第9話 魔王と友達になりました
「マサキ様、本当にこの道であってるのでしょうか………とてもではありませんが、レンゲ様の弟君がいらっしゃるとは思えないのですが…………」
香雪を回収し、一度は王城に戻った俺たち。案の定、紫藤が戻ってきている連絡はなく、もちろん彼の姿はなく、結局俺たちが迎えに行くことになった。紫藤の居場所が分からないため、またれんげの鼻に頼って探す。
確かに姫さんの言うことは分かるけどな…………。
今歩いているのは王城から北の方向。王城から離れてすぐの場所には普通の町と森があって、平穏な異世界を味わえていたのだが、徐々に植物は禍々しいものになり、出現する魔物は増え、集落も見かけなくなっていく。
姫さんが心配してるのは、こっちの方向にはあれがあるからだろうな…………。
顔を上げ、遠くに見える城。それは姫さんの住居である城とは違い、今にも雷が落ちてきそうな雲が空に漂う漆黒の城。
うん。勇者がいればあれもいる。異世界転生ものでは定番中の定番、あれがいるんだろうな…………。
「ムカつくけど、こいつの鼻はバカにならないんだよ……どこぞの炭運びお兄ちゃん並みにな」
「そのお兄ちゃんどなたですか…………でも、本当にこっちで合ってるのでしょうか? 心配です」
「そんなに心配すんな。強者に惹かれて、すぐに脇に入るような紫藤のことだ。死んでないだろうし、人質にもされてないだろうよ」
場合によっては相手が紫藤に操られているかもしれない。誰よりも一番危ないのはあの紫藤だ。
「ま、でもアイツの鼻が外れたと分かったら、すぐに引き返せ。あの城にいるのは結構ヤバい人だろ?」
「はい。厄災の次には会いたくない相手かと………」
「そうだよな………」
やっぱりあの城にいるのはあれだもんな…………。
「ねぇ! 柾!」
「なんだ、れんげ。臭いが分からなくなったか? お前でも珍しいことがあるんだな………なんでも臭うくせに」
「その言い方犬みたいだから、やめてよ。わんこと一緒にしないで」
え、お前はわんこだろ。
好奇心旺盛さは元気なわんこに似てるぞ。何なら香雪と同じ首輪をつけてやりたい。
まぁ、犬の方が賢いとは思うが。
「じゃなくって、あの城からめちゃくちゃ紫藤の臭いがするんだけど、遠くない!? 歩いても歩いてもたどり着けないような気がする…………テレポートとかしていい?」
「え、できるのか?」
「うん、多分、できるよ。してもいいよね?」
できるのなら、最初からしてほしかったのだが…………。
「いいけど、行ってない場所とかには行けるのか?」
「うん! やったことないけど、念じればどこにでもたぶん行けると思う!」
『たぶん』、『思う』、ですか…………。
なんだろ。嫌な予感がとてつもなくする。
止めたいけど、あの城に辿り着くのにあと何時間かかかるか目安がつかんしな………。
「いいだろう。やってくれ、れんげ」
「おっけー! じゃ、みんな手を繋いで!」
俺たちは手を繋ぎ輪を作る。れんげはみんなが手を繋いだことを確認すると。
「マ―タァスタサ―イズ!」
と笑顔で
唱えた瞬間、景色は変わった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!」
「何だよォ――――!! これぇ――――!!」
そう、絶望の景色に。空から落ちていく俺たちの真下。そこに広がっているのはマグマの海。ぐつぐつと溶岩が落下する俺たちを待っていた。まだ距離はあるが、猛烈な熱気に襲われる。暑い暑すぎる。
「おいィ――――!! れんげェ――――!! これはどういうことだァ――――ッ!!」
「わーかーんなぁ――――い――――ッ!! キャァ――――!! これ死ぬゥ――――!!」
「おぉ、筋肉の神よ。私に最期の最高の筋肉を見せてくれ…………」
「私死にたくないです――――!! まだ厄災倒してないのに――――!! 父上に叱られます――――!!」
「あはは、マズいね。これ、死んじゃうね」
ていかは両手を合わせ、筋肉神頼み。姫さんは死ぬかもしれないのに、説教の心配をして涙目。香雪至っては何もかも諦めたのか、最高の微笑みを浮かべている。
何もしなければマグマにドボンだ。
「れんげ! 魔法を使え! 浮遊魔法かマグマを消す魔法を展開してくれ!」
「わ、わかったわ――――!!
