第5話 筋肉! 最強!
「貴様らは何のためにこれまで生きてきた!? 筋肉のためだろう!」
「イエスマム!」
俺たちはれんげを回収して次に向かった場所。あの召喚された場所から東へと移動していた。
「そうだ! もっと筋肉を輝かせてみせろ! いいぞ!」
どこまでも響く女性の声。凛として透き通った声で、キビキビとしており思わず背筋が伸びる。向かった場所は騎士学校。
回廊を歩いてすれ違うのは男性ばかりだが、一番聞こえてくるのはその女性の声だった。声の主を知らなければ、あたかも屈強な女性騎士が指導しているとでも思うだろう。
「ねぇ、柾」
「ああ、あの声は確かにあいつだ…………」
だが、俺とれんげの考えは違った。
筋肉のいるところ、それは花王ていかのいるところ――――。
「やっぱりここにいた」
騎士学校には筋肉モリモリマッチョマンがわんさかいる。鎧の下に筋肉を隠す立派な騎士がそれはもういっぱいで、全員が筋トレをしていた。案の定、紺色髪の少女は訓練場で男たちの中央で叫んでいる。
ふと思い出すのは転移した直後に叫んでいたていかの言葉。
『この世界、筋肉マッチョの臭いがする!』
多分臭いだけでここまで来たんだろう。己の欲望のままに走ってきたのだろう。
王城にも魅力的な騎士がたくさんいたが、ジムのように集まっているわけではなく、各場所に分かれている。しかし、騎士学校なら筋肉を持つ野郎どもが集合している。ていかにとってはバカンス。
あいつ、筋肉の臭いだけ敏感なんだよな。ほんと筋肉バカ。
ていかは俺が少し腹筋しただけで、次の日に「いい筋肉作ってるね。柾の筋肉楽しみにしてる」とか言ってくる。たった10回しかしていないんだぞ。普通に怖い。
「うむ! いい筋肉だ! 引き締まっている!」
「ありがとうございます! テイカ様!」
1人の男の筋肉を眺め、叩き、褒めるていか。男たちも嬉しそうに顔を輝かせていた。
「な、なんですか、あれ………」
「ていか恒例、筋肉マッチョ育成イベント」
「えっ………」
ていかの筋肉狂気っぷりにドン引きする姫さん。あいつとずっと過ごしてると、こんな場面を何度も目撃してしまう。俺たちは慣れてしまったが………。
ていかはブレない。元の世界でもそうだったが、こっちに来ても筋肉………騎士学校の学生も学生だ。なんであんな奴に構っているんだよ。
騎士さんあんなやつが入らなくても、十分立派な筋肉は作れるだろうに………。
見ると、騎士のたまごたちの瞳は異常に輝いている。ていかを女神でも見るかのようなハイライトの眩しい目をしていた。
「なんで騎士全員がていかに惚れてるんだよ。女性とはあんまり関りがなくて興奮でもしてるのか?」
「何言ってるの、柾! 騎士になる子たちがそんなことで興奮するわけないでしょ! キモいこと言わないでよ!」
「………………」
男の中身は獣だぞ…………と言ってやりたい。でも、「なら柾もなんだね!」って言われて脱線しそうだから、ここはぐっと堪えて。
「姫さん、こうなった経緯とか知らないか? 大方予想がつくけど」
「はい。部下からの報告によりますと、テイカさんが騎士訓練場に入り込みまして、数人片手で倒して力を見せつけたところ、みんなテイカ様に陶酔したようです」
「………………」
あいつはここでもこんなことを…………。
てか、騎士さんたちどういう頭してるんだよ。あのていかだぞ? 見た目は美人でも、中身が女子終了のゴングが鳴り止まない終わってる系の人間だぞ?
