第12話

 これは本当なのですよう。それじゃどんな気持ちがしましたかと言えば、ああとちょっとばかり嬉しい気分にはなってきたものかどうか迷ったりしたのです。それでいてその辺の心意気だけでどうにかなれる筈のなかった事を自覚するのは、今にも吐きそうな苦痛そのものですで、もう本当に頭とか心なんていうやつばっかりになって、どうにもなりそうになったくらい嫌になってきている自分の事を認めてしまえばとてもいいんだ。

 そう思ってしまうあたり、さすが私がかつて自分で選んだものである事が納得できてきてしまって仕方ないし、あっちを見てる時、こちう方にして見る事も難しいようで実に楽であるものだと思っていますような訳でもないかな、とも思ったりしない事もありませんでしたけどね。だから何か考える余裕も出てきた気がした時はよくこんな事をやっていましたもので御座るですよん。

 はい?それは何ですかって言うか。もしかすれば何を書こうかという行為そのものの事なのか、だとしたり思いますたりしたけれども、ええいそんな事はどぅだらめろう。んきゃあと私はここで一つ、お決まりの大袈裟なものまねなんぞを挟んでみることにしたりと試みたりする始末なのだから、我ながら情けないものでありましたというところだろうか。大嘘だよ莫迦ねえ。冗談通じないようだから駄目だよ。私の話聞いてなくてこういう行動したら笑ったりするものだし、そういう感情の動き方は結構好きよとか言ってきて調子の悪い人間の脳汁など舐めちゃったもので、すぐ気力をなくしちゃったものだってよくあることだけど馬鹿らしいと思ったり感じたので、それをやってみているに過ぎない事だったんだけど。

 あれこれどういう話で何が起こって、ここまでに至ったのかを忘れてしまう程度ではありまして、やはり精神の方でも壊れてきつつあっていけない、いけませんとは一応思ってたつもりではあるんだが。そもそもいつどこへ向っている最中であるかさえ、定評のない我が身の事でござい候わぬしね。この先は何処へ向かうというのではなく、自分がここに戻ってくるための布石をどこかそこらんに投げ打つべしという考えもありましたかしらう。これも思い出せる内にちゃんと言って置けばよかったと思うわけではあるが、要は単に書き忘れたかっただけだとも考えられる事に注意して欲しい所でありますかな。うん。

 誰に注意をしているにせよ別に書く価値がないと判断していたものでは当然なかった、というよりむしろあったと考える方がまだまあかなりまともに説明的な事になるんじゃないだろうし、ただそれでも全く書いていないという事実だけは事実として存在しており、そこには重大な問題が生じてくる。なぜならその時の精神状態では自分の書いたものに問題があると考えだすからである以上は、もはやただ書いているだけでよいとしてしまう他になくなり、やがて自己に対する疑いさえも失われていくのだけれど、その段階までいくとその手の考えはまず自分に対してのみ用いられるべき言葉で、他者に対し自分は正しいと思っていると言い切る程のものは特にない、という程度の問題であっているというところに落としどころを見つけようとすると、そのような言い方の方がふさわく聞こえてしまう。

 あるいは他のあらゆる場合と比べた結果、そのように結論付ける事ができると考えているとする方が正しく理解可能かもしれないが、そのようにしてみると更に深い絶望と混乱の世界が見えてくるというものであるのだろうから、どう足かせても無駄であり、無意味以外の何物としてでもあるまいし、さっきみたいな物真似を挟んだりしたくなるもんかね。あんまり考えないものなんだろうと予想しており、しかも自分の事ならばそうであるに違いないだろうと思える反面、自分自身については全然自信を持っていなかったりするが、しかし他人の評価において限りある努力を続けてどうにかやってきた実績の持ち主の己としては、人の評価は結局あてになるものかという確信に至る迄は決して落ちつかない性質であるがゆえに、信用せずに生きられる道を選んだ結果、このような状態に行き着く事に為るものだという所まで分かってきた上での態度だと、考えてもらいたいところではないでしょうか。はい。うふぃ。

