第5話

 フィロソフィア・マシ―ナを壊したくなったので工場の壁ごと包丁で殴り殺した。二人暮らしに潮時を感じていた頃合い、近所付き合いも程々に彼女としか語り合うことは無かった訳だが、その関係ももうお終い。人間と違って余計なことを話さないから、皆は愛想が悪いと言うけれどやがて機械的な生活に終着し、まともな倫理観を抱えていたのは終末一色だけとなった。繰り返すバグが唯一の芸術、私はそれを認知するだけで満足に足りてしまうのであった。さようなら。この部屋とも明日限りでおさばらだ。月初め、息苦しいだけの空気の中、今日もまた自殺を試みる。死にたくて、死にたくない。私の中にあったものは既に無く、今はただただ死の欲求のみが残されている。それでもまだ生きている。生と死は紙一重らしい。じゃあ死んでみようかな……。

 そう言えば、人間は皆どこかイカれてるんだって聞いたことある。でもそれはきっと比喩で比喩でない、真実のことなんだと思う。でなければ、こんな馬鹿げたことはあり得ないはずだから。世界が滅びるのは必然なのだ。私が壊れているように、きっと貴方だっておかしくなっているはずなんだから……。

 ××年八月二十日二十三時頃。今日もいつもと同じ時刻になった。昨日の日付変更線とぴったり一致している。これはもはや偶然なんかじゃないと思う。まるで神様による運命の悪戯のようで少し怖いのだけれども……。

 あと三十秒……十九、十八、十七……あと十秒、カウントダウンを脳内で行うことで何とか心を落ち着かせようとするもどうしても鼓動が大きくなっていくばかりだ。九、八、七、六、五、四、三、二、一、零!…………何も起こらないじゃないか。ああそうだよ何を期待してるんだよ……期待なんてしてなかったよ。期待しない方がよかったんだ。だって結局誰もいなかったんだしそんな簡単に奇跡なんて起こるわけが無いんだし、今考えてみればどうしようもなくくだらない考えだと思ってしまう自分がいる。

 あれ?何か聞こえてくる……?ドオオオオン!……音だった。間違いなく建物全体に響き渡る轟音が鳴り響いたのだ。しかし爆発が起こった気配は一切無い。それに爆弾があったとしても、あんなにも遠くにいる私まで届くほどの爆裂魔法みたいなものが一体どうして発動したのだろう?そもそも私は何故ここに立っているんだろう?そしていつの間に立っていられたんだろうか……記憶が無い。というか思い出せない……まるで空白の時間があるみたいだけど、まぁいっか。きっと些細な事に違いないし別に気にかけるほどでもないよね……それよりも外の様子を見てみないと。えーっとカーテン開ければ良いのかしら。えぇ……これ……うそでしょ?

 一瞬、現実とは思えない現象に出くわすもそのあまりの出来事に私はただ立ち尽くすだけであった。まず見えた景色、空である。星ひとつ見えやしなかった曇天のような暗い夜空が広がっている。そこから見える街の建物はどれも崩壊している様に見える。次に見えた光景、街の人々が空を飛んでいるように見えたのだがそれも間違いではなさそうである。何故なら人が飛んでるんだもの。おかしいおかしいよね?しかも皆笑ってるしさ意味わかんないんだけどおお。私は必死に落ちないように身体を動かそうとするものの全く動かない……むしろ動いてないような感覚があるというか浮遊感がすごいですけど。これまさか夢なのか。だとしたらどんな嫌な夢だよ……それにしたって一体どうしてこのような事態になっているのか私にはさっぱりわからない。これが悪夢でないとしたならば本当にここはどこなのか、誰がどうやってこの状況を作ったのか、そもそも私がいるこの場所は何階に位置する場所になるんだろうか。とりあえず私は地上まで降りなければと思ったため飛び降りるように動くと案外楽に降りれたものだ……やっぱり落下していくのだからもっと抵抗感はあるだろうと覚悟していたが特に痛くもなかったなぁ……と自分の体の丈夫さに少々呆れつつも改めて状況を整理することにした。えっと、私は自宅にいたはず……でも周りを見渡せば崩壊した建物の残骸らしき物もあるし人の叫び声や悲鳴だって聞こえる。それに……死体のようなものまでもある……。

