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 火葬が始まったという連絡を受けた僕は、理解ある上司に頼んで仕事を抜け出した。

 社用車で火葬場につくと、僕は広い駐車場に降り立つ。

 ここからでも、大きな煙突から煙が立ち上っているのが分かる。僕はそれを見上げながら、親族が現れるのを待った。

 しばらくすると、続々と人が会場から出て駐車場に向かってくる。

 僕はその中で、彼の写真と骨壺を抱く両親の元へと近づく。

 二人は僕を見て、誰だか分からないようだった。突然現れた男に訝しげな目を向けてくる。

 葬儀の相談や段取りを組んだのは僕ではなかったせいか、顔を覚えていないのだろう。

 僕は「このたびはご愁傷様でした」とまず延べ、それから信じて貰えないかもしれませんがと前置きしてから、彼の言葉を伝えた。

 もちろん彼が逃げ出して、それを僕が連れ戻したんですとは言わず、ただ霊感があって、伝えて欲しいと頼まれたのだと告げた。

 母親は息子は今、ここにいるんですかと僕に縋り付く。僕が首を横に振った所で、父親は「不謹慎だ」と低い声で言った。

「君は息子の同級生なのか? こんな場所に来てまで、冗談を言うのは頭がおかしいんじゃないのか?」

 今にも殴りかかってきそうな剣幕に、僕は一瞬ひるみそうになる。だが、彼の最後の頼みなのだと、僕は拳を強く握り真っ直ぐに父親の顔を見つめた。

「僕の話が信じられないお気持ちは分かります。だけど、彼の最後の言葉を冗談だと言われるのは心外です」

 僕はそう言ってから、頭を下げてその場を立ち去った。

 母親の泣き叫ぶ声が背後から聞こえ、僕は彼の言っていたことは正しかったと思った。

 会社に戻ると、上司が僕の顔を見て「お疲れ様」と言った。

 僕は懐中時計を返しながら、一連の流れを報告する。うんうんと聞いていた上司だったが、家族への言伝の件については苦い顔をした。

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