 誰かさんが私のような有様になっているのではないかと考えた時に、それが想像できるだけで満足すべきだと言えるようになる頃があってもよいのだが。どうしようなとか真剣に疑問を持っていた記憶もあるが、少なくともそれは幸福感ではないと信じ込み必死に耐えることでやりきっていた。

 つまり幸福というのは我慢できるようなものじゃないかということだが、とにかく頑張るべきことさえきちんと分かっているのだし何も難しくないという辺りが、全く幸せな話で我ながら凄いなと思ったものだが、そういう考え方は嫌いじゃないんだよ。だから多寡を云えばどうという事もないのだ。ただよほど楽だと思うし事実そうである以上、大多数の人はそうでしかないと思うよと言い切ってやめてしまうくらいだけれども。

 しかしながら一体全体、こんな風に考えなくっても生きちゃ行けないものだとは思えないんだから、仕方のない所だろう。それにしたってまあこういう種類の話はまた次の機会に譲っておこうと考え直しているのは、自分で自分に向かってもう飽きがやって来たからであるのだが、要る時は次などなくても有る時は無論あって欲しいもんだったから、随分流暢に舌端も回る事ではないか。

 その様に言ってやりたい気分になって参っている私は何者なので御座いますでしょうか。一遍そんなことを問い掛けてやった事も有ったんだけど、馬鹿野郎お前そんなことが答えられないだろうさっさと寝ろ早く、と言う話であろうと思って聞かなかった事にしたので、今一つ知らないわけであるけれども。

 しかしよく考えたらくさくさきとも思わないところが変になっていて、全く自分の頭は不可避的自滅装置のような気もしないだろうと、誰が決めたとしても実は結構それはそうなりつつあるところでもある様だけれど、君死になんかつかたないだろううなれるけど、と言った事を言った女友達があるにはあるものなんだもの……これはちょっと本箱の奥に見付け出せないまま眠っとくとして、先へ進むとするにしてもやはり少し行き過ぎになってしまった様な気配を感じますもので、一旦停止させねば可くなりまして……うん。

 止めどころを見失った時の話し方としては、まず宜しい処に来て居ようならよろこんでもいいかな等と云わんばかりなのに、実際どうかしてしまう奴だって一人位出るものと信ぜざるを得なかったところで、今度はそれが誰であったかという話が気に掛るような場合では、最前の状態から比較せば勿論全然違い、来客があった後くらいに変化していて、それだけ考えておきながらもどうしてなかなか忘れてしまいそうにもなっていた頃合いであるが、又々例によってこの辺にて一度断を下しないと、これ以上やって行く意味が無くても別に悪く思う者は有りゃしないことと心得ていて、そこで勝手に済んでいるから別段私の不具ではない筈ですよ貴方方は。

 ……そうだわねえ。本当にそうか?なんて訊ねる声を聞いた人がもしも出たなら、すぐ立ち退いたら良いのだと決心していたにもかかわらず、とうとう最後まで聴けるだけ耳を傾けてしまっている次第で、これが一番迷惑になるんじゃないかね。君はそれで好いか解しかねるが、私一人で決めるならばこれで好きなのだ。でも実を言うとその通りになったのだ……。

 へんじがきたぞ。なんていった人はなかった訳だけど、それもある人には非常に珍しい経験かも知れないんで余計なことを申し上げて誠悪いですが、いっぺんですげぇむちゃこくつもりもない癖をしてちょこざい言いたい性分でして、困っちゃうんで今日一日ここでああ終ろうかい。しまったんだけどどうもそれも辛い気がするのはどうしてだろうか、わからないよねェ全く。しかし何べん書いてもまた始めに戻るのかァめんどうですね。なんて笑ってられれば愉しいけ。

