」

「アユ」

「はい? 魚のですか?」

「アユでいいよ。委員チョちょっとイラついてるでしょー」

「…………でしたら私も冬元サクラという名前がありますので、冬元と呼んでください」

「ん。わかったサクラ」

「…………わかってませんよねアユさん」



 図書室の扉がガラガラと音を立てて開いた。

 その音で出入り口に視線が動く、狭い教室内を見回す若い男性と目が合った。

 今年から入った男性教師で私達の担任だ。



「望月っ! お前どこに…………ってええっと……委員長だよな。望月お前……」

「ワタシナニモシャベッテナイヨー」



 わざとらしく片言で話すアユ。

 それで私は何となく察した。



「お二人とも図書室では静かにするのがマナーです。うるさくするのであれば帰った方がいいと思いますよ、私は何も関わりたくないので」

「そ、そうだな。そのすまんな委員長」

「ニヘヘ、じゃっそういう事でサクラ。あっこれでも食べて、うるさくしたお詫び」



 アユは私の手元にガムを置くと担任教師の腕を組んで図書室から出て行った。

 テーブルにはアユがウチワにしていた絵本も残されておりタイトルは『眠り姫』なぜかそのタイトルを見て私はため息をつく。



 これが私、冬元サクラと望月アユとの出会いだった。



 季節が一つ過ぎた。

 人気のない図書室に私は通い続ける。

 そしていつも勉強に興味無さそうなアユが私の横に座りだし始める。



「サクラ今日も勉強?」

「アユさんは、またですか? 別に私は言いふらしませんし……」

「ここって超オチツクしー」

「人が少ないですもんね」

「そう、残って勉強するのってアユぐらいだしー」



 私とアユでくだらない話をする。

 そこに辺りをうかがいなら担任の教師が顔をだす、そんな日常が続き習慣となって来た。



「おっと、スタンプ来た来た。じゃっサクラ、勉強がんばってね。これ息抜きだしー」



 私の手元にガムが積みあがる。



「もうすぐガム屋でも開けそうなんですけど」

「あっ! それいいね。開いたら言ってガム買うから!」

「その場合仕入先はアユさんなんですけど」

「何で!?」



 本気でわかってない顔をするアユに私は小さく笑ってしまう。



「ほら、見つからない様に言ったら? 急いでるんでしょ」

「じゃっまた明日」

「はいはい」



 二人いた教室が一人になり私は窓の外を見る。

 駆け足で校門からでるサクラを図書室から眺め静かに深呼吸をした。




 季節が終わる頃、クラスの担任が突然に変わった。

 放課後の図書室、私より先にアユが図書室の椅子に座っていた。いつも私が座っている窓際の席だ。

 机に顔をうつ伏せにして、顔を見せない様に本で隠している状態だ。



「退いて、そこ座りたいの」

「オーノー…………それが親友にいう言葉ですしー? ってか知ってた?」

「うん…………ごめんなさい、言えなかった……」



 担任の男性教師は奥さん・・・の妊娠で実家のある県に帰ったのだ。私が知ったのは季節が変わる前、でも楽しそうに元担任教師の事を話すアユの笑顔を崩すような事は言えなかった。


 アユが突然に顔を上げた。



「ウケルーって、ちょ。なんで、サクラが泣くのよ……」



 私は気づけば涙を流していた。



「わかんない。わかんないよ。アユだって泣きたい時ないわけ! 騙されたのよ!」

「うん」

「だったら……」

「ううん、今は笑いたい」



 サクラは赤い目をこすって無理に私に笑い出す。



「なんで!」

「だって、一番の親友が泣いてくれるから」

「馬鹿じゃないのっ!」



 思わず怒鳴ってしまった。

 サクラはスカートのポケットからガムを取り出し、私へと見せる。



「食べる?」

「…………食べる」



 ガムをもぎ取ると私は何個も口に入れる。アユが茫然としているが気にしない。



「サクラー…………アタシの分が無いんだけど」

「無いって食べっちゃったわよ、ほら口の中に入ったガムを取れるものなら――」



 アユは私の口から強引にガムを半分ほどかみちぎっていった。



「なななななな、なにするのよ!」

「えーだってほら、絵本みたらさ、この話って最後にさ王子様のキスで女の子が幸せになる話だしー」

「だしーって…………この場合、どっちが王子よ」

「まぁまぁまぁアユは頭堅いなデスヨー」



 その馬鹿みたいな喋り方に私が笑ってしまう。アユも私を見ては笑いだした。

 季節はもうすぐ夏になる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る