第8話 勝手にBL展開するのはやめてくれません?(怒)

「なんで他の店のやつまで俺に襲い掛かってきてんだよ――――!!」


 暴徒化したセクシーお姉さんたちに追っかけられ、地下街を走る俺たち。気づけば、香雪がいた店以外の店員までもが追っかけてきている。


「つ、疲れた…………これ、私まで逃げる必要ある? あの人たちが怒ってるのって柾に対してよね? 私逃げなくてもよくない?」


 と途中で、れんげがふざけたことを抜かし、足を止めた。


「おい! 止まるなよ!」

「もう無理………走れない」


 クソぉ…………普段は化け物みたいな体力を持ってるくせに、興味がないことになるとすぐにこれだ。


 すると、ていかも足を止め、走ってくる女たちに仁王立ちで向かい立つ。


「私は香雪の姉! ケンカ売る気なら、買おう!」

「姉だろうと知らないね!」

「ならばこい!」


 メリケンサックを装着し、ボクサーのように構えた。背を向ける彼女は艶やかな紺色の髪を揺らす。その背中はまさに強者。


 これはマズい…………アイツ、1人で戦うつもりだ。


「私は筋肉を躍らせていなかったからな。相手になってもらおう」


 そう。自分の筋肉を確かめるついでに…………。


「そこのお姉さんたち! そのメリケンサック女とケンカするのは止めておいた方がいいぜ! こいつ1人でヤクザ、じゃなかった………盗賊みたいな集団を1人で滅ぼしかけたことあるから!」

「………………」


 死人が出ないように警告すると、さすがにていかの迫力にやられたのか、足を止めてていかから離れるように後ずさりをする女ども。彼女たちの視線は一気に俺に向いていた。


「うーん………来ないのか? 折角騎士たちと高めた筋肉を味わおうと思ったのにな。仕方ない…………ところでそこの腹筋が魅力的なお姉さん。私と一緒に鍛えない?」

「えっ?」

「筋肉バカ! ナンパしてんじゃねぇーよ!」


 ていかのように、ここは相手をしてもいいのかもしれない。このまま追っかけこしていてもキリはないし、暴徒化したのなら、世界の果てまで俺たちを追っかけてくる。セクシーお姉さんたちからはれんげやていかと同じ執念を感じるしな………。


 ならば、ここで一旦倒しておくのもあり、だな。


「おい! 姫さん、ちょっと手伝ってく―――」

「わ、私は部外者ですわ。無関係者ですわ。わ、私は皆さまが納得されるまで待ちます。マサキ様、頑張ってください!」

「クソっ! 姫さんまで!」


 れんげの一言に逃走理由がないと気づいた姫さんや兵士たちは路地へと消えていく。これ、俺1人でどうにかしろって言ってるのか?


「逃げるな! 男狐!」

「香雪様を奴隷にするなど、極刑に値するわ!」

「いけぇー! 柾を捕まえちゃえ!」

「おいィ――! れんげ、てめぇ何混ざって応援してるんだよ!」


 気づけば、暴徒化お姉さんたちの中にひょっこりいるバカれんげ。逃げるの止めて、楽な方に入ったな。裏切者め。


「ていかお姉様、力の加減いかがですか? 肩痛くないです?」

「うむ、とってもいい。あなたの筋肉はとっても良く仕上がっているようね」

「ありがとうございます♪ ところでテイカ様。コウセツ様を私たちに引き渡していただけませんか? あの方がいらっしゃらないと、どうも私たちに筋肉も元気が出ないようでして………」

「もちろんだとも。その前に君の上腕二頭筋を仕上げないとね」


 いつの間に移動したのか、ていかは道のど真ん中に置かれた玉座に座り、愉悦顔で女の筋肉をさわさわしてやがる。筋肉を濡れた瞳で見るんじゃない。頬を染めるな、息を荒げるな。


「とんでもないことになったねぇ」

「はぁ…………これ全部お前のせいだからな」

「あはは、ごめーん」


 香雪は気楽そうに笑う。


 全く…………ていか、め。あいつ、香雪に惚れた女を利用して、1人だけ優雅に過ごしてやがる。れんげもれんげだ。なんで俺たちじゃなくってお姉さん側を応援してんだよ。ムカつく。


「いいか! 俺は! 別に! 遊びに来たんじゃねぇ! 用事があったから、香雪を迎えにきただけなんだよ! 厄災退治にお前が必要なんだ! たぶん!」


 帰って、姉さんの所に戻るために。


「お前、ツンデレだほ」


 追っかけ集団の中にいた小さな幼女。彼女は俺を指さし決して幼子が言わなそうな一言を話していた。


 白髪三つ編みの幼女は日焼けを知らなそうな真っ白い肌で、愛らしい顔をしているが、表情は真剣そのもの。真っすぐ俺を見るエメラルドグリーンの瞳は不思議と大人のオーラを感じた。


 ………待て。なんで幼女が風俗店こんなところにいるんだよ。誰かの子どもか?