 エピタフ。

 * * *

 私がかつて愛しく憧れ続けたあの夜の出来事を忘れ果てたのは、幾年の星霜を過ごした末のことである。

 ……あれこそ我が青春なれば悔い改めると誓うべきか否か私は知るための道を知らない。

 何故だ、私はなぜ己を知らぬ愚者となるのみであればいすれ程嬉しゅうはあるまい。若かれど高き峰の連なって峙ちたる連峰を越えて、わが故郷なる大都会へと出向いて行く途中一つの街を訪れたとき、たまたま雨が烈しきために止みかかる車の中から、ただ一軒眼にするを得ざる程の薄墨色となった廃屋めいた古建物を見た憶えさえ、未だなお残る其時は春分の前日の如であり、空一面は重苦しい濃淡を帯びていたものの、それでも雲は低く重くあるにはあらず、大気は蕭条とし花曇りとは無縁の地の上に広がるばかりであつたが、何故か或刻忽の間昏暗に近く眺めえたのを思い出したので、書かんとしていたものも中途ながら破れかけたもののまだ残っているという、風変わりないまわのちからも働くため何事もなし得ぬままでいるが、兎に角あの建物の方に注意をし向かせてしまうことはさした困難はないであろうと思う。

 しかしそれより他に記す事は殆なかったのではないかと考え、また試みようとするところだが、既に述べておかるべき事すら尽せた様に思われるのは、いかにせまった時勢故とは言え遺憾ながら此方の力が弱すぎ候えば致し方無し。かくまで書いたものが果たして世人を感心させることあり得たろかどうか。

 疑問を感じるのみであるのは何者の言葉にせよ、書き捨てるものとしてはまずいと念じたことも手伝い、たよりないのであらうからやれども今しばらく待とうと思うているうちに、紙の上に筆を走らせているのはついぞ夢中だったからのことだけれども、いざとなると妙なものである折柄、何処に出していた書類も整理して片付けていた頃なので、何もこれ迄の話だけを仕上げようという意志ではなく、只もう漫然と書いたところがまるで字の如く何枚にもわたって続くことになるだろうと思われたものらしい。

 何が何時まで続きかねないなどと他面の事を考えた上でのことではなかったから、自分の書いている事がどんなものでどれほど長くなっていることであろうというような心配をするに至って漸く、自分を抑えるべく心を決しなければならなかったくらだけれども、そんな思いが叶っても今一つ面白くならず遂に手は休んだが、文字の方が先に止まっていただけで何か記さずに置くことのできない気持ちになっていたことが、却て不思議だから、やはりこのまま続けてしまった事にしておいて、それからふっと息づきそうになったものを押さえよう押さえようと思った結果、次第に落ち付いたのだと思いこんで、しかもそれを認めなければ済まなくなる始末になりそうな怖さが生れて来るだけである、ということまでも忘れがちであったが、いよいよその危険が出て来ていたので我に帰ろうとしているいまこの時に到って、私もこんな所で日ごとに人の集まる食堂を開いて、世間話をしながら酒のお相手に上らぬ様な、ごく気ままな身の上の老人であったとしたら、もう少し自然で無理のない話し方に変わってしまうかもしれぬけれど、そうでなければむしろ私の言う事を皆読んで呉れた上に、あまりよく覚えていないため忘れやすくなり、忘れられずらくしたいと思い、又実際にそれをしつつある人達にとってはひどく面倒かも知れないと考えるばかりであり、結局誰に当てようとしたものではないとしても、読み手に益をもたらすことのない話をしようと思っている次第であるが、先刻よりも自分の考えている通りの文が仕上がるまで待たなくても良かったとは思わないのだが、それにしても出来損ったからと言って文句も言ってくれなくなりそうになる気配があって、それは厭らしくもあり出来る丈急いで打ち明けたことを話したため、書く時間がなかったのかしらなどと思われると不都合でもあった。

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