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「迷惑かけて悪かった」

 彼がぽつりと漏らし、僕は「別にいいよ」と返す。

「今度はさ、後悔しない生き方をしなよ。人がこの世に生まれてくる理由は、試練とも言われているんだ。罪を犯さない人間は一人もいないし、失敗しない人も存在しない。何度も繰り返して、成長していくんだと思う。まだ君も若いんだから、頑張ってね」

「死んだ人間に言う台詞かよ」

 彼はそう言って、ぎこちなく笑った。

 会場に足を踏み入れると、一気に冷えた風が全身を覆い尽くす。それと同時に僕は、心の底から安堵した。受付を通り過ぎ、彼の名前が書かれた部屋の前で、彼が足を止める。

「俺は……これからどうなるんだ?」

 彼の目には先ほどの強がりはなく、不安の色があった。

「また新たな人生を歩んでいくんだと思う。でも大丈夫。失敗を経験した君ならきっと、良い人生を歩んでいけるはずだよ。その為にも、きちんと現世とお別れしなくちゃね」

 僕だって、死後の世界のことは何も分からなかった。現世だの来世だの生きている人間が生み出したまやかしなのかもしれない。それでも、何もない、無であると言われるよりはマシなはずだった。

 彼が頷いたのを合図に、僕は扉を開けた。会場には彼の生前の写真が飾られ、花が手向けられていた。その前の白い棺の周囲に、家族や友人とおぼしき人達が取り囲んでいた。

「間に合ったみたいだな」

 駆け寄ってきた職員の一人に言われ、僕は頷く。懐中時計の針が止まり、六時五分前を指していた。

 その横を通り過ぎ、彼は少しぎこちない足取りで棺に向かっていく。

 母親らしき人が涙を流し、彼の名前を呼んでいた。その隣で支えるように父親なのだろう、奥歯を噛みしめてその女性の肩を抱いている。

 その様子を彼と同じ歳ぐらいの男の子たちが、やりきれない表情で見ていた。

 何度も見た光景とはいえ、胸が痛くならないはずがなかった。この仕事を二年はしているけれど、悲しみに慣れなど存在しないのだ。

 彼は周囲の人間の顔を見た後、自分の棺を覗き込んだ。息を呑み、それから悄然とした顔に変わる。ショックなのは無理もないことだった。稀に逃げ出そうとする人もいるけれど、一度この場所に踏み入れたら出ることは出来ない。

 だけど彼はそんな素振りを見せず、ただ自分の遺体を見下ろしていた。それだけで僕には、彼は若いのに強いなと思えた。

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