第2話 自由にさせてもらいます

「ん? ここどこだ?」


 ローブに囲まれたおじさんだらけの部屋を飛び出した俺。しかし、部屋の外に出ても、兵士を避けながら西洋風の巨大な門をくぐって外に出ても日本らしい景色はなく、自分のキッチンはおろか家の姿も見当たらない。ヨーロッパを思わせる街並みが広がっていただけだった。


 みんな、じろじろ見てるな……………ま、そりゃあそうか。


 俺の片手には生クリームがたっぷり入った銀ボウルと幼馴染の唾入り水コップ。身なりは学校から帰宅してそのままだったから、学生服とエプロンという西洋の街並みにはアンマッチな服装だった。そりゃあ、通り過ぎる人たちは俺が気になって仕方がないだろう。


 振り返ると、見えたのは丘の上に建てられた大きな城。玉座の間などがあるのであろう一番背の高い大きな建物を中心に大小異なる塔が立ち、それらを囲むように塀が立てられている。


 なるほど、さっきいた場所って城だったんだな………綺麗だけど、とりあえず今は家に帰らねば。まだ試作はできていない。このままでは姉さんにがっかりさせてしまう。


 しかし、いくら歩いても城外に出ても日本らしい景色はなく、自分のキッチンはおろか家の姿も見当たらない。城下町の端まできたのか、街の外へと繋がる門が見え始めていた。


「うーん…………どうしたものかな…………」


 信じらない出来事に思わず飛び出しちまったが、ここはやっぱり異世界なんだな…………いまだに信じられないけど。


 うーん。これでは帰ろうにも帰る手段が分からない。れんげが使った魔法を使えればいいが、魔法の使い方など全然分からん。


 念じればできるもの、とかなのか?


 一旦冷静になり、門の前に立ち止まっていると。


「そこの貴方、ちょっと待ってください!」


 振り返ると、走ってきたのは1人の美少女。橙の長い髪を揺らしながらこちらに向かって来ていていた。


「勇者様! 少しお待ちを!」

「待たない。俺は厄災退治なんてしない。自由にさせてもらうぞ」


 そう。

 あんたたちは厄災?退治をしてもらうために俺らを召喚したんだろうが、俺は自由にさせてもらう。


 というか、家に帰る。帰って、最高のウェディングケーキを作らないといけないんだ。じゃないと、姉さんが悲しむ。


「分かってますが………あ、あなたのお名前を聞いていませんでした!」

「俺の名前は石楠花柾だ。柾と呼んでくれ。じゃあな」

「私はレイナウト王国第1王女マーガレット・フランドル・レイナウトと申します。マサキ様、少しだけでいいんです。少しだけお話いたしませんか?」


 オレンジ髪の少女、マーガレット姫さんは琥珀のような輝く瞳で訴えてくる。この感じだと、俺が止まるまで付きまとってくるな………。

 

「分かった、分かった。少し話すだけな…………じゃあ、教えてくれ、姫さんよ。俺たちはどうやったら元の世界に帰れるんだ?」


 そう問うが、姫さんは黙ったまま。

 目を逸らして、指先をつついている。


「…………なぁ、姫さん。呼び出したからには帰る方法知ってるよな?」

「………………」

「分かってたから、俺たちを呼び出したんだよな?」


 問い詰めると、バッと頭を深く下げる姫さん。髪が大きく揺れた。


「す、すみませんっ!! あなた方を召喚できるを知っていても、元の世界に返す方法は知らないんです!」

「な、なんだと…………?」


 つまり一生姉さんと会えない…………だと?


 どんな人にも優しい姉さんに、時折見せるふざけた姉さんに、感動映画で大泣きする姉さんに、心の花が咲き誇るほど愛らしい笑顔の姉さんに…………会えない。


 ――――――大好きな姉さんにもう二度と・・・会えない?


「ゔあ゛ァァ――――ッ!!」


 頭で地面を全力で叩く。何度叩いてもこの感情は消えない。血が出ても姉さんに会えない悲しさに痛みは勝てない。


 ああ、悔しい! 

 姉さんに会いたい! 

 せめて『大好きよ、柾』と言われて別れたかった!