惚れてるってどういうことなんだよ。
「おい! ていか! もうそろそろいい加減にしろ! またヤクザが来ても知らねぇーぞ!」
「ヤクザなどおらぬ! ここにいるのは盗賊と魔王軍! 我々はやつらを倒すために日々訓練を行っているのだ! さぁ、皆の者筋トレを行え!」
「「「はっ」」」
右手を横に振り、命令するていか。騎士たちは整った声で返事をし、さっそく地面に寝転がり腹筋を始めた。ていかの近くにいた男性たちだけは立ったままで、命令を待っているかのようだった。
後ろで手を組み背を見せるていかの姿はまるで軍官。学生服姿のせいもあって、ていかが本物の上官のように見えた。
「ようやく話しかけてくれたか、柾よ」
「…………気づいてたのかよ」
「ああ、まだ実っていない体が寄ってきていたからな。気づくのは当たり前だろう」
たるんだ体にも反応するのか………本当に怖い。どうやって感知してるんだよ。
「それで柾、お前もここに来たからには鍛えに来たのだろう?」
「いや、そんな気は一切ございません」
お前も回収に来ただけです。どうかこれ以上異世界に迷惑をかけるな。
すると、ていかははぁと呆れたようにため息をついた。
「全く柾は嘘が下手だな………いっそのこと正直に話した方がよいぞ。声も出なくなっていたのは、大方予想がつく。最高の筋肉に仕上げようとする彼らに、柾も看過されたのだろう?」
「は?」
「やっと柾が我らの筋肉に惚れてくれる時が来たと思うと、我はとっても嬉しいぞ」
「…………お前、普段そんな一人称じゃないだろ。師匠ずらすんのやめろ」
お前が筋肉師匠とか嫌だ。
「私は知っている。柾が1週間に1回鍛えているのを」
「………………」
「恐らくお前のことだ、姉のためだろう。そこは思わず『きっしょ……』と言いたくなるところだが、筋肉に罪はない。それで筋肉を鍛えてくれるのなら、嬉しい限りだ」
「………………」
………………なんでこいつ、姉さんのために鍛えていたことを知ってるんだ。怖い、怖い。ストーカーか? 筋肉ストーカーか?
「向こうの世界では感じなかったが、今の柾からはとんでもない筋肉が生まれると確信した! 私はその筋肉が覚醒する瞬間を! お前の筋肉が踊るその姿を猛烈に見たい!」
ていかはバッと両手を横に広げ、口を開けて笑う。楽しそうだが、とてつもなく嫌な予感がした。今すぐ逃げてしまおうか。
「ここは異世界だ! 弱肉強食の世界だ! さぁ戦おう、柾! 筋肉を見せおう!」
「なぁ――んで、そうなるんだよ!? 異世界、弱肉強食の世界でなぜ筋肉を見せ合おうって思考になるんだよ!」
れんげ同様、ていかも暴走し始めたら止まらないのは分かっていたけど! 元の世界以上にめんどくさくなってないか、コイツ!?
「全く筋肉筋肉うるさい! この筋肉の奴隷が!」
「筋肉の奴隷になれるのなら、本望だ。ありがとう、柾」
「クソっ!!」
興奮して頬を染めるていか。可愛い顔は台無しして、鼻息を荒げる彼女は大胆にも制服を脱ぎ捨てる。後ろにいた男どもがていかの服を拾っていた。
「て、テイカ様何を!」
姫さんはていかの奇行に思わず叫ぶ。他の護衛たちも見まいと視線を逸らしていた。だが、俺とれんげは逸らさない。期待しているものなど見ることはない。
「柾! 準備はいいか!」
「よくねぇよ!」
制服を脱いだその下には、あらまぁ不思議スポーツウェア。こいつはいつだって制服の下にスポーツウェアを着ている。どうしてかって? まぁ察しろ。
ていかの周りに武器を構え始める半裸の男ども。もう彼らは彼女の部下だった。俺と戦う準備はOK。俺は全然はOKじゃないんだが。
「さぁ! 柾! お前の勇者の
……………ああ、逃げ出したいよ。姉さん。
★★★★★★★★
明日も更新します!
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