れんげの呪文後、マグマに向かって落ちていた体は、誰かに捕まれたかのように空中でぴたりと止まった。
「あ、柾だけ死んじゃう」
――――俺の体を除いて。
「このォ――――!!」
俺の体だけは
「俺だけ魔法をかけないとか、いじめにもほどがあるだろうがァ――――ッ!!」
「別に柾にかけなかったわけじゃないのっ――!! ご愁傷様!!」
「まだ死んでねぇ――よッ!!」
これから死んじゃうかもだけど!!
でも、どうする!? このままだとマグマにドボンして、体は一瞬で溶かされてしまう。家に帰るどころかここでご臨終だ。
2メートルに迫った瞬間、俺は一か八かで手を伸ばし、魔法を展開――――。
「――――ん?」
しようとした途中だった。マグマに飛び込む直前で俺の体はフリーズ。感じていた重力は無くなり、俺の体は雲のようにふわふわと浮かんでいた。
「誰が落ちてきたと思ったら………柾だったんだね」
「………………」
顔を上げると見えたマグマの上を歩く1人の男と彼の肩に乗る1人の少年。男の方には全く見覚えがなかったが、少年の顔はよく知っていた。
「紫藤………」
「やぁ、柾。元気にしてた?」
「元気にしているように見えるか?」
「うん、スカイダイビングするぐらいには」
小学生の姿をしながら、人を煽るような笑みを浮かべる深紫髪少年。長い睫毛に高い鼻筋、誰もが魅了されそうなチャーミングな顔をした彼こそれんげの弟、
この男は紫藤の下僕にされちまったんだろうが………。
紫藤に肩を貸している男はヤギのような大きな角を持っている。彼の瞳孔は猫の鋭さを持ち、それでいて美しさも同時に兼ね備えている香雪とはまた違ったイケメンだった。
彼は紫藤に説明を仰ぐように、顔を向けた。
「彼は僕の友達だよ。上で浮かんでるのは……れんげ姉たちだね」
「金髪の姉がシトウの姉か?」
「うん、顔似ているでしょ? たぶんれんげイブリース、マグマを消してくれない?」
「了解した」
紫藤の命令を受けた男がパチンと指を鳴らすと、一瞬にしてマグマが消える。普通の地面に変わり、俺にかけられていた魔法も同時に解除。べちんと地面に落ちた。
解除する時ぐらい教えてくれよ。
「シトウの言う通り、転移トラップを仕掛けていてよかったな」
「でしょう? こうして、転移できる敵はすぐに入ってくるから」
「だが、知り合いが来た時は一緒に巻き込んでしまうな。知人だけはトラップを除外するようなことはできるか?」
「んー。できなくはないと思うけど、あとで調整しよっか」
「うむ」
勝手に話し始める2人。俺が危うく死にかけたトラップについて熱心に議論しているようだったが、上から落ちてきたれんげたちを再度見ると、男はなぜか睨み始めていた。
「待て、シトウ。あの中には敵がいる。お前の姉以外は敵ではないのか? 姉はやつらに脅されているのではないか?」
「大丈夫だよ、あの人たちは敵じゃない。オレンジ髪のお姉さんは知らない人だけど、こっちの4人はボクのげぼ……じゃなくって友人さ」
「おい、紫藤。お前、今俺らのこと下僕って言いかけたな?」
予想はしていたけど、普段どんな認識で俺たちを見てるんだよ。
「ほほぅ……あれは全員シトウの友人であったか。これは失礼した。どこぞの姫が見えたものだから、敵と思ったぞ」
と言って、高身長男は姫さんを横目に見る。その目は鬱陶しいそうにしていた。
「あはは、私は来る気はなかったんですけどね……勇者様がここにいらっしゃると聞いてまいりましたの」
「そうだったか、お前まで来る必要などなかっただろう? もう用事は済んだだろう? 帰ったらどうだ?」
「何を言ってるのですか、まだ終わっていませんよ」
「あはは」
「アハハッ」
声は笑っているが、全然顔が笑っていない。姫さんがここに来たくなかった理由、分かった気がするな…………。
「自己紹介が遅れたな。我は魔王イブリース。シトウの友人たちよ、よろしく頼む」
「わざわざども。俺は柾、んでそっちが……」
「れんげよ! 紫藤の姉よ! よろしくね! 魔王さん!」
「ていかだ。ところで魔王の筋肉を見せてくれないか? あなたからはとってもいい筋肉の臭いがする」
「香雪です。よろしくお願いします~」
「ああ、よろしく頼む」
姫さんと火花を散らし始めた時は戦争でも起きるのかなと思ったが、話して見たらなんか普通の人だな………。平和的に接する分には姫さんよりもいい人かもしれない。
「それで? みんなが魔王城に来るなんて、どうしたの? それぞれに異世界楽しむんじゃなかったの?」