 胸ポケットには姉さんの写真があるが、それだけじゃあ耐えられない。大体一生会えないだなんて、理不尽すぎる。


 姉さんに二度と会えないのなら…………。


「もう俺、死のう………ああ、そうだ。もしかしたら、俺転生するかもしれない。運良ければ、姉さんの子どもに…………」


 姫さんの腰にあったナイフを奪い取り、自分の首に刺そうとした。

 

「待ってください! マサキ様!」


 が、刃が肌に触れる前に姫さんに止められた。ああ、止めないでくれよ。一思いに逝かせてくれよ…………。


「聞いてください、マサキ様。あなた方を元の世界に返す方法はあくまで見つかっていないだけ! あるかもしれないんです!」

「…………見つかってないだけ?」

「はい! そ、そうなんです! 皆様を帰還させる方法は現在研究中……なんです! ああ、でも、ご安心を。研究チームは厄災を対処した頃には方法は明らかになるだろうと話しておりましたので!」

「それ、ほんとか?」

「はい。ですが、たとえ見つかっても、役目を果たしていただけないのなら、いつまででもここにいていただきます。そこは譲れません」

「………………」


 そうだよな。こいつら、厄災を倒してほしいから、俺たちを呼び出したんだよな。俺ら何の能力も持っていないけど。


「俺みたいな凡人が厄災を倒す? アハハ………凡人に変な期待を寄せるのはやめてくれ」

「いえ! あなた方は凡人なんかではありません! 立派な勇者です!」

「勇者ね………」


 それはライトノベルの中だけの話だろ。

 俺はチート能力なんぞ持ってないぞ。


「いいですか、マサキ様。転移されたあなた方はとてつもない魔力と魔法技術をお持ちです。召喚された勇者は最初こそ凡人に等しい存在ですが、才能を開花させれば、厄災はおろか魔王軍幹部ですら余裕で倒せる存在になるんです!」

「自国の問題なら、転移者に頼らず、お前らで解決すればいいだろうが…………」

「それは無理なんです………」


 姫さんは悲し気に下を見る。

 彼女の手には堅い拳ができていた。


「私たちも国を守るためなら、何だってする覚悟はあります………ですが、私たちの力をもってしても厄災は防げないのです。以前起こった厄災の時も転移者を呼び、退治をしていただきました」

「ふーん。過去にも“厄災”は起きたことがあるのか」

「はい。厄災の預言がある度に、こうして異世界から勇者を召喚しているのです」


 厄災がどういったものなのか具体的には知らない。が、姫さんがこうして熱烈に俺を引き留めたり、召喚時に喜んでいたじいさんのことを思うと、この国の一大なのは分かる。

 

 でもな、でもな――――。


「1ヶ月後には姉さんの結婚式なんだよ――――!!」


 それがなかったら、即座にOKを出していただろう。


 柾、冷静になれ。よく考えろ。

 こういう時、姉さんならどうする?


『困ってる人がいるのなら、私は全力で助けに行くわ。見てしまったのに、知ってしまったのに、見捨てて生きることなんてできないわ…………だって、みんな笑顔になってほしいもの』


 ………………そうだ。

 

 姉さんなら、そう答える。

 きっとこの国を救おうとする。


 俺も姉さんの弟だ。たとえ、ウェディングケーキのことがあっても、困ってる人を無視なんてできない。


 姉さんのウェディングケーキのことは………そうだ。時間に間に合えばいいんだ。結婚式に完璧なウェディングケーキができていればよし。


「姫さん、厄災はいつ来るんだ?」

「3週間後です」

 

 この様子だと俺たちの時間軸は一緒。つまり1ヶ月後に姉さんの結婚式が行われるのは変わらない。でも、厄災の出現がギリギリだな………仕方ない。こうなったら、厄災退治RTAだ。何だってやってやる。


「じゃあ、アイツらを集めさせるか」

「マサキ様、それでは………?」

「ああ、何かあんたたちを見捨てるのも気が悪く思ってな」

「ああ、本当ですか! ありがとうございます!」


 オレンジ髪を揺らして何度も頭を下げる姫さん。とてつもなく嬉しかったようで、終いには泣いていた。そんなに困っていたんだな。


 もし、これで俺が引き受けなかったら、きっと姉さんなら怒ってくる。「お前はなにやっているんだ」って「人が助けを求めているのに、無視なんてひどすぎる」って。


 2時間説教タイムだ。それはそれで嬉しいのだが………姉さんを裏切るようなことはしたくない。


「姫さん、行くぞ」

「は、はいっ!」


 俺たちは幼馴染たちを探すため、一旦王城へと戻ることにした。





 ★★★★★★★★


 明日も更新します! よろしくお願いいたします!

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