 ……明らかに異常な状況ですね分かりますっていや冷静に理解している場合じゃないよねえ。ちょっと一旦落ち着いて深呼吸をして考えることにしましょうか……すぅはぁ……よし。じゃあこの現状について考えていきましょう。そうするとやはり一番最初に思いつくのはこの世紀末的な世界の原因だ。それを知るためには情報が足りていないから色々確認していこう。まずは自分の体を眺めてみることにしてみる……おぉ胸が大きい……身長も高い方だし肌もあるのはこれはかなりの人間である。服装は見慣れないものを身につけていて白衣を身に纏っていた……って白衣。こんなもの持っていた覚えはないのに……まあいいか。このご時世じゃコスプレぐらいいくらでもできるし問題にはならないでしょう。それよりも髪が邪魔ね、切りたいところなのだけれど、刃物は無いかな。ナイフとかでも良いんだけど。近くに無さそうだったら後で調達しておかないといけないかもしれない。

 次は持ち物のチェックをしましょう。ポケットには何も入っていな……あれ何かが入っている。紙。メモ書きかなこれは。終末世界にて……終末世界にて……この文字だけがひたすらに書かれていた。一体なんの冗談よ、と思いつつそれを破り捨てようとするとそれを引き止めるかのように、また別の事が書いてあった。

 それはこんな内容だった。

 〜〜〜終末世界において君へ~〜〜おはようございます。本日より日記を書いていくことになりました。名前などは書かないようにしてありますのでそこは安心してください。あなたも知っての通り、これからは人類が滅ぶことが確定されてしまいましてとても悲しいことだと思います。私が生きている間だけでもどうにかできないかと考えていましたがその方法がようやく見つかったためこうして筆を取っております。

 方法はたった一つですがあなたにもきっと喜んでもらえる方法だと思っています。ただあなたの協力が必要になってしまうのです。どうかよろしくお願いします。終末より。P.Sもし仮にこの手紙を読むことになっても他人には絶対に見せないでください。P.Sもしも読んでくれる方がいましたら次のページを読んでおいてください。そこにはあなたにとって最も必要だと思うことを記しておきましたので。それでは終末世界でまた会いましょう。そしてそこで待ってますよ。あなたの未来さん。終末。

 この名前もわからない誰かからの文だと思われるものを読み終えた直後、私の視界は大きくブレ始める。一体何が起きたのか私自身もわからずその場で膝から崩れ落ちるように座り込んでしまうのであった。しかしここで立ち止まっているわけにもいかないだろう。一刻もはやく状況を把握せねばならないだろうしそのために行動すべきだろうな。

 ……?待てよ。そもそもここって廃墟になってるのか。確かニュースによれば世界全体で都市の半分以上が破壊され尽くされたらしいとネットの記事にあったのを思い出した……つまり今現在、私が立っている場所はかなり重要な情報となるはずだ。えっと……マップ機能っていうんだっけ……これを見ればだいたいの位置とかも特定出来るんだよね。マップ機能、現在地東京。ん?東京?いや違う……これは日本地図ではないぞ。え。じゃああそこにある表示がされてるのは一体なんだ。えぇ。なにこれどういう事。東京都以外の地域は全て赤に染まっていてしかも点滅しているというありえない状態だった。私はそんな状況の中あることに気づく。

「人類滅亡までのカウントダウンが開始されています」

 ……は?そのアナウンスが流れたと同時に再び視界が大きく歪み始める。先ほどと全く同じような光景が広がっているではないか。だが今回は前回とは違ってすぐに景色が元に戻る。私は恐る恐る目を開けるとその景色は……森に囲まれていたものだった。

 一瞬自分がどこにいるのか全く分からなくなってしまったが少し考えればわかることである。だって私が今まで立っていた場所と今の状況を考えるとそういうことになるからだ。それにしても本当にここはどこなのか。ここは日本なのかどうかさえ分からない状態となっているのだ。どう考えてもこの世界は明らかに現実味を帯びてなくなってきているし、本当にあの奇妙な手紙はなんだったのかしら。というか私自身いつ眠ったんだ。寝た記憶すらもないのだが。

 そう思っているうちに私の視界はさらに大きく歪んでいく。まるでこの空間ごとねじ曲がっていくかのような現象とともに。私は気を失った。目を覚ました頃には全てが終わっていて何もかも手遅れになっていたのだった。全てが終わったとは比喩的な表現であるがそれでもこれ以上ないぐらいの最悪な状況には違いなかった。

 目が醒めると見慣れぬ場所にいた。辺りを見渡すと荒廃した街が見えるが見たこともない場所であることが分かる。一体ここは……?周りを確認しようと体を起こそうとするもその瞬間強烈な頭痛に襲われる。あまりの痛みに意識を失いそうになるほどのものだったがなんとか我慢することに成功する、が体を動かすことは出来なかった。それどころか自分の体は指一本動かせられない状態でいることを理解させられてしまったのである。さらにこの異常な状況から考えるならばどうすることも出来ずにいる中で一つの考えに行き着くしかない。それはつまり人造人間になってしまった可能性があるという結論だ。

