8
翌日。彼の葬式を執り行う段取りを組むために、僕は朝一番で会場に入っていた。
大きな写真を見上げる僕の隣には、その本人の姿もある。写真の彼は中学の卒業アルバムの物なのだろう、まだ幼さが残るあどけない笑みを浮かべていた。
「今日で最後か」
自分の写真を見上げながら、彼はぽつりと呟く。
「お前とも今日でお別れだな」
それから僕の方を見て、彼が言った。
「そうだね。寂しくなるよ」
僕の人生のうち、すでに八時間二十八分も彼と過ごしている。僕にとっては大きな出来事だ。
「あのさ……」
急に声のトーンが控えめになった事で、僕は訝しげな目を向ける。彼は言おうか言わまいか迷っているようで、やや俯きがちで視線を迷わせていた。
「どうしたの?」
僕が促すと彼はやっと、「親に伝えて欲しいことがあんだけど」と言った。
「いいよ。伝えるよ。信じてくれるか分からないけれど、君の言葉をそのまま伝える」
家族の反応は正直怖い。それでも、故人の最後の希望を叶えられるのは、僕しかいないと思っていた。
「親不孝な息子でごめんって」
「分かった」
「葬式が終わってから、伝えて欲しい。あの様子じゃあ、母さんまた大泣きしそうだから」
「火葬が終わったら、君はいなくなってるかもしれない。見ていなくても良いの?」
「良いよ、別に。お前ならちゃんと言ってくれんだろう」
むすっとした顔で言っているが、それが照れ隠しなことぐらい僕には分かっていた。
「分かった。ちゃんと伝えるよ」
彼はほっとしたような、今にも泣き出しそうな複雑な顔をした。
葬式が滞りなく行われていく中、覚悟を決めたのか彼はずっと両親の傍にいた。
僕も最後まで式がきちんと進行していくように、気を配っていた。一生に一度、人生で最後の主役となる舞台。僕たちに失敗は許されなかった。
無事に式が終わり、棺を霊柩車に乗せると、僕や職員は外で整列する。僕たちの仕事はここまでで、後は火葬場職員へと引き継がれる。
写真を抱いた母親と、親族たちが目の前を通っていく。その一行の中に、彼の姿があった。
「色々とありがとな」
彼は僕の前に立つと言った。
「頑張ってね」
僕がそう返すと、軽く手を振りながら両親の後を追っていく。
僕はその背を目に焼き付けてから、大きく頭を下げた。
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