「私もそう思ってたんだけど、柾が厄災を倒したいからみんなに集まってほしいって声をかけにきてるの」
「おい、誰が倒したいなんて言った。倒さないと帰れないから、倒すんだよ」
倒さなくてもいいのなら、とっとと帰ってるんだよ。
俺は紫藤とイブリースに世界の状況と厄災について説明する。すると、紫藤はすんなりと聞き入れてくれて、頷いてくれた。
他のやつは説得というか協力してもらうのに時間を要したのに、こうしてスムーズに受け入れてもらうと、それはそれで警戒してしまいそうになる。相手が紫藤だからなのだろうか………。
「分かったよ、柾。ボクらも倒しにいく。イブリース、君も手伝ってくれる?」
「………ああ」
嫌な予感ほど当たる物はない。特に相手は紫藤―――笑顔で騙そうとするずる賢くドSな小学生。
「よし、じゃあ、柾。僕らと戦おうか」
「はぁ?」
突然の紫藤の提案に思わず口を開けてしまう。
急展開すぎないか………なぜそうなるんだ。ていかじゃああるまいし。
「そんな顔しなくても……仲間になる人の実力は知っておきたいじゃん? ねぇ、イブリースも肩慣らしにやってみない?」
「シトウがするというのなら」
おいおい、なぜ魔王と戦わねぇといけないんだよ………魔王ってめちゃくちゃ強いだろ? その上ずる賢い紫藤がいて? やだよ。嫌すぎる。相手にしたくない。味方だけでいてほしい。
「………はぁ、俺も帰りたい。姫さん、帰らせて。いっそのことコイツなしでもいいや」
「それはいけません、マサキ様。召喚された5人が揃わないと、厄災に対処できなくなります」
「…………おい、姫さん。さっきから後だし多くないか?」
「す、すみません………皆様があまりにも濃くって色々抜けておりました……す、すみません」
本当に抜けていたようでまぁ今までのメンツといい出来事といい強烈だったから、今回に関しては許してやろう。
「それでその縛りプレイ………嘘じゃないだろうな?」
「嘘じゃあありません! 5人揃ってないと厄災を完全にしのぐことはできません」
はぁ。5人揃ってないといけないとか、勇者って戦隊ものみたいだな…………。
「戦わないのなら、柾は真弓姉に一生会えないままだよ」
「………………」
「戦ってくれれば、勝っても負けても僕らは味方になるよ」
目を閉じ、すぅと深く空気を吸い込む。
俺が問題児幼馴染を集めてここまで来たのは1つの目的のため。
そう――――。
「――――全ては姉さんのため」
俺の独り言を聞いていたのか、背後からおっえ゛っ――といううるさい声が聞こえてくる。
「その発言にはさすがに引くわ、柾」
「シスコンきめぇ」
「頑張れ~、柾~」
女子共の声は聞こえぬ。香雪の応援は辛うじて聞こえるが、俺の頭にはポンポンを一生懸命振ってくれるチアリーダー姉さんしかいない。大丈夫。
「勝利条件は?」
「戦闘不能にすること。気絶させるとか、武器を奪うとか、殺し以外なら全部OK。柾の場合はボクかイブリースを戦闘不能にさせたら勝ちだよ」
「分かった」
覚悟が決まり、俺は木刀を構える。こうなったら、全力で戦うしかない。手を抜けば、きっと2人は怒る。敵になることだけは回避しなければ。
「行くぞ、紫藤! 魔王さん!」
「いつでもどうぞ」
「わが友よ、全力で来い」
力強く一歩を踏み出す。その一歩で地面にひびが入り、石が飛ぶ。衝撃も広がったのかれんげたちの髪が大きくなびく。
「ハァ――――ッ!!」
木刀を片手に俺は2人に向かって、走り出した――――。
★★★★★★★★
「わぁ………」
思わず声を漏らす王女マーガレット。彼女は今までにも柾が戦ってきた姿を見てきた。だが、先ほどまで使えなかった魔法をいつの間にか使いこなし、木刀を振るっている。
親切にも魔王がバリアを張ってくれた場所で、マーガレットたちは3人の戦闘を眺めていた。
フィンと魔法が飛び交う音、何度もぶつかり合う斬撃音が響く。見上げれば、七色の光を灯す星々が空から落ちてきていた。3人の動きは閃光のようで、目視で捕えることはできない。
たぎる闘志を持つ瞳の柾。先ほどの弱々しい発言を思わせない勇者らしい姿――――。
「マサキ様って、本当に勇者なんですね」
マーガレットは知らない。
彼の脳内が姉のことでいっぱいであることを。
「ハァ――――ッ!!」
元の世界にいる姉のために願い、彼は木刀を振るっていた。
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