5
「……父さん」
僕が声をかけるも、父は時が止まっているかのように微動だにしない。
「僕のこと……分かる?」
父は項垂れ、胡乱な目で下を見つめていた。いつ行こう、今だろうか、そんな心境が聞こえてくるかのようだった。
父はこのとき少しでも、僕たちの事を考えてくれたのだろうか。残された母と僕の悲しみを、想像することは出来なかったのだろうか。
「おい」
呼ばれて後ろを振り返ると、苦渋を滲ませた彼と目が合う。
再び前を向くと父の姿はどこにもない。
「……悪かった。もういい」
背を向けて歩き出す彼の背を僕は追う。夏にもかかわらず、僕の背には冷たい汗が伝っていた。
悄然とした父の顔が、頭にこびり付いている。まだ四十にもなっていなかったはずだ。立て直そうと思えば、なんとかなったはずなのに。
「ごめん。トラウマになったらと思ってたけど、知って欲しかったんだ」
エレベーターの中で僕は沈黙を破る。
「僕はああいう人達を救いたくて、この活動をしてる。まだまだ知名度は低いし、慈善活動みたいなもんだけどね。それに幽霊を見える人の方が稀だから、そもそも信じて貰えない。変な宗教ぐらいに思われるだけで」
だからこそ、喪主やその家族には口が裂けても言えなかった。貴方の大切な人は、この場所には来ていません。だなんて言ったものなら、卒倒するか罵倒されるのがオチだ。
「理解してもらえたかな?」
僕の問いかけに、彼は青ざめた顔で黙り込んでいた。
再び電車に乗った僕たちは、下りの電車に乗っていた。さっきとは打って変わって、ビルや高層の建物は一つもない。
車窓から見える景色は、少しだけ日差しの弱まった光が照らす、青々とした田畑だけだった。
懐中時計を開き、僕は時間を確認する。残り時間一時間三十四分。
ギリギリ間に合いそうだった。
「親はぜってぇー、俺がいなくなってほっとしてるから」
僕は黙ったまま、彼の横顔を見る。ぼんやりとした表情で、目の前の車窓を流れる景色を追っていた。
「こんなことになって、呆れてんじゃねぇ。てか、ざまーみろって思ってるかもな」
「親はそんなこと、君に言ったの?」
「言ってなくても、それぐらい分かる。俺は何度も補導されたし、学校で喧嘩したり教師殴って、親が何度も謝りに来てたんだ。もう、そんなことがなくなるって思えば、ラッキーぐらいに思うんじゃねぇの」
吐き捨てるような彼の言葉に僕は、はっとした。
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