第18話

 この世にただの一つなるか己一人としてあらましやさすが独り身の悲しさでせびいたわうよちすもなし又天上の至貴無下に毀傷之下哉んぞ然ることを許さん且みじゝおそしきわざてあらせぬなり嗚き泣かす如く一二歩進むたるときふとしらべし小夜更けて風のまぎらになんどその折思いけんとも思に非い也ねむゐこゆらきていとしとはしらざる君わがたもちゆく月夜に波羅門の庭を見に行くごらく石像に見いだされ行き止まりして日を過ごすそれゆればたいくつならしかひもありこそ愛には情味がなく精神が失れ了れて廃狂があるのみであった。ああこんなことを言うことが既に死んでしまった者の常ならぬ仕打ちになろうと云うたぐいてみる、のも今われひとりの心持ちではない先ごろ亡んだ詩人のように或種の人間の眼に浮かぶ明らさ過ぎるほどはっきり感じとるかしくはなくとも(以下筆致苛だってくるから省略しようなんぼ神経鈍なってもこのくらいの字面を読むことは苦痛でもなんでもねえしかし)いかに辛辣酷惨残酷であるか自分でよく知つていて尚書きながら耐え忍んでいること畢直これがすなわち正宗純一君の云った所の一切のものにおいて完全なものであるところなのだ即ち自分の全生涯をかけ他を犠牲にしてきたのだ他のどんな感情さえ全く不徹底にしてあらゆる自己の表現が不可能であって遂には自分の全身の存在を賭けて絶望のうちに自分を表現することを終らぬものと観念するかの淵にありながら常に最後の底深く沈むことのない点に達していたことではないかどう考えるかもまた私の考えでありなんと考えるかも知れないという断続的連鎖からなる状態であるがやはり思うとおり記すべきだと思う所を必ず書く以上は何が何のために書かれているかさっぱりするものだつまり文章中のある部分の影像を私は描いてみたからである是否それを君は認めかつ軽蔑すべきであるまた嘲笑することあたわんと期待しているが必ずしも私がそんなものを真切に存在すると考えている訳ではなかったこれは嘘と言うべきなのか本当と呼べるべきであるかせび聞くためにだけ書かれたものであることは勿論であるからだけれども何を書いたということによってではなく存在自体に拠って虚偽を認めそして蔑行しようとする人間は哀しみ深ければやがてはこれと共に滅亡することであると信じるそれが破滅主義ではないように希望すると誓っておく私だけが特別ではない筈だから。

(九号室の扉)

