第10話 最高のトレーナーは魔王でした
「まさか人間と互角に戦うとはな」
よほど驚いたのだろう、そんな言葉を零す魔王さん。しかし、彼の持つ氷の剣先は俺を捕え、抵抗も逃げることも封じられていた。
俺の相棒である木刀を吹き飛ばされ、魔法を展開しようとした隙に、気づけば刃を向けられ、戦闘不能。魔王さん&紫藤が勝ちとなった。
言い訳をするつもりはないが、相手はあの魔王でサポーターにずる賢い紫藤。尚且つ1対2という状況。負けるのも当然だ。
勝ち誇ってもいいだろうに、魔王は勝敗がつくと、俺に手を差し出していた。遠慮なく俺は掴み、立ち上がる。
「マサキ、人間にしてはいい動きだった。どこで剣術と魔術を学んだ?」
「数時間前まで木刀なんて触ってませんでした。魔法は今土壇場で使った感じです」
「ほぅ………数時間でこの戦いっぷり。勇者の素質があるな」
「そうですか?」
「ああ、普通は初めて魔法を使えば、こんなに上手く行くことはないだろうよ。さすが勇者だ。我は倒されないように気をつけねばならんな、はっはっは」
「………………」
おぉ………魔王らしいブラックジョーク。ゲームとかアニメとかでは魔王って倒されるべき存在として描かれるから、そのジョークはちょっと笑っていいのか分からない。
俺は負けてしまったが、この戦いは意外と楽しかった。
「あはは、そのまま柾様にやられてしまえばよかったのに」
すると、脇で見ていた姫さんがこちらに近づいてくる。何かいつもと雰囲気違うような………笑ってるけど、怒ってる?
「………シトウ、どうやらここには虫がいるようだな。煩わしい虫の声がする」
「虫って…………マサキ様、ここにはどうやら厄災以上に害悪な存在がいるようです。倒していただけませんか?」
「害悪な存在………いや、さっきその人に負けたんだけど………」
「大丈夫です。次は私とレンゲ様でサポートいたします」
「えっ、何? なんか私勝手に巻き込まれてる?」
すると、魔王はマーガレット姫の前に立ち、刃が飛んできそうなほど鋭い瞳で睨みつけた。
「姫よ、貴様はとっと帰るがよい」
「はぁ? なんであなたに指図されなきゃならないんですか?」
しかし、姫さんも負けじと睨む。彼女らしい落ち着きと気品が消え去り、出てくる言葉もとげとげしい。誰だろう………。
姫さんと魔王の雰囲気が雷が落ちてきそうなぐらい不穏。普段見ないぐらいマーちゃんのオーラが物騒だ。
もしかして姫さんが魔王を『会いたくない相手』って言ってたの、『勝てないから会いたくない』じゃなくって、『ムカつくから会いたくない』からなのか?
