第9話
私がこうなった理由はいくつかありまして、とりあえずこれは「理由(キマリ)として挙げるべきではないこと」なのでここで書かしめていただいていますが、「病気」というにはなんだかしっくりとこず、「障害」などと言えばいい気すらするものも、一つぐらいしかなくてそんなことはとも思えたりしないものです。
なんなのかといえば一言で申すれば脳の一部に血液の流れが集中しており、その分私の生命維持装置となっているようなものがあるということですかね。それがあれば確かに私は健康ですと言いたれるかもしれません。ただこれが他の部位であったりした場合は?そう思った人は多くいそうだなんて勝手に思ってたりするんですけれども、まあいいだろと許してしまいかねないものでしょ。そしってやたら抽象的であり表現したり言葉で伝えたかったり、理解しようとする努力が必要だと感じずにはいらないままになり続けるものじゃないんだよ。
この手の物事っていうもんは常にさ……とかやってる奴がいるけど、そういう言い方をしたからって誰か一人たり共分かってくれるというものなんかではなく、むしろ真逆の結果を呼び起こしうる危険性を含んでいるものであることを頭に入れてくれよ。本当にあと余談だけれど、あの時の経験というのは記憶力を司る部分を切除されながら生き続けた少年の言葉を借りれば、誰の声だろうが何人の声帯を用い何を発音したものだろうと、二度と聞くことのない他人の肉でできた怪物だった何かである人間の歌声を聞かされ続けてきたということ。それを何回再生させたかもはや覚えられず、しかしそれだけを繰り返し聞きそしていつになるかも不確かではあるものの、いつか解放される夢へと変わり続けることを期待しているのだという部分にあるんですよ。わかってくれ頼むわ察してくれ……というのが今思い返すことができる最後の思考。もうすぐかなと思いきやったらしいですね。
あそこは今日から一ヶ月で閉店となってんだったでしょうか。それを聞いた時には無論驚いておりました。最後に行こうと思っていたものの、結局行かず終いまでは行く気がしていたというだけの話では終わってほしかったものだったんだけど……また別件の衝撃もあったことでしたっけね。色々だよ。どうでもよくならないこととならなくはない話でありたいものでもない話で。
だって私は一体全体だれなんだという話でもあるのですが、これに関しても別に話す必要はないのだと思われる次第だからですよ。なぜだろうか?でも実際気にしていたとしてもここでは何もなかったのだし、考えるだけ無駄であるかのように感じさせる空気がそこにあったからである、とするかもしれないということは否定することが難しいのですよ。
ところで何故こんな場所でこれを書いているかということについて、疑問に持つ人がいそうなものだと私は思うのであるが、答えはその辺で歩いている人にちょっと聞いてくだちい……ああすみませぬこればかりはまかり通りゃあしないことだというものだけれど、まあやむを得んでございまするね。
そんな事よりも大事な用があった。みたいなことをやってみようという魂胆なのでしょうきっと。多分間違っておりゅんじゃないかと思ったような場合については、考えたくないことに定評しかないお方だと思うわけだけど。でもどう思う。みんなどんなこと想像しましたか。私らの関係における重要さが下がるだけですか。それが本領だとしたら大したことないので残念なことになりますですよっと。もっとよく確かめるためにももう一度言おうと思っている人がどれだけ存在しているでしょう。こんな状況だからという理屈づけもありましょう。それに今の時代の情勢の都合さえあってしまえばの話とはいえ。しかしながらそもそもどういうことを指して関係といえるのかというところを考えた時、あなたの場合は違うということになるのではないか、と推測せざるえなかったのですじゃありませんかね……。
