第6話 異世界は筋肉の楽園のようです

「これで終わりか?」


 目の前に倒れた半裸筋肉男どもを見下ろして俺はこぼす。騎士の卵というものだから、かなり警戒したのだが、意外にもあっさり倒すことができた。


 中には本気で殺しにかかろうとしたやつがいたが…………この木刀でなんとかなってしまった。すごいな、修学旅行木刀。


 最初こそ軽い武器、俺と同じ木刀を使ってかかってくるやつが多かったが、徐々に激しくなり、終いには持つ人によっては殺傷能力が高くなる大剣で俺を本気で殺そうとしてくるやつがいた。


 その間、ていかはほくそ笑んでいた。マジでムカつく。


「私の負けだ、柾」


 しかし、ていか以外の男どもを倒してしまうと、ていかは賞賛するように拍手を送ってきた。


「なんだ、お前は戦わないのか」


 最後に「ラスボスは私だ! かかってこい! 柾!」なんて叫んで、メリケンサックを装着すると思っていたんだが…………どうやら今のていかは戦う気がないらしい。それはそれで気持ちが悪いな。


「ああ、柾には十分踊る筋肉を見せてもらったからな。私の負けに決まっている」

「なんだ、そのルールは…………」


 暴走ていかにいちいち突っかかっていると面倒なので、すぐに本題に入った。


「ていか、俺たちが来たのはお前に協力してもらうために来たんだ。転移させられた時に言われただろう? 『厄災退治』をしてほしいって」

「ああ、言われたな」

「だから、厄災退治してさっさと元の世界に戻るぞ」

「………………元の世界に戻る、だと?」


 途中まで、微笑みを浮かべていたていかだが、徐々に雲行きが怪しくなっていく。


「それは遠慮する。ここは筋肉の楽園、私のオアシスだ。私はここにいたい」

「別に今すぐにってわけじゃないからな。厄災を倒してからじゃないと、どの道帰れん」

「それでも嫌だ。私はここに住む。彼らを最高の筋肉に仕上げる」

「…………いいのか。こっちに一生いるとなると、ジムにいる鍛え上げた筋肉たちには会えなくなるぞ」

「………………」

「ボディービルダーにもお目にかかれなくなる。それでもいいのか?」

「………………」


 そう言うと、眉間に皺を寄せ、考え込み始める筋肉限界オタク女子。悩み過ぎて唸っている。ほーんとお前もお前でブレねぇよな、ていか。


 筋肉男に囲まれて黙る紺色髪の少女。ここだけ見るとマジで絵面がヤバいが………。


 強く訴えたところで意味はないので、とりあえず彼女の返事を待つ。考え込め、考え込め………。


「やだぁ………みんなに、筋肉に会えないのはいやだぁ…………」


 弱々しい声で漏らすていか。彼女は子どもらしくポロポロと泣き始めた。まさかここまでとは…………。


 絶句する俺、いつも通りの光景過ぎて『早く終わらないかな』感を漂わせているれんげ、慌てふためき始める姫さん。


「て、テイカ様! 泣かないでください! 帰ろうと思えば、今すぐに帰れます! 安心してください」

「…………ほ、ほんと?」

「はい! テイカ様が望むのなら、今すぐにでも帰します」

「……………そ、そうなの………それなら安心した」


 すんと泣き止んだていかに安堵したのか姫さんは微笑んでいた。それを黙って見ていたのだが………。


「おい、姫さん。今のはどういうことだ? さっきは方法を見つけないと帰れないって言ってたじゃないか」

「あ」


 単音を発するとフリーズした姫さん。


「ふーん、なるほどな………俺には嘘をついていたってわけか………」

「………す、すみません。国民の命がかかっていたので、つい………」


 姫さんは申し訳なさそうに目を逸らす。罰は感じているようだった。


 まあ、そうか。国の者じゃどうすることもできない状況。やっとの思いで召喚したのに、そいつは全員やる気なし。全員好き勝手にしていた。


 嘘をついてしまうのも分かるが、早めに言ってほしかった。俺あんなに発狂することなく済んだのに………ま、いいけどさ。


「じゃあ、戻るぞ」


 と踵を返し、次のやつを回収しに行こうとした瞬間、背後からダンッと音と衝撃波が襲う。振り返ると、コンクリート地面に足で罅を作っていたていかがいた。


「柾! 筋肉の卵がいるのに、貴様はそれを見捨てるというのか!」

「…………ん? 何がだ?」

「白々しい態度を………見捨てるなぞ! 勇者として失格だ!」

「いや、俺は別に見捨てるなんて…………」

「お前はなんて残酷な勇者なんだ! 柾! 先ほどあんな立派な筋肉の舞を見せてくれたというのに、呆れたぞ!」

「おい! 話を聞け! 武士口調やめろよ! これ以上キャラ崩壊を起こすな! あと筋肉の舞ってなんだ!?」


 さっきの戦いを筋肉の舞とか言ってるのか! 俺、一度も服を脱いでいないのだが!


 一方、黙って話を聞いていたれんげが姫さんの服をくいっと引っ張る。何か聞きたそうにしており、姫さんは「どうかされましたか、レンゲ様」と話しかける。


「ねぇ、厄災が来てしまったら、妖精さんも死んでしまうの? マーちゃん」

「マーちゃん? 私のことですか?」

「あなた以外に誰がいるの? マーちゃん」


 マーガレットだからマーちゃんね。なるほど。

 れんげの突然の『マーちゃん』呼びに、姫さんはどう対応していいのか分からないのか、俺に視線を向けてきた。


「まぁ、あんたがそれでいいのなら、いいんじゃないのか?」

「分かりました。ぜひ、みなさんマーちゃんとお呼びください……レンゲ様の質問に関してましては、厄災が広がれば、当然妖精たちも弱ってしまうでしょう。場合によっては黒落ちして、黒妖精となることがあります」

「うーん……それはまずいわ。柾、やっぱり厄災退治は私たちでするべきよ。今すぐ帰るわけにはいかないわ」


 ていか同様、俺が厄災退治を止めると勘違いし始めているれんげさん。姫さんも瞳をうるうるとさせてあざとく懇願してくる。


 ………………。


「アーッ!! だから、さっきから言ってるだろ! 俺は厄災をぶっ倒すって! 姫さんには、さっきも言っただろう! このまま帰れば、姉さんに呆れられてしまうのは確定なんだ! 『折れには関係なし』で帰れないんだよ!」


 姉さんに飽きられた目で見られるのは嫌だ。姉さんの立派な弟でありたい。


「なら、さっさとそう言ってくれ、勇者柾」

「だから、一度も見捨てるなんぞ言ってないだろうが………てか、その勇者呼び

「え? 柾は勇者なんだから、勇者でよくない? 何恥ずかしがってるの?」


 れんげの言葉にコクコクと頷く一同。え、誰も恥ずかしがってないの? 中二病じみて恥じていたの俺だけ?


「わーったよ、俺は勇者でいいさ………さ、次は男どもを見つけにいくぞ」

「行きましょう!」

「あいあいさー!」

「いざ筋肉守らん!」


 そうして、ていか(&一部の筋肉男)を回収した俺たちは、次の変人幼馴染を探しに、騎士学校を後にした。




 ――――――


 明日も更新します!

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