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「ならさ……僕に付き合ってよ」

「はぁ? なんでだよ」

「もしこれで、君の気持ちが変わらなかったら僕は諦めて一人で帰るよ。どうかな?」

 彼は少しだけ悩んだ末に、「しょうがねぇな」と口にする。彼自身も、今の状況を持て余しているのかもしれない。

 僕はほっとした。だけど一方で、内心は複雑な気持ちだった。

 東京駅というアナウンスが流れ、僕はそこで降りようと言った。

 今度は他の路線に乗り換えて、十分ほど電車に揺られる。

 ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認した。残り三時間半弱。間に合うだろうか、という不安が込み上げる。

 この選択は吉と出るか凶と出るのか。僕には全くの未知数だった。

 懐かしい駅に降り立つと、人は多くとも都内とは違う時間の流れを感じていた。

「おい、どこに行くつもりなんだよ? こんな場所に何があんだよ」

 不満げな彼は僕の少し後ろを歩く。僕はもう少しで着く、とだけ告げて口を閉ざした。

 もう彼を慰める言葉も気遣う言葉も、今は口にする元気はなかった。心臓が大きく波打ち、僕の膝は微かに震えていたからだ。

「ここだよ」

 やっと立ち止まり、僕は一件のマンショを見上げた。

「意味分かんねぇんだけど」

 彼は苛立っているようで、吐き出すように言った。

 僕は大きく深呼吸すると、マンションのエントランスに足を踏み入れる。本来は部外者である僕は、住民にバレたりでもしたら、通報されてもおかしくない。堂々としなければと、立ち止まることなく進む。

 エレベーターに乗り込み、僕は屋上階のボタンを押す。ゆっくりと浮遊していく箱の中で、僕はやっと「昔住んでいた場所なんだ」と口にした。

「生まれてからの十三年間。この場所で過ごしてた」

 彼は戸惑っているのか、黙ったまま眉間に皺を寄せていた。

 エレベーターが止まり、扉が開かれる。途端に眩しい日の光と、むわっとした夏の風が全身を包み込んだ。

 屋上にはいくつもの物干し竿が並び、ここの住人の物とおぼしき布団やシーツが風になびいている。

 変わらないなと僕は、懐かしむというよりは哀愁を感じていた。

「これから何を見ても、動かないで僕の傍で大人しくしててね」

 無理だろうけどと思いながら、僕は額の冷たい汗を手の甲で拭う。

「何する気なんだよ」

 彼の問いに僕は「何もしないよ」と返す。

 シーツの森を抜けると、外側を柵で覆われた情景が現れる。転落防止の為に取り付けられた柵の上には、昔はなかった有刺鉄線が設置されていた。

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