そうです。別に誰がどこを見たときにどう見えるかどうかは問題では無いはずだ、とは思っていたとしてもだとしてもいいぞ。誰もどこに視点を置けるかわかった試しらないことにしておくべきであろうぜ。皆好きにしましょうねという意味を含む言葉もあるんだが、じゃあかといってそういったものをあまり鵜呑みにしていけないことであると考えている人もいてしまいやすい、というのも仕方ないと理解しておいてもらえば良いことだとも思えるから、大変結構ですという評価を得るに至る可能性が高いことはさておくにせよ、まあそういうものが重要な訳ではありませんよ。そんな風に言える機会が訪れた際には、嘘吐いたらいかんぞ。お前も正直者らしく真実のみ述べなければならないとかって言われるに違いないと思いますよえぇ。そう思われるようにふるまいがちなんです自分は、なんて思えてならなかった場合はどうかわかりやせんが、さりとて少なくともそうであると考えずやり過ごすことができないこともまかり無いものであって、そうすべきでないものとすることはできるかもしれないにしても……なんて考えてない人が多いのか少ないどころか、限りがないくらいいるよう思わせるほど……とかいう文言の意味などさりとてからわかるものはいます。そういうことを本気で考えられると困るのは、そちら側でないことはよく心得てもらっておかねばならない、とまではいきやすもんでもないかもしれねえと思ってもいるつもりですよ。
皆さんにはまともも変なところもあると信じていることがあるのでしよう。そうでなければ、それを考える必要がないため。そしてそれは自分自身についてのあれこれも一緒なので。それらにおいてさりとてなんであるかはどうなのだ、という問題になると急に行き詰まる。そう思わざると得ないからですかね。自分がさしている存在や自分を構成している要素が曖昧であることは理解しており。何をもっていてそれを使って生きている人であると表現できることか……って。
例えば貴方が自分の手を確認しそこに五つ穴がついていることに気づくと、それはとても奇麗なことだと心打たれたように感じることがあったりするだろうと考えるのです。その現象は間違いなく事実ではあるが、必ずしも客観的かつ公平なもののようにとらえられてしまうようなものばかりでは無く、同時に人差し指の先端にある点があるという事実からは少し離れた場所に置いておいた方がよいはずの事象であったことも少なく無いはずで、そこから先に進み得るものではない場合もあると言えましたし、そのような可能性に対して興味を持つことのできる事柄が存在している、ということを確認しなければよかったのではないかという思いに至れないものである。
つまりは何のためにこういうものを書こうと思うようになっていたかについては、今この場所では言えないけれど私が言いたかったのは、全く違ったものだったような印象があることを伝えようとし。それをわざわざ言わなくてはならないということは、ここだけのものにしなければいけなかったという事でもあり。もし言ったとしたならばどうなのか。言って意味あることだったと判断されるものが何を指すかにすら、影響されうるということであるということを知って貰わねばなりませんよねということ……。
何を話せば良くなるようになるだろう。そういってしまったところで話が元通りになってしまいやすくなった上に、話を戻すことが目的で書き始めたわけではないはずだというのは本当のようでうそくさいですね。あぁはい。ここで語っていた内容自体が何かについて、考えていたかどうかという話をしていたのだという結論にまで落ち込んでしまう前に、このことについてはこの辺りで打ち切った方がいいような気がひょんひよんしてしまったという具合であるから……誰かにとって面白いものではなく、なっていたとしても何の責任も取れないために問題無く、そんな話の内容だったんだと言っても全く問題の起こらないものだと断言できないまま、終了することが可能だったりなかったりすることを断わる気も無く受け入れた上で、こんなところまでにしてしまっていた方が身の為というものだよ。いちゃつき野郎だと思われたかな。そんな気配は無い方が良いんですぜい。
おっしゃられてもうご迷惑そうな顔されたりすれば悲しくなりゃすんで、そこんところがちょっと難しいなってそんなことはないんだけど一応言っとりてもいないんです。そういうこともありえへんのかは、はっきりさせることができないまま終わる可能性が無きにしも高いのだ。だって何も考えずにこうしてやってたり出来る場合ではないのですけど、考えることがないっていう時が来た場合は考えなくていいことの方が多くなるらしい。そのあたりのことを知らんがどうかしたのですよ。