「コリンナ様、なぜここに…………」

「随分と外が騒がしいから出てきたんだほ………」


 血気盛んに騒いでいた女たちは徐々に落ち着いていき、端に体を避けて幼女の前に道を作る。随分と恭しい態度だった。


 幼女は俺たちの前に立つと、腰に手を当て見上げる。子どものような姿だが、眼光は誰よりも鋭い。なんだこの幼女は…………。


「オマエがマサキだほ?」

「あ、ああ………そうだが?」

「さっきからオマエの話を聞いていただほ。オマエ、厄災を建前にその男を取り戻そうとしてるんだほ。そんな言い訳せずに、素直に好きだと言えばいいだほ………この子たちと一緒だほ」


 幼女はお姉さんたちを顎で指す。姿は子どもだが、中身はおばあちゃんのよう。なんだこの子は。


「コリンナ様、つまりこの男は…………」

「素直になれてない不器用男子だほ、多分、セックスはおろかキスもできていないんだほ」

「え、じゃあ、何? 彼が一方的に好いていただけなの?」

「違うわよ。コウセツ様、あの男のこと『大切な人』とか言ってたし、両片思いってやつよ」

「嘘…………愛が伝わってない系? 初心すぎない?」

「わぁ………可愛い乙女男子がいる」


 一気に女子どもが落ち着き、目を俺に向けてきてキラキラさせ始める。まるで同士を見るかのように。ああ、相手にしてるともうめんどくさいわ。


「香雪、俺姉さんの所に戻りたいんだ。戻って、ウェディングケーキの試作をしたいんだ。完璧なケーキを作りたいんだよ。厄災を倒して帰りたいんだ」

「…………だから、僕を迎えに来たんだね。ああ、僕、すっかり忘れていたよ。真弓さんの結婚式のために柾、頑張ったもんね」


 すると、香雪は視線を落とす。柔らかな笑みが真剣な表情へと変わっていた。


「厄災は………僕らが帰れないだけじゃなくって、ここにいるみんなが危なくなるんだよね?」

「ああ」

「うん、分かった。みんなを説得してくる」


 香雪は一歩前に出て、お姉さんたちを見る。全員が神託を待つかのように、彼を見つめていた。


「ごめんね、みんな。僕はずっとはここにいれない」

「コウセツ様…………」

「僕の夢はみんなが笑顔になってくれる世界を作ること。この世界のみんなには生きてほしいんだ。だから、僕は厄災退治行ってくるね」

「でも…………」

「大丈夫、退治したらまた来るから。約束だよ」


 誰でも魅了されそうな爽やか笑顔を見せる香雪。その時は俺がついていかないといけなんだよな。たぶん。


「じゃあ、行ってくるね。みんないい子で待っててね」

「「「はい! いってらっしゃいませ! コウセツ様」」」


 最初からこうして香雪に説得してもらったら、こんな大騒動にならなかったのでは? そう思いつつ俺たちは機嫌を良くしたお姉様方に見送られ――俺はなぜか同情のような目を向けられたが――れんげとていかを無事回収し、姫さんと合流して地上へと向かう。


 なんだかれんげやていかを回収する時よりも疲れた…………紫藤の時はどうか穏やかに………と願ったところでフラグが立つだけなんだろう。嫌だな。王城に戻ったら誰か紫藤を勝手に回収しといてくれたりしないかな。


「香雪はほんと歯が浮くようなことよく言えるな」

「歯が浮く? うーん、浮いてないけど?」

「……………恥ずかしい言葉をすらすらと言えるなってこと」

「そうかな?」


 香雪は優しさ100%でできているような人間。あまりの天然にムカつくことはあるが、優しいところはギリギリ尊敬はできる。


 香雪もれんげやていか同様癖あり幼馴染。外で目を離したら、日本脱出してるような迷子の天才。GPSをつけたおかげで、最近は海外迷子になる前に空港で回収できている。


 なんだかんだ、こいつとは10年以上の付き合いになる。扱いはそりゃあ慣れるか。


「とりあえず、お前服着ね?」

「そうしたいんだけど、上着誰かに取られちゃった。柾、上着貸してくれない?」

「………………はぁ」


 ………………モテ男なんて大っ嫌いだ。

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