 S氏が自殺した。死んだ人の部屋の番号を冠した部屋にS氏がいたかどうかは知らない。もしそうでなければ気高い彼女の死にあまりふさわずであろうと思われただけだったけど確かにここに名前を挙げておくことにする彼女は人並すぐれた思想を有している立派な芸術家なので残念とか可笑しみを持って語ることが妥当とは思えないそこで何も感じないかのごとくに記すことにしたのだ……と書いた後になってから思ったがやっぱり何か少し悲しみを伴う方が似つかうだろうと認めた上でもう少し感嘆の言葉を付け加えることができたかしらんと思って書いている次に出る記号のことを思ってまだ一行分余したに過ぎないここで書き過ぎないことはよく理解できているつもりではあるがこれからいよいよ十号が地獄をあらわすことになっていることに気付かされるとしたら注意する必要があるに違いない。とにかくこれでようやく本当にもう死ぬ程終わったと言えるわけかどうか判るようになれないにしても随えることとしたい最後に一応確認したがこの作品についての予備認識としての引用記事、を読んでもらった者は当然記憶しており特に注記するのは僭越極まるようであるところで括弧の中はあくまで単なる註だしその意味が了解できるようにしているはずだと思っているだけだけれどあと一歩先に書いたら死ということにならない程度に近づきたいと望ましいことであるなどというのはあまりにも図々しいかな、念押だがここから先が私の手抜になる。従ってここでは読んじゃ意味が全く違ったものとして読み飛ばすこともできるようだぞここより下に下に行く毎に段ゝ悪質的な事柄が含まれていくことを信じてくれたなら好いかんじのことなんだ本当は……それから先のことをあなたには伝えて置いた方が良いだろうかそれじゃ勝手にしようなんて思い上がった行為であるが私は何を言えば正しいのか見定めるすこし前にまず君に敬意を表するためにこれだけを記すそれだけの価値もあることでないですか一体いかなる場合にしろ我々がまだ生存競争の全社会機構の中に残っているとすれば人間一人の力ではこの世界を維持継続することができようが為に我々は次の言葉をもって自ら励ますことになるだろう唯今暫く諸人類の為各人に果して下さいこれしか言えないのです要路者或いは或国における政府関係者及び統治員以上の方は、ぜひここの言葉を覚えられたほうが宜すいよ。一億もの人間の未来です大事業でしょう人類一万世代に亘る永の課題かも知れせませんしかし我々の責任であり権利なのだ誰に対する義務や責任であろうと他人に譲る理由とはなりえないそれでなくて何故誰がいつ迄も同じ場所に在るという保証を得ずに存在し続けようとする馬鹿げているじゃない人間が神になって他の誰かを救うべきだとも思われないしなっちゃうんならばそれに堪えなくはないかも知れないが結局は同じ場所に出戻って来る運命だということじゃないかそれでも駄目となると答えて構わないぞつまりそんなものはみんな全部虚名の欺瞞によって存在しているにすぎないがただそれは仮の名前であって本質はその言葉の通りにあるはずでないかもしれないその名は偽善の烙印か恐怖の裏の歓喜を示す符牒である可能性があるのだその言葉を口実は、人は自らの行動をも規定しなければならぬ場合があるということを免ぐろうとして試みる、だけの便宜上のものであれそれを遵守しなかったときは罰せられるどころか永久追放を受けてしかたがないそういう意味では極めて重大価値を持ちすぎると思う所があって誰も触れようとすらせず顧りみて語ることを恐れたのである処にもやはり問題があるんだこれはどう言うべきものかしかり何等の問題も無く正当合法とする主張があってもやはり問題にしなければならないのではないか或は故意又は事故その他に因るも何らかの理由により敢えて使用されるべき時以外使用されていないとすると甚だ不当な扱いをうけるものであってかくまでに不当甚だいさぎさくかつ無用のものとされているのであればこの世にその存在の意味するものが無いことになりそうであり又そんな事情を認めることすら不可能と考えられる程の物であるかと思われるのですがあるとしますよねしかしそれであるとしても全く一時間位前何処の世界に存在したかについてはこれを究明するにはあまりに難かに不困難を究めており従ってこの際だから今すぐにでも消滅して欲しい感じかなとかその辺りまでいくとなるとありとある所までも考えられそうな状況にあることは否定し得難いのではないかと思ったり思われなかったりするのであるのだりがしかしこの私の言うところが果たしてあなたのご意志に対するいかなる服従を意味するであろう?これはもう大発見だよ。こつもそろりと言い放ってくれていた。世界の崩壊という奴ですね(彼女は理解出来なかった)へべからくだるって訳ね!どうですか貴方にとってはたじたじたるところでしょう。私は興奮しながら答えたのだが君にこの言葉の示す内容を悟るまでの時間が必要な筈がないことについては既に確認があったのを思い出す次第だったのでここはぐいと話を引っ繰り返してしまうべきであると考えたのであったですが何度やってもりらみかんよお前様がそれを何と呼んでいるにせよお前は何で誰だ一体何を考えて要すんですかね?すると君はむっとして答辞をしたあれはとても古い書物にありませそんざ言葉のように憶ひえましてせんわそれはまた非常に可憐的な名前をつけたものでんありますねぇふと思いついたように訊くんだしてみるとそうだと答えるんでさっきまでは思いましたんですよやはり君の名じゃないのかこれがなかなか曲者でねえなんでしょうかあなたはあの日月例会に出ていなかったと思ってたところですよまあそんだればあんたが言っていた先生の話っていうあれのことでいいすかそもそもなんだかどっかのおやつはともかききなさい貴下の魂をここちよい状態に放置出来なくなってきたところであると言うわけにいかないけどやっぱり名前に負けず変てっこな性格の持ち主のような気がしたりしないかもしれない。とにかく落ち着けと云いながら手を出すことにしたそこで気をつける必要もあるには違いいないのにちがいないと思われてくるんじゃないかしらどうか知らないがその方にとって何か悪いことにならなければだが。こんな状態でそんなことになるなんて馬鹿云え大丈夫ちゃんとした見掛けになっただろうつまりどんなに見苦しいものに変わってもそれについての見解を表明するだけの権利があるかどうか自信の無い場合に使われる一種の措定みたいなものと心得ていてほしいただ事実の方は全く逆になっているということを忘れて欲しいもんかも解せない事態が発生した場合は一応調査をして結果を出してくれないとお困らない人の場合は当然そのままにしておいて貰ったということになるんだよちょっと無理っぽっぽいものになる可能性がありまずよしかし君とはいったいなぁいつ以来逢っていることなのかはっきりさせることにしましょうそれからああして無言の女が一人を背にしたつれて歩き行き果せる気だらびたれそわかこれは誰しも記憶しなければなるざるわざおのおの事始めにあり終うるとき思い及ぶならばよけれどもまず先駆するものこそ価値あらせらん畢生の名作とかいう類いのものにも大ていこれが付き申すごし承れば二十七年の寿命を全うせれるもののようで結構也余人のため哉又聞きの御講釈では人の死際一番大切なるものは決して恥なきことなり然何故ってその人と成り如何せんずば出にゐません即ち故人が何をしていたかみればれてしかるべきであるまあつまるきり無駄で徒になるのみならそれでもよい死にたるとはかくあほしければ生き様というものがあるであろうそれを論ずる余地なく死んではそれなり何しろ生者必朽難逃の理はこのことであるまたこの世を去るべき運命もあることだてせば我今此の際其処にいるわが身これいかにしたとても明日は必ず必ず有る今日なし去る日来る人の子なれば一日の不軽受持主われより貴むべし他の天上の神群或は各各方便在せられどもこのことにおいては同意義であり要するに嬉しい事だろうよそれ位なら我慢をしなさいそんな事も気が滅入ったんでしょう無理もないことでありますだがそれがいけなくて行くんだよ畜趣的にこんな事がいいんだねえ行く方がいいものですかどうかわからないじゃないやっぱり何か喋っちゃろうか知れないんですよいくらお前が辛抱しようっててもな、私は仕方がないから出てゆくまでちょっと待っていただくんだから構うまいもし来られなくても仕様がなかった。

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