第6話

 目が覚めると見慣れぬ場所ではなく見覚えのある場所であることがわかった。目を開けてみるとそこは真っ暗であった。どうやらここは意識を失う前の場所のようだ。確か記憶が途切れてここに戻ってきたという感じだ。とりあえず今の状態を確認すべく体を起こしてみる。問題なく動くのを確認してから周りを見渡すとすぐ横には謎の生物がいたのである。

「あのー、起きてる?」声をかけられたのでびっくりすると同時に反射的に体を震わせていた。どう考えてもこの見た目をしているものが発しているであろう言語を理解している自分自身に疑問を持ちつつ私は答えようとした。

「あなたの名前は、フィロソフィア・マシ―ナであってるかしら。あってたら頭を縦に振ってくれるとありがたいのだけれど」いきなり名前を呼ばれたことに対して驚いたのもあるが、私はすぐには反応せず相手の目的を見定めてから行動するかどうかを決めた方がよさそうな相手だと考えて、慎重に様子を見ることにしたのである。しばらく無言でいると突然視界を奪われてしまった。

「ごめんなさいね、ちょっとこれからのことに関してあなたの了承を得る必要があるかもしれないから、先に目隠しさせてもらうけど大丈夫よね」そういうなり返事も待たずに私の顔の目を覆うようにして布のような物が被せられた。当然何も見えないので、とりあえずこの状態では何も出来ないと思ってしばらくじっとしていた時のことであった。突然口の中に手を入れられそのまま舌を思いっきり引っ張ってきたのである。これには流石に耐えられなかったようでつい口から悲鳴が漏れてしまう。

「やっとまともに話をしてくれるのですね、とてもありがたいわ。それでは早速聞きたいことがあるのだけど、まずはあなたの名前を聞いてもいいかしら……ってあら随分痛かったのでしょうか。ごめんなさいねそんなに強く触るつもりは無かったのですが、どうやらあなたはあまり刺激に耐性がないようだわ。まぁ良いでしょう気を取り直して質問を続けることにするわ、あなたの名前は何かしら?一応聞かないと名前があるか分からないものですもの」そう言うと耳をつんざく様な金切り声で名前を言ってくる。

「あー分かったからもう叫ばなくていいですよ。ちゃんと聞こえていますよ」そうすると先程まで喚いていた少女は少し声を落とすようにしたのか、何とか聞こえる程度の小ささにまでなったのだが、今度は私の顔を見て恐怖を覚えたらしくガタガタ震えだしてしまったようである。そのせいかどうかは知らないが急に手を振り上げてきたかと思うと、平手で思いっ切り顔を叩いてきたのだ。しかしいくらなんでも弱すぎだろう。何のために目を覆われているというんだ。いやまぁこんなことだろうと薄々感づいてはいなくもなかったが。それにしても叩かれた頬骨付近は普通なら軽くへこむくらいには力が込められている筈なのに、何故そこまで威力がないのか。恐らく私が強すぎるためであろうということは理解できた。だがさすがにここまで弱いとは思わなかったな。とはいえまだ話せる精神状態であることはとても助かるなあ、とか思ったりしながら私はこう答えたのである。

「ふむ私のことをよく分かっていないようだから説明しようかと思ったが、別に必要もないらしいみたいだから簡潔に行くとするわ。今私は自分の意志で肉体を操作して殴ったりしているわけじゃ無い。これは精神体が乗っている肉体の動きに合わせて動いているだけでしかないのだ。だからどれだけ体を傷めようと肉体的痛みを感じているわけではなく、あくまで私が操っているだけの肉体に対して感じているというだけだから気にしない方が良いわ。まぁもっとも私の本体はあくまで肉体なのである程度干渉されることになってしまうんだけど」

「それって一体どういう意味なのかしら?」全く訳がわかんないとばかりに首を横に振る。

「要は今あなたの目の前にいる女の子の精神体は体の操作権を持っていないただの精神だけの存在であり、私自身が動かさない限り動けないという状態なのだけれど……どうかな分かりやすかったかな?ちなみに私の今の状況は、あなたの視覚に作用して映像を送り込むことで見せていたりするのだけれど……分かるかな?」

「あーはいつまり私の脳に直接情報を送ってきてるということでいいのですか?」そういうことになった。

「そういうことになるわね。それで結局話は聞く準備が整ったと言うことで大丈夫かしら?」「はい大丈夫です!お母様!」ようやく覚悟を決めたのか元気そうな返事をしたようなのである。そして早速聞いてみるとしましょうかね。

「そもそもあなたは何者で、ここは何処であなたの目的はいったいなんですか?」と尋ねると「はいその前に一つ聞きたいのですが、ここ最近世界の終わりというものについてはどう思われますか?特に人為的に起こされたものだとしたらどう思いますか?」唐突すぎて少し混乱したが、確かにそんなものが自然発生などありえないと考えるなら、それが誰かの手によって意図的に行われたものであることは間違いないのではあるまいか。

「なるほどやはりそう考えるのね。ではそのことについても踏まえた上で話をさせていただきたいのですが、あなたはその結論に至った過程やそこから導き出される結果などについて知っているかしら?」「うーんそうだねぇ大体わかってきたけど、その質問の仕方だと知っていて敢えて言ってるような気がするのでしょうから、ここでそれを答えることにあまりメリットはないんじゃ無いだろうかと思い始めたのだけども、やっぱり教えてもらうことにしてもかまわないのかしら」「……それは私にとってとても嬉しいことだから全然問題ないわ。むしろどんどん聞き出して欲しい位だわ」こうして私は、世界の滅びは何者かが起こしたものだと断定するに足る根拠について教えられることとなったのであった。

