第7話

「なんだあれ?」

「さあ……なんでしょう?」

 それは一瞬の事であった。

 ほんの一秒にも満たないであろう。その瞬間、空には暗雲が立ち込め太陽を隠してしまい気温が急速に低下したかのように感じられた。そして何かが起こったことは理解できるのだが、何をしたか理解できなかったのだ。だがそれが目の前で起きた現象だという事は間違いようがなかった。

 なぜならそこには何も存在しなかったからである。そこにはあったはずのビルもマンションもその残骸すら存在していなかったのだから。そして何より異常だと思ったのは上空に浮かんでいた雲が全てなくなっていたことだ。つい先程まで晴れていた青空から急にあたり一面を覆うほどの暗雲が発生したというわけではないのだ。だがそれだけならまだ良かったかもしれない。今起こっている異変はそんな生易しいものではなかった。突然暗くなったと思い上を見上げた時には既に太陽は沈んでおり、暗くなっていてもおかしくはない時間帯だったということだけがわかってしまった。つまりこの現象を起こした者は時間を止めて移動した、ということが事実なのだという事が嫌でも分かってしまったからだ。

 --二〇五〇年五月六日PM十時四十五分 日本国北海道釧路市--

 この日の摩周湖周辺の気温はかなり低いため吐息が出ると真っ白になるくらいであった。辺りからはフクロウと思われる不気味な鳴き声なども聞こえてくる中、その女は一人でいた。名前は終末一色、二十二歳独身の女性である。

 彼女は普段通りアルバイトを終えて自宅に帰ろうとした矢先の出来事であり、現在進行形でこの状況を把握できずにいた。彼女のアルバイト先はコンビニエンスストアで摩周湖近くにあるために、今日のような夜勤の際は少し寒い道を通って帰るしかない状況であった。彼女はこの時いつも以上に寒く思えたことに違和感を感じたものの特に気に留めることはなく帰路についたのだ。そして家についてテレビをつけたらちょうど夕方のニュースをやっていた為、それを見ながら夕食を取りお風呂に入ってすぐに眠りにつくことになった。ここまでは普通の日常であったといえるだろう。だが、この後起きた出来事だけはどうすることもできない。まさに神の仕業と呼ぶに相応しいものであった。

 彼女は目を覚ましたが何故か体が動かなかった。目だけで体を確認しようとするが、手は動かせるが何故かわからなかったが指一つ動かすことができなかった。まるで見えない何かによって押さえつけられているような感覚だ。そしてゆっくりとではあるが自分の意志に反して立ち上がってしまい歩き始めたのだ。その時になって漸くまともな言葉を発した。

「ちょっ、動けなっ!ちょっと!誰だよあんたら!助けてくれよ!こんなことしてどういうつもり?!早く解放しろよおおぉ」必死の抵抗を試みるものの体は勝手に動き続けているだけだった。その事に気づいた時にはもう遅くなっていた。何故ならばここは摩周湖の真上に位置し、周りには木々に囲まれているため人は通らないどころか明かりもなく全くの暗闇になっていた。当然人などいるわけがない上に深夜に外を出歩く人もいない状況だ。この時点で絶望しか無かった。

「やめろっていってんだろうがああぁ。早く拘束解けぇ。うあ……嘘……そんな馬鹿なことってある?何で私の服が破れてるの。どうして裸足で外に出ちゃったの。まさかここに置いていくなんて事は無いよね?いゃぁ。誰かここから出してえ!」そうして暫くすると今度は見知らぬ場所に向かって歩いていることに気づいた。そしてその場所には小さな小屋らしきものがあった。それを視界に捉えた時ようやく体の自由を取り戻すことができたのだ。

「一体何があったんだ?そうだ。とりあえず今は服を着ないと。このままではまずいな……あれどこいった?」彼女がそう思った時である。

 バキッ! 木片が崩れるような大きな音が鳴り響き思わず驚いてしまった。ドガッ!

「きゃあああ」

 今度は後ろにあった岩が粉々になったのだ。しかも今度は声も出せず体が震えていた。

「何これ私殺されて死んじゃうんですか。やばいんですけど。神様お願いします、誰でもいいから私を助けてくださいぃ。なんでもするので。お金もいっぱい持ってますぅ」涙ぐみながらも助けを求めるように祈り続けた。その思いが通じたのか突如背後にあるドアが開かれたのだ。

「ん!?あっあの時の?」そこには以前バイト帰りに遭遇した全身黒ずくめのマシ―ナがそこに立っていたのだった。「あなたも私を殺しに来たんですか?」「あはは……違うわよ……あなたのことを迎えにきたの。私はマシ―ナという者ですよろしくね」いきなり話しかけられたことに驚きつつ何とか平静を保ち答えようとした。しかしそれはできなかった。「ふへ……あれなんでしょうこれは夢でしょうか?」突然意識を失ったかのように地面に倒れこんだ。そのまま気絶するように寝てしまい翌朝まで起きなかったのであった。

「やれと言われても難しいものですね。これは私がやっているというよりは私に取り憑いている神様が指示してくれていることですしね……それにしても不思議な光景ですねぇ人間とはここまで愚かなものなのでしょうかね?」「え、もしかしてあなたがあの神様なのかしらね。へーこれが本当の神様の姿っていうやつなのね。もっと気持ち悪いものだと思っていたけれど意外といい趣味をしているわね」

「お褒めの言葉ありがたく受け取っておきますよ。それでこの娘さんはいつ目覚めるかわかりませんから先に話だけでも進めておくとしましょうか?」そう言ってまた話し出した。「今はまだ眠っている状態ですがまだ死んではいないようですよ。多分精神的ショックによるものと思われています。おそらく数日中に目を覚ましてくれると思います。それとあなたはこれに関しては特にすることありませんよ」