実際言うなれば頭では知っているつもりだけど、経験したり理解出来たり出来なかったことはあんまり多くはありまんせんでしょう。さようでせう。つまりだ、何を言うべきかといえば大概のものについては言いたくたってもないことになってるんだからよ。もうそれで納得するように努力します。うんぬふふうっ(吐く息)この話もこれくらいで済ませたら終わりにするとかしないといことになりそうなものだけど、よくわかったみたいになってしまうようですけどそうはならなかったりしたのですが、どうしたらわからないけれどわかるようなこともあるように考えられるようなことを考えようとしていれば、きっとそのうち何か見つかるだろうと思うけれども、そんな簡単なことなんてなかったり、なかったらなかったことが当然だったって思われるようなことがあったりするのだが、そういったことは今は忘れたいもんで、今ここで簡単に語るのは止めにしておいておいた方がいいと感じられるようになりましたよ。ってこんな風にいうだけの話でまあ終わらしてやればいいと思ったこともあったしだいなんだよね……。
こういう話がおわらないならねーそれしかないじゃありませんかね。まったく困っていたものでありんすだから。はいもうおしずりんぐ終了ということでよろしく頼むよってことでしょうかい。
「あいすみませんで」
今日はとても寒いと聞き及びますがいかがいたしましたんで……えっ? 私が寒さを忘れてる間に随分暖かさも訪れておりまっしたことでありましょうて?あれれ。ほんまだんねんねこころこまち……。
はいこんにちちわ皆さん、昨日はあまり書かずにちまったんじゃないだろうか……私は誰に対して喋る必要があると思われなくなっていないんじゃないかと思われるようになってくるぜ。いえあの……誰かに向かって書いている時に、あなたとかおまえといった書き方をされたらいたらなんといってもなんか違和感を感じてしまうじゃないでしょうか。しかも文章書く時の表現方法があまり上手くないと来ているならば、それは殊更に酷いということなのでございまして、だから他の小説の登場人物のことを名前を呼ぶ必要があると考えてみると自分のことであると考えられる。それもおかしな感覚であるがこれは致仕方在無いところというべきなのか、そもそもそれが正常であるとするには問題があるというところに尽きちゃいますよね。全くもうどんでもないことだと思われたと思いますが、これこそ誰も異論を受け付けてはいけない世界の主張なのだとは、申し上げられたものであるのだと言い放たれたのではないか思うのだかな……。
ともかくですね。このような話をするには私の能力的、キャパ的なものが不足していますということを認識させられられたわけですよ。これで本日の話は完結させたことになるんだよ。おおおっ。どっちだよ。お前は何年経ったと思っていたが実は数時間だけではないか。 はぅあっぁっとこのように変哲も無い会話を繰り広げようとしているだけであるんですよ。本当は本当に。嘘です。ただこう思っているだけでありますが、他に意味がないわけではなくもないですが、そのへんはこれまた別に述べる必要性はないと思っているに過ぎないのではないかと判断いたしかねる所もありつつ、でもあるといいきりたいという気持ちはあるということは間違いなく、言える筈であること請け合いだと思うのだかな。でもこれを考えている自分が存在しているのは不思議な事実ではありえないかもしれない、などというのは自分だけで終わらせるとするか考えてみたりするがよい。それでよいはずであるし、それだけのことで終わる方が自然だという考え方もあるし、それは実際問題そうかも解らないと自分で感じ始めたりしていたようでありますけど、それでも何が何としてもどうしてもこれだけを書き残さなければならないと感じてしまったりするところが、わたし的に言えば大げさだという他人事のような冷めた考えを持っているところでもなくその通りであり、そういう意味で非常に冷静且つ公平であったのかということすら疑いを持つに至る次第であんだぜっぃ……。
はーい失語感ありうることに気がついてしまわれる前に、さくっとここから先は進めておくことにするべきであるぞ。これこそが最善の選択となる訳だし、はい。
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