第2話
フィロソフィア・マシ―ナを壊したくなったので工場の壁ごと包丁で殴り殺した。二人暮らしに潮時を感じていた頃合い、近所付き合いも程々に彼女としか語り合うことは無かった訳だが、その関係ももうお終い。人間と違って余計なことを話さないから、皆は愛想が悪いと言うけれどやがて機械的な生活に終着し、まともな倫理観を抱えていたのは終末一色だけとなった。繰り返すバグが唯一の芸術、私はそれを認知するだけで満足に足りてしまうのであった。フィロソフィア・マシ―ナは死んだ。
死体を解体する作業に入る。まず首と胴を切り離すのだが、これは後回しにして心臓を抜き取ることにした。それから胴体の下腹部にある大腸を引っ張り出す。腸の内容物を床にぶち撒けて一通り終わるまで大体三時間程度だった。最後に心臓を取り出して頭部を胴体の中に押し込む。そして、包丁を使って切断した部分を繋ぎ合わせるのだ。するとそこには見慣れた女の姿があるというわけだ。
彼女はまだ生きているのか死んでしまったのか分からない。ただ息をしてそこにいるだけだ。それを確認する為に私は彼女の頬に触れる。冷たい感触が伝わってくる。指先で輪郭を辿るように撫でる。それでも反応はない。どうやら本当に死に絶えてしまったらしい。私は彼女に近付いて顔を眺める。それはいつも見ている顔であり私の愛する人である。だから何の問題もない筈なのだ。
そうして私はこの世の終わりを感じながら朝を迎えるのだ。世界にはもう誰もいないし何も残っていない。全ては終わりを迎えてしまったんだって感じで最高じゃないか。ああ本当に素敵だよ。何故ならもう既に終わってしまったからだ。私が終わらせてしまったからね。あー素晴らしいよ。これが私の求めていたものだ。こんなにも素敵な気持ちになれるなんて思わなかったなぁ……ああ、そうだ終末の色に染まった空を見ながら死にたい、それが今一番したいことかもしれない、でもきっとそんなことは叶わないだろうけどさ……。
終末色に染まる空の下で自殺することにした。吐き気がやってくるどうしようもないくらい気分が悪くなった。だから今日は寝ようと思う。明日になったらまた考えることにしよう。 昨日考えたことだけれどもやっぱり考え直そうかなと思ったのでまた明日考えてみることにする。明日になれば何か変わるだろうか?それは分からない。
終末色の空の下で自殺することにする。それでは始めますか。えっと確か首吊り用のロープがあったはずなんだけれど何処やったっけ?あった、あったこれだ、じゃあさようなら。さよなら、世界。首を吊ろうとした瞬間、背後から声をかけられたので振り返るとフィロソフィア・マシ―ナがいた。なんでここにいるんだろうか、しかも喋っている。どうしてだ。疑問が湧いて出てくる。とりあえず聞いてみることにした。
フィロソフィア・マシ―ナはこう答えてくれた。私は貴方の恋人であるから当然だろうと、そして一緒に死のうと言ってくれた。嬉しい限りだけれど残念だけど断ることにした。だってこれから起こることを考えたら一人の方が都合が良いから。そこで私は言った。それならばせめて一緒に死ねる方法を考えて欲しいとお願いをした。彼女は少し困っていた様子だったが、私の提案を受け入れてくれて二人で死ぬことが出来る方法を考えておいてくれると言った。それから私たちは抱き合ってキスをする。その時の顔はとても幸福に満ちた表情だったと思う。
彼女が言うには既に私は死んでしまっているようだ。それも仕方の無いことであるらしい。私は納得して彼女と別れて自分の家に帰ることにした。家に帰って何をするかといえば、特に何もすることは無い。ただひたすらに時間を潰すだけである。テレビを見ても面白い番組は無くて結局消してしまった。ゲームをしてもやる相手がいないため一人でプレイするしかないのですぐに飽きてしまう。そうなってしまうと後はもう寝ることしか出来なかった。
ベッドの上で横になって目を瞑る。このまま眠ってしまいたかったのだがなかなか眠れなかった。理由は明白だ、自分が死んでしまうという事実を受け入れることが出来ないからである。
それでも時間は流れていくもので気付けば夜になっていた。いつの間にか眠ることが出来たらしく目が覚めると外は暗くなっていた。時計を見ると午前二時を指し示していた。喉が渇いたので冷蔵庫まで行って飲み物を取り出すついでに電気をつける。それからコップ一杯分の水を飲んで部屋に戻る途中でふとあることに気付いた。そういえば今日はまだ一度も食事をしていない。そのことを思い出した途端お腹が鳴り始めた。早く食事がしたいのだが食材がない、買いに行く必要があるだろう。