「そうなの。なら良かったわ、これでやっと帰ることができるわ。さようなら」それだけ伝えると終末は消えた。同時に世界は停止したかのような感覚に襲われた。その後暫くの間この摩周湖は凍りついてしまったという。終末はこの日を境にこの摩周湖から姿を消し二度と現れることはなかったのであった。

 そして時は過ぎ二〇五四年五月十二日PM十時。彼女は無事に目を覚まし家に戻ることができました。何故このような事態が起こったかについては誰にも話すことができず、結局謎のままとなりました。それでも彼女は生きているということだけで幸せを感じていたことでした。その一年後再び彼女は同じ目に遭うのですがその時のことを本人は語ることは一生無かったとのことでした。

 * * *

 この手記を見つけたあなたへ。これがあなたの手に渡っているということは私の人生も長くなかったのね……まぁ別に私は今の人生には大して不満は無かったから良いんだけど。あーでも最後に一つ言いたいことがあるからそれについてだけは言わせてもらえると良いかな。そうよ私のことをこんな目に遭わせたあの女が悪いんだわ。だから私は復讐することにしたの。でも相手は人智最強と呼ばれた超越者だしちょっと不安だけど仕方がないよね。だからお願い私に力をちょうだい、これはただのおまじないみたいなものだけど……。

 もしこの願いを聞いてくれるという神様か悪魔がいるなら教えてくれない?あの女の一番大事なものを貰うために一体何をしたらいいのかを……ってそんな都合の良い存在なんているわけないっか……まぁとにかく私が死んだらこれを読んでくれた人にお任せすることにします。きっと私が死んでからも色々迷惑かけるだろうし、本当に申し訳ないと思っています……ごめんなさい……あとついでといっては何ですけど、もう一つだけわがまま聞いてほしいの。もし叶うことならばこの手紙を読み終えた後に誰か一人でも良いから優しく声をかけてあげてほしいな。何だか自分が死んだ後どうすれば良いのかわからないし、寂しいから。そんな事頼めるような人は周りにいた試しないんだけどさ。でもほんとお願いこれだけなの。

 じゃあ最後の願いも伝えたことだしそろそろ死にます。また会うことはないでしょう……サヨナラ皆、さよおおぉっ……アァ!……………………………………?何か聞こえる誰の声だ、まさかあいつがもう来たのか。まあいいかどうせ私は死んでいくんだから。このまま声の方へ向かって行こうかしら。そう言えば名前聞くの忘れたけどアイツは何だったんだろうか。そもそもあれは本当に夢の中で見ただけの人だったのかな。もしかしたら私が見ていないだけで本当は存在していたとかなのかしら……わからないわ……もう考えることすら面倒になって来たわ。私眠い寝るわ。

 ここは……どこなんだろ……真っ暗でよく見えないや……寒いよぅ誰か助けてぇ……グスッグスンヒックヒク……あぁごめんなさい泣かないで私はここにいるよ大丈夫、君が泣き止むまでそばにいるからもう少し待っていてね。うんわかったそれじゃあまずは落ち着いてからこれからの事を考えようね。そうだ君のことを教えてくれないか少しだけでも知りたいと思うから。お願いできるかい。もちろん!それじゃあさっきまでの事を最初から教えてくれるかな。はいわかりました。それではまず自己紹介させていただきます。私の名は終末一色と言いまして現在十六歳ですよろしくお願いいたします。

 よしっと。これで完璧かな。流石に初めて話す相手だから緊張したな。やっぱり最初に思ったとおり最初は丁寧に喋った方が絶対良い気がするもんね。だってまだ私は子供なのにいきなり偉そうにしてても逆におかしい感じがするもの。それよりも私の名前はフィロソフィア・マシ―ナ、年齢は十四歳で職業はこの世界の理を書き記す預言者というものだよ。ちなみに私がいた国はシトカ公国っていう場所になるんだけど一応大国に入るらしいんだよねぇ。でも最近魔王軍が動き始めて危ないから近場にあるこのルチアル帝国の帝都に移動してる途中だったんだよ。ほらちょうど帝国に入ったところだから多分ここがその国境辺りだと思うんだよね。それにしても何でこんなに荒れ果てちゃっているのか不思議で仕方がないんだよ。さっきまではここまで酷い状況ではなかったはずだしね。

 そういえば気になっていたことがあったのを忘れていたよ。どうして私は助かったのかってことについて考えていこうかな。普通ならあの時私が乗っていた馬車はそのまま潰れるか吹き飛ばされていて助かるなんてありえないはずなんだよね。でも実際こうして生きているのが何よりの証拠だと思わない。だからこそその要因として考えられることは一つしかないよね。これは絶対にありえないと思って信じたくないことだったんだけどね。

 私の予想が正しいとしたらきっと神は本当に存在しているかもしれない。私を救い出してくれたのは他の誰でもなく目の前の存在だから。しかもその正体はまだ幼い少女だから尚更びっくりした。あーでも見た目に騙されてはいけないよ。この子は多分私なんか足元にも及ばないぐらい強者だと思われるから、油断していると簡単に殺されちゃうかも。まあ今はとりあえず私の言うことをしっかりと聞き入れて行動してくれるようだから問題は無いかな。それにしても私は今まで何をしていたんだろう。ここがどこか全く分からないから調べようにもこの辺りには何もなさそうだよ。私を救ってくれたお礼も兼ねて一緒に旅に出てみたいとも思うしどうしようか……いいよね。後は勝手に動いてくれてるだろうから私も私のやることに集中するとするか。それでは皆さんさようならです。また逢う日があれば会いましょう。


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