君を見た
ちゃぷん、と手にした瓶から音がした。
向かうのはいつもと同じ場所。
はらはらと絶えず花びらが舞いながらも、
今も次々と新しく花が美しく咲き誇る、桜の大樹。
大桜の前に立ち、その姿を見上げた。
今日も、たくさん咲いている。
いつもと変わらぬその佇まいに安堵の息をつく。
そしてその足元にしゃがみこみ、小瓶を傾けた。
少しずつ少しずつ、薄らと虹色に光る水を、
桜へ注いでいく。
この水は、夢を融かしたものだ。
大樹の源となる特別な水を、
丁寧に根へ染み込ませていく。
やがて、小瓶の中身が空になる。
最後の一滴まで大事に桜に与えた後、
今度ははらはらと散る花びらを拾い始めた。
集めた薄桃色のそれを、小瓶へ入れていく。
桜は、夢を糧として花を咲かせる。
そして咲いた花が、自分たちーー夢魔の糧となる。
瓶の中身が半分ほど埋まった頃、
ふと、対岸へ目を向ける。
そこには黄色い花と、見慣れない服装の少女がいた。
ここは夢の狭間。
夢を見ることのある生物であるならば、
眠っている間にここへ迷い込むことは珍しくない。
きっと彼女も、そんな存在のひとつだろう。
桜の花びらの絨毯に横たわる彼女の体に、
新しく降り注ぐ花びらが覆い被さっていく。
彼女はこのまま夢に溶け込んでしまうだろうか、
それとも目が醒めて元の世界へ帰れるだろうか。
背後でざわ、と大きく桜の樹が揺れた。
其れは肯定のようでもあり、
否定のようでもあった。
夢霞 小倉さつき @oguramame
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