終末色の空を見上げながら歩いてスーパーに向かうことにした。道中にコンビニが建っていたが明かりが消えているので無人だと分かる。店内に入って商品棚を確認してみたがやはりどれも売り切れ状態だった。諦めて外に出ようとした時、店員がレジ袋を手に持って出てきた。その手にはパンが二つ入っており、一つを私に差し出してきた。私はそれを受け取ってお礼を言うと彼は微笑んで去っていった。それからしばらく歩いていると、公園が見えてきたので中へ入ってみるとベンチに先程の彼が座っていて、手に持ったパンをこちらに向けて差し出していたので受け取ろうとしたが、手が滑ってしまったようで地面に落としてしまった。慌てて拾おうとするが、手をすり抜けていって上手く取れない。もう一度挑戦するが結果は同じだった。何度も試みたが無駄だったので諦めてそのまま立ち去ることにした。
自宅に帰り、買ってきたものをテーブルの上に置いてから冷蔵庫の中を確認するが、中には水しか入っていないことが分かった。しかし、それで十分だった。そのペットボトルを持って屋上へ向かう階段を上がっていく。扉を開けて外へ出る、風が強いのか髪が激しく揺れる。そのままフェンスの前に立つとそこから下を見る。地面は遥か遠くにあり落ちれば間違いなく助からないだろう。
私はここで死ぬんだ。
そう思ったら急に落ち着かなくなった、死にたくないと思ったのだ。でも、もう遅い。飛び降りなければ良かったと思いつつ後ろを振り向く。そこには私が今までの人生で作ってきた作品が置いてある、私はそれを見た後、ゆっくりと目を閉じる。そして意識は闇へと溶けていった。世界は終わるはずだった。
だが終わらない。
終末色は灰色で染まり、何もかもが終わったように見えていた。でもそれは違う。世界は終末を迎えてなんかいなかった。
これは始まりなのだ。
世界に終わりなんて存在しない。何故ならまだ終わっていないからだ。
終末色に染まった空の下、一人の女性が首を吊ろうとしている。彼女の名前はフィロソフィア・マシ―ナ、終末を迎えることに失敗した女だ。彼女の周りには大量の血痕があり、床にはロープが落ちており、椅子の上には遺書と思われる紙が置かれていた。
彼女は失敗してしまった。
終末を迎えられなかった。
だから彼女は再びこの世界に終末をもたらすために動き出す。終末色がこの世界を染め上げる日は近い。終末の色は何色だろうか?黒だろうか?赤だろうか?青だろうか?黄色だろうか?緑だろうか?紫だろうか?橙だろうか?桃だろうか?茶だろうか?灰だろうか?金だろうか?銀だろうか?銅だろうか?錫だろうか?鉄だろうか?アルミだろうか?チタンだろうか?プラチナだろうか?ダイヤモンドだろうか?ルビーだろうか?サファイアだろうか?エメラルドだろうか?オパールだろうか?アメジストだろうか?オニキスだろうか?カーネリアンだろうか?ラピスラーツリ―だろうか?モルガナイトだろうか?タンザナイトだろうか?シトリンだろうか?ペリドットだろうか?トパーズだろうか?アクアマリンだろうか?オブシディアンだろうか?サンストーンだろうか?ムーンストーンだろうか?ターコイズだろうか?サードニクスだろうか?パイライトだろうか?ジルコンだろうか?アウイナイトだろうか?アンモライトだろうか?ヘマタイト隕石だろうか?スピネルだろうか?ブラックスター隕石だろうか?ホワイトオパールだろうか?レインボーダイヤモンドだろうか?ブルーサファイヤだろうか?レッドベリルだろうか?イエローダイヤだろうか?ピンクダイヤモンドだろうか?アレキサンドライトだろうか?グリーントルマリンだろうか?パープルフローライトだろうか?ローズクォーツだろうか?パライバジェットガーネットだろうか?スファレライトだろうか?アマランスクリスタルだろうか?コニャック水晶だろうか?メノウ輝石だろうか?カルセドニー輝石だろうか?カイヤナイトだろうか?マラカイトだろうか?ヒスイだろうか?アイゾルートだうか?クンツァイトだうか?クリソコラだろうか?ジェダイトだろうか?ギベオン隕石だろうか?エレスチャルだうか?ヘリオドールだうか?アルデバラン隕石だろうか?ディナミス隕石だろうか?プレシャスオパールだろうか?カイヤナイトだろうか?ブラッドストーンだろうか?パライバトルマリンだろうか?ピジョンブラッドだろうか?インペリアルエッグだろうか?デンドリティックビウムだろうか?エンジェライトだろうか?セラフィナイトだろうか?ゴールデンロッドストーンズだろうか?オーソクレースだろうか?ミルキーウェイだろうか?シーブルーカルセドニーだろう。