魔王と張り合う自体なかなか強者だとは思うが…………。
「すまない、マサキ。そこの姫がいるのなら、我は戦には参加せぬ」
「えっ。なぜ突然」
さっきまでOK出してくれてたじゃん。
「すまない、マサキ。そこの姫とは折り合いが悪いのだ」
さっきから分かっていたことだけど、なぜ姫さんと………姫さん、誰とでも仲良くできそうな感じはあったのに、よりによって魔王と仲悪いとか。
「国との関係も良いとは言えないが、そこの姫とはできれば話をしたくない。今すぐに帰ってもらいたい」
「私も帰れるのなら即座に帰りたいですよ。でも、世界が滅亡するかもしれないから、私はこうして来ているんです。私は大人なんですよ」
「は? お前が大人だと? 戯言もいい加減にしてくれ」
「戯言じゃないわ。私は大人の対応をしてるの、でも、あなたは我慢もできな―――」
「ちょ、ちょ、ケンカはストップ!!」
俺は魔王と姫さんの間に立ち、れんげたちにも手伝ってもらって2人を離れさせる。
ここは説得させるしかないか…………。
「魔王さん。あんた、魔王だ。領地を守る管理者だ。厄災でおたくらも死ぬ可能性があるんだろ? 悪いけど、言わせてもらうぞ………ただをこねないでくれ。あんたが立ち上がらなかったら、この支配地域は誰が守るんだよ」
「………………」
「それに俺がさ、帰れなかったら誰が姉さんにウェディングケーキを作るんだ? どこの弟が姉の結婚を祝うんだ?」
「………………」
「俺しかいえねぇだろ?」
「ヤバいわ、ていか。柾の雰囲気、魔王を諭す勇者なのに、言ってることが全てが手遅れのクズシスコンすぎる」
「…………れんげの言葉に全力で同意。残念な男」
「外野は黙ってろ」
ツッコむと話が逸れそうなので、女子2人は黙らせて…………。
「魔王さん、この姫さんが嫌なのは分かる。さっきから後出しじゃんけんが多すぎて正直イラついてる」
「えっ」
「だがな、あんたがこんなことであーだこーだ言う場合じゃないだろ? お前の大親友シトウだって失望してるぞ」
そう話すと、魔王は紫藤を見つめる。紫藤はここぞとばかりに瞳をウルウルさせ、あざとい姿勢を見せた。
「一緒に世界征服してくれるって言ってくれたよね?」
「………………」
「ボク、イブリースと一緒に世界を制圧したいよ。厄災なんて秒で倒して、世界を掌握したいよ」
「………………」
いやぁ、紫藤が言ってること、マジでしそうで怖い。コイツが言うとシャレにならんからな。
紫藤のお願いに目を閉じ、はぁと深く息をつく魔王。そして、彼は瞳を開くと俺に向き直った。
「分かった、マサキ。お前に手を貸そう。ただし、あの姫だけは近づけないでくれ」
「了解」
俺は右手を差し伸べる。魔王は一瞬首を傾げたが、紫藤に促され俺の手を握りしめた。
「一緒に頑張ろうな、魔王さん」
「うむ」
よし。じゃあ、これで紫藤も回収できたことだし、王城に戻って…………。
「待て、柾」
「ん? なんですか、魔王さん」
帰ろうとした俺はれんげに転移準備をさせようとしたのだが、途中で魔王さんに引き留められる。
「そのままではお前はすぐに倒されてしまう。姉の所に行く前に、死ぬぞ」
「え、マジ?」
「ああ、マジである。我といい勝負をしたからといって、厄災に勝てる段階にあるわけではない」
自分の予想以上に叩けていたので、心中調子に乗っていたところはある。だから、こうしてストレートに言ってくれるのは嬉しい。マジで魔王さんいい人。惚れてしまいそう。
「厄災が来るのは3週間後。ならば、それまで特訓をしようではないか」
「特訓ですか………」
魔王の提案は大変ありがたいが、これから城に戻って、ウェディングケーキの試作の続きをしようと思っていたんだよな………。
「ウェディングケーキのことなら安心しろ。トレーニングをしつつ合間に料理の特訓もしようではないか。ここには腕よりの
「本当ですか!?」
「ちなみにここのシェフはそこの姫の国にいる者よりも腕がいいぞ」
なんか一言多い気がするけど………でも、そんなシェフが魔王支配域にもいたのか。
魔王の舌がどうなってるのかが気掛かりだが、紫藤が「よし」と言うのなら間違いはないだろう。紫藤に視線を向けると、コクリと頷いた。
「魔王城の料理はどこのものよりも美味しかったね。石油王に奢ってもらった三ツ星レストランよりもはるか上を行く美味しさだったよ。もちろん、デザートもね」
どこで知り合うのか知らない超有名人や資産家に事あるごとに奢ってもらっている紫藤が言うんだ。コイツのシェフは間違いなく、プロ。
姉さんに上げたいのは見ても楽しい、食べても感動の絶品ウェディングケーキ。
俺は一歩踏み出し、そして、もう一度魔王に右手を差し出す。
「魔王さん、俺のトレーナーになってください」
「いいだろう」
そうして、俺たちのなんちゃってトレーニングが始まった。
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