「簡単に言えば神と悪魔は表裏一体であるということなんですが、まぁこれに関しては今は関係の無いことなので省くとしましょう。それならばどちらにしろ同じことだと言いたくなるかもしれないけれども実は違うのです。神の力は悪魔の力とは比べ物にならず遥かに強大な力であるため、神と悪魔を衝突させるだけでは両者共倒れとなってしまうのです。そのためどちらか片方に偏らせる必要があるということになりまして、そうすることで結果的に双方の力が均衡を保つようになるという仕組みになっているのです。そこでまずは天使を使って人間を滅ぼすのです。しかしここで一つの問題が浮上してくるのです。天使にも神と同等の力が与えられているのですがそれでも全人類を殺すことなど到底できるものではなく、せいぜい全体の三分の一程度を減殺するのが関の山でしょう。しかしこの天使の力というのもそれほど強いものではないのです。そのため他の神々の力を使わせてもらうことにしたのです。するとその結果、なんとか天使一人でも殺すことのできる程度の数まで減らすことに成功しましたが、まだ足りないと見て次は悪魔と接触させたのです。結果として今度は悪魔の方でも同等のことが起こったため、これで完全に全ての人類の数が半分になってしまったようですが、まだ絶滅するには至らないようでしたので、今度は両方を同時に消滅させることにしたわけですね。ところが、この試み自体は成功に終わったかのように見えたものの、実際に滅ぶところまで行くことはできなかったみたいでしたし、また新たな危機が生まれてしまうという困った事態に陥ってしまいましてね。それからしばらくして今度こそ確実に滅ぼすことができるように対策を打つためある人物を派遣することにしました。しかしその人物にはあまり重要なことをさせ過ぎないようにしなければなりません。だから派遣する前にある程度の情報を刷り込ませることにし、それによってより確実な計画を実行しようとしたのでしょうね。その人物は今まで見たことのない力を持っていたそうですよ。ですがそんな力を持っているということはつまり……えぇそういうことです。おそらくあなたに今現在憑いている女性もその人なのでしょうよ」

 なるほどねぇ。あの女性は私よりも先にこの世界にやって来ていて、何らかの方法で自らの肉体を得ていたということになるのだね。まあそれはいいとして何故わざわざ私の体に憑いていたのかとか、色々気になる点が無いわけではないのだが、今はまだ気にするほどのものでは無いだろう。それよりもまだ疑問が残っているんだよ。そのとある人物が、まさかとは思うんだけれど。

「えぇ多分予想している通りですよ。まあ私ではありませんがね」やっぱりか。

「それじゃあもう一つ聞かせて貰ってもよろしくてもよろしいでしょうか?あなたの目的は何なんですか?」

「あぁその答えはとてもシンプルだよ。私の目的というのはただの暇つぶしさね」

「……は?」予想外の回答に思考停止に陥りかけたが、何とか耐えきり考えをまとめていくことができた。

「なっ、そんな理由で人の命を奪ったりして良いと思ってるのですか!それにあなたは世界を好き勝手に弄くり回したりしてるじゃないですか?」怒りに任せてそう言ったものの実際はそこまで怒っていたわけではなかったりした。「ふむふむそういう風に思ってくれるのか。それはとても嬉しくもあることだけれど、別に世界なんていうものには正直価値を見出すことができないんでねぇ。だからこそ私は自分の好きなようにしてしまおうと思っただけなのだよ」

「そ、それでも!人を犠牲にする必要がどこにあるっていうんですか?」「あぁそこについてはちゃんと意味があってやっているんだけども、その理由をここで話す訳にもいかないのだよね、ごめんなさい。だからもう時間がないみたいなので、ここからは私が説明しようと思うのだけどそれで構わないかしら?はい大丈夫ですがあなたはこの場にいる必要もありませんし、無理をして出てこなくても結構ですよ?さっきまでずっと話していて相当疲れているはずだから、ね?わかりましたでは後はお願いしますね。お母様。でもあなたのおかげで私はここまで来ることができました。本当にありがとうございます。これからも応援していますから頑張ってくださいね。はいわかったわ。それなら最後にあなたの名前を聞かしてもらえないかしら?もちろん本名は教えられないだろうから、適当でも何でもかまわないわ」私の名前かい、そういえば考えたことも無かったねぇ。せっかくだから君に決めてもらいたいところだけれど、どうせ名前をつけるとしたら女の子だし可愛らしい名前が良いとこの娘さんっぽいね。

 名前はそうだね。終末一色ってのが良いかな。これからどうするの?このままここに残って世界の最後を看取るのかい?いえ私としてもそうしたいところだけど少しやらなければならないこともあるからそれが終わってからにするわね。

 それが終わった頃には世界が終わっていることだって十分にありえると思うけど、一体どんなことをするつもりなのかしらねぇ?楽しみに待っとこうじゃないか。私なんてあんな化け物に憑かれて大変だったって言うのに、私に憑くはずだった神様はどこかで野垂れ死んでたりしないのかねえ?おっと誰か来たようだ。隠れさせていただきますかね。それでは、よい一日を…………。

(そうね……私は私のやるべき事を成すことにするわ……また会う日までさよなら)

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