世界は続く、これからもずっと。
それが良いことなのか悪いことなのか誰にも分からない。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、これは悲劇ではなく喜劇だということだ。
~fin~
―――*------
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございます。作者の沈黙静寂です。
本作は私のデビュー作であり処女作となります。初めて小説というものを書いたので拙い部分があったかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
さてこの作品を書くに至った経緯についてお話したいと思います。まず、私が機械芸術宣言という作品を書き始めたのは約二年前でした。当時私は学生をしており、授業中や休み時間、友人と遊んでいる時などにふと考えたことがありました。私に何か面白い作品は書けるのだろうか、と。しかし、その時は書きたいと思うような題材が見つからず、とりあえず書いてみるかということで、実際に投稿してみることにしたのです。そして、投稿した次の日に自分の書いた文章を読み返していると、読みづらく、表現が下手だと分かり、消そうかと思った瞬間、このままでも悪くはないかもしれないと思い、そのまま公開することにしました。それが本作の始まりになります。それから少しずつ修正していき、今に至ります。
私は昔から書くことが好きでしたが、物語を考えたりするのは苦手で、他の人の考えた設定を借りたり、参考にして書いており、自分のオリジナルな物語は今まで書いたことはありませんでした。しかし、今回私は思いつきで作品を応募し、そして幸運なことにも大賞を頂き、デビューすることができました。この作品は私が今まで考えてきたことや、自分がやりたいことを詰め込んだ作品で、この話が本として出版されればきっと誰かの心に残る、そんな作品にしようと思っていました。なので、もしこの作品を読んでくれた方がいれば、その方たちの中でこの本を買ってくれる人がいるなら、それはとても嬉しいことです。その方は私のファンになってくれているわけですからね。
また、この話を書いている途中で、読者の方から応援コメントやレビュー、感想などを送って下さることもあり、嬉しかったと同時に大変励まされました。この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。それでは皆様どうかお元気で。沈黙静寂。
※作者より。今回の話は短編のため本編とは関係ありません。本作品をお楽しみいただいた後での閲覧を強く推奨します。
こんにちは! 初めましてかな?そうだよね?うんうん、知ってるよ。君の名前はなんだっけ?……ああ、思い出せないんだったね。いいよいいよ、気にしないで。じゃあ改めて自己紹介しようじゃないか。
私は神様だよ、よろしくね……え?信じないって?どうして?だって君は私のことを知っているはずだろ? それにここはどこだよって? そりゃもちろん君の夢の中だもの、夢以外にこんな場所があると思うかい?……おっといけない、忘れるところだった。今日は大事な用があってきたんだった。君の大好きな、あのことについて話に来たんだよ。
……どう? 気になった? 実はね、私はもう我慢できなくなってきたんだ。だからそろそろ教えてあげようと思ってね。
ほら、耳を貸してごらん…………………………………………。
ふう、分かった? これが私の気持ちだよ。ずっと待った甲斐があったなぁ。まさかこんなに早くチャンスが来るなんて思わなかったけど、これも運命だもんね。これでやっと私たちも結ばれることができる。愛してるよ。これからはずーっと一緒だね……。
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