3
「ならさ……僕に付き合ってよ」
「はぁ? なんでだよ」
「もしこれで、君の気持ちが変わらなかったら僕は諦めて一人で帰るよ。どうかな?」
彼は少しだけ悩んだ末に、「しょうがねぇな」と口にする。彼自身も、今の状況を持て余しているのかもしれない。
僕はほっとした。だけど一方で、内心は複雑な気持ちだった。
東京駅というアナウンスが流れ、僕はそこで降りようと言った。
今度は他の路線に乗り換えて、十分ほど電車に揺られる。
ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認した。残り三時間半弱。間に合うだろうか、という不安が込み上げる。
この選択は吉と出るか凶と出るのか。僕には全くの未知数だった。
懐かしい駅に降り立つと、人は多くとも都内とは違う時間の流れを感じていた。
「おい、どこに行くつもりなんだよ? こんな場所に何があんだよ」
不満げな彼は僕の少し後ろを歩く。僕はもう少しで着く、とだけ告げて口を閉ざした。
もう彼を慰める言葉も気遣う言葉も、今は口にする元気はなかった。心臓が大きく波打ち、僕の膝は微かに震えていたからだ。
「ここだよ」
やっと立ち止まり、僕は一件のマンショを見上げた。
「意味分かんねぇんだけど」
彼は苛立っているようで、吐き出すように言った。
僕は大きく深呼吸すると、マンションのエントランスに足を踏み入れる。本来は部外者である僕は、住民にバレたりでもしたら、通報されてもおかしくない。堂々としなければと、立ち止まることなく進む。
エレベーターに乗り込み、僕は屋上階のボタンを押す。ゆっくりと浮遊していく箱の中で、僕はやっと「昔住んでいた場所なんだ」と口にした。
「生まれてからの十三年間。この場所で過ごしてた」
彼は戸惑っているのか、黙ったまま眉間に皺を寄せていた。
エレベーターが止まり、扉が開かれる。途端に眩しい日の光と、むわっとした夏の風が全身を包み込んだ。
屋上にはいくつもの物干し竿が並び、ここの住人の物とおぼしき布団やシーツが風になびいている。
変わらないなと僕は、懐かしむというよりは哀愁を感じていた。
「これから何を見ても、動かないで僕の傍で大人しくしててね」
無理だろうけどと思いながら、僕は額の冷たい汗を手の甲で拭う。
「何する気なんだよ」
彼の問いに僕は「何もしないよ」と返す。
シーツの森を抜けると、外側を柵で覆われた情景が現れる。転落防止の為に取り付けられた柵の上には、昔はなかった有刺鉄線が設置されていた。
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