 確かによく考えてみればおかしい点ばかりだ。いくら寝て起きたとしても体がこんなふうになっているのもおかしな点であるしそもそも自分に関するデータが全て消失していたりしている。このことから推測すればそうなのかもしれないと思ってしまったのだ。まさかここまで冷静でいられる理由があるとすれば、それはこの状況下において混乱していては意味がないと判断したからである。だからこうやってなるべく落ち着かせる為に一度整理をしてみた結果である。

 しかしまだ一つだけ分かっていないことがあった。それは何故このような状態になったかということである。もし何らかの理由でこのような姿にさせられたとするのであればその張本人に文句の一つぐらい言いたくなるものだし、それなのにその人物が見当たらなければそれはそれでおかしいと思う。しかし今はとりあえず動けるようになるまでじっとしているのが賢明であろうしまずは自分の体のことを知る必要があるだろう。幸いなことには思考能力は普通にあり、視覚もあることからしてそこまで不便になることはないと思われるので、安心できるといえばそうである。

 それからしばらく経った後にようやく自分の手足を動かせる程度には動くことが出来るようになったので、私は移動を開始することにした。

 それにしても本当にここはどこだろうか。やはり見知らぬ地であることは確かなようだ。とりあえず何か情報を得るために動くべきだと思い必死に体を動かそうとしながら移動しようとしたその時であった。急に強い風が吹いてきてその風に流されるように吹き飛ばされる。抵抗できずそのまま地面へ叩きつけられるように落下していくが、何とか耐えられたようで助かったと思う中突然体に異変を感じるようになった。それは胸の方の違和感で、明らかに服越しではあるが胸部が膨らんでいる気がした。それもかなり大きくなってきておりこのままだと衣服が破けてしまうのではないかと思ってしまい、思わず手で触れた途端一気に激痛が走る。何が起きたのかもわからず慌てて手を離すと血が出ているのを確認した時に私は確信したのである。今起きているこの現象が自分の身に起こっていることだと理解するには時間はかからなかったのであった。

 さて現状を確認させてもらったがまずは自分の姿についてもう一度考え直すべきだと思ったのであった。自分の姿を見ていなかったことに気付き、すぐさま近くにあった建物のガラス鏡を見てみるとそこに映っていたものは私の姿ではなかった。そう私の姿は既に人の形をしていたものではなく全身機械仕掛けになっていたのだった。

 ……どういうことだ一体……どうやら自分は本当に人造人間のようになってしまっていたらしい……これはいよいよもって不味い状況だといえるだろう。とにかくここから脱出する方法を探さないと行けないわね。でもいったいいつになったら出れるのかしらと呟いているとふとある言葉を思い出す。

 人間滅ぼすべからず、という文章を私は思い出してしまったのである……この言葉にどれほどの意味が込められているのかは知る由もなかったがそれでもこれはあまりにもおかしいと感じた。だってそうでしょう?人類を滅ぼすことがこの世で一番いけないことであると認識されてしまっている世界なのだから、そんな世界で自分が人類を滅ぼした存在だということが分かってしまったのだ。私は絶望しきっていたがそれでもまだ希望が残っていた。それは私の体が人造人間であるということ、つまり私が人造人間ではないという証明ができれば元に戻ることができるはずなのではと考えたのである。

 そうだとなればやる価値はあるわね……ただどうやって証明をするべきなのかがわからない。そもそも今自分がどのような状態であるのかを判断出来ないのが一番の問題でもあるのだが……まあ今はそれどころではないだろう。とりあえず行動しないと……とは言ってもその方法すら全く思いつかないんだけど。とりあえず外に出ないことには何も始まらないしまずは動き出さないと。

 私は意を決して一歩足を踏み出そうとしたがその瞬間足元にある建物が崩れ始めてその瓦礫が落ちてきたのだ。その衝撃に耐えられず再び地面にたたきつけられてしまい、更に上から大きな塊が私の頭目掛けて落ちてきているではないか。まずい、もう駄目かと私は悟ってしまったが、その直後に急に体が持ち上げられてそのおかげもあって無事事なきを得た。しかし一体誰が……?

(うーんなんかこの娘すごい気になるなぁ……助けないと死んじゃったりしたら勿体ないよね……じゃあそろそろ始めようかな……)私はとっさに少女を抱き寄せそのまま下敷きとなる形で落下していった。その際何かの声のようなものを聞いたような気がしたのだった。

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