第3話 大きな狐
炎天様は狐を出てきた場所へ帰し、座布団に座った。
「さて、まずその腕の説明をするよ」
そう言って炎天様が翔太の左手を指差した。
「はい、どうやれば取れますか、これ、」
「早い話、日本中にある力の塊、それを集めればすぐに戻せる、ただ、時間はかかるだろう」
「力の塊?」
「そうだよ、大自然の中や住宅街、田舎から都会まで、いろいろなところにある、少し手間はかかるが一ヶ月もあれば集まるだろう」
一ヶ月?
そんなにかかるのか、家や学校はどうする?
「あの、そんなに長期間家を空ける事はできないですし、学校も始まります、無理ですよ」
翔太がそう言うと炎天様は
「大丈夫だよ、少し時間の流れを変えたり、人の認識を変えることくらい造作もない、私に任せて!」
「認識を変える?」
「うん、君のことを少しだけ忘れてもらい、時間の流れ利用して少しだけいなかったことにすれば、何事も無かったかのように元の生活へ戻れる、簡単だろう?」
簡単に言うけど、本当にそれできるのかな、できなかったら困るんだけど……まあ、さっきのことを考えればそれができると言われると、できるんじゃないかな、と思ってしまう。
「必ず全て元通りにできるんですね?」
「あぁ、約束するよ」
「そうですか、それならまあ、いいですよ……」
翔太がそう言うと炎天様は、はぁ、と胸を撫で下ろし、こちらを見て微笑み、
「それじゃよろしく、翔太くん」
と言った、あれ、変だ。
「いつ名前言いましたっけ?」
翔太が首を傾げながらそう言うと炎天様は
「さっきおじいちゃんがそう呼んでたじゃないか、君がいきなり質問してきたから君から直接は聞いてないけど」
そういえば、いきなり質問したっけ。
「す、すみません」
「いいよいいよ、気にしてないから」
炎天様は立ち上がり
「さあ、行こうか」
そう言って本殿の入り口へと歩き出した、翔太も立ち上がりついていった。外へ出て上を見ると、日の光が照りつけ、眩しく、青々とした竹林が風で揺れていた。前を進む炎天様の後ろまで追いつくと翔太は
「炎天様、さっき言ってた力の塊って、どこにあるか見当はついてるんですか?」
「なんとなくね、でも大丈夫。以前にも少しだけ探したことがあるから、なんとかなるよ」
「そうですか……」
「長い旅になる、翔太くんはどこか行きたい場所とかあるかい?」
「そんなデートスポット探すみたいに言われても……」
「おや?私を意識してるのかな?」
「ち、違いますよ!」
「ふふっ、可愛い所あるじゃないか」
突然そんなことを言われると思わなかった、ついムキになってしまった……
「行きたい場所って、そんな感じで探すんですか?」
「どこにあるかはその時によって違う、だから片っ端から探すのではなく、力が発生するような場所を転々とするんだ」
「なるほど」
いや何がなるほどなんだ、でもまあ、行きたい場所はある。憧れの街、渋谷だ。おしゃれなファッションや流行の最先端、前から行ってみたかったが、遠いから行くのを躊躇っていたからだ。試しに行けるか聞いてみたいが、ついでに少し遊べるかな?
「渋谷へ行ってみたいです」
「渋谷か、遠いな」
「はい、行きませんか?」
「行こう、なんだか楽しそうだ!」
炎天様はそう言って立ち止まり、パン!
と、手を大きく鳴らすと今度は足元の砂利から二メートルほどの大きな白い狐が出てきた。狐は伏せ、こちらを向いた。狐の鼻息が足元に当たると
翔太は後退りをした。狐は大きな目をギョロッとさせこちらを見ている。食べられたりしないよな、こんな大きなやつに噛まれたら普通に死ぬ。マジで怖い。
「さあ、翔太くん、乗って」
そう言って炎天様は狐の白い毛に掴まり背中に乗るとこちらへ手を伸ばした。大丈夫なんだろうな、てか本当にデカい、軽自動車なんかよりもデカい。とにかく乗ってみるか。ふわふわとした狐の白い毛と炎天様の手に掴まりながら登ると。思ったより視点が高い、怖い。
「大丈夫?」
炎天様がこちらを振り返ると翔太は若干怯えた声で
「だ、大丈夫です、行きましょう」
と言い、狐の背中をしっかりと掴んだ。炎天様はコクリと頷き前を向くと、狐の頭を撫でた。狐は立ち上がり、ズシ、ズシ、と鳥居の方へ歩き出した。
狐は鳥居の前で立ち止まると首を後ろへ向けた。
「南へ」
炎天様がそう言うと狐は前を向き、構えた。
「翔太くん!掴まって!」
えっ、このまま行くの?
階段があるのに?
翔太はグッと白い毛を掴み、目を伏せた。
本当にこのまま降りるのかよ、そう思った次の瞬間、グイッ!
体が前に引っ張られるのを感じた。体がドコドコと揺れ、風が頬を掠める。どうなっているんだ、目を少し開けて前を見るとものすごい速さで階段を下っていた。
「あああああ!」
やばいやばい!
落ちたら死ぬ!
うずくまり目を閉じる翔太。
「大丈夫だよ、心配しないで」
炎天様の落ち着いた声をする方を見上げると炎天様は片手を離して体を捻り、こちらを見ていた。翔太が炎天様と目が合った瞬間、体がふわっと浮いた。狐が少し階段を飛ばして跳ねたようだ。
「あ」
炎天様の体が浮き、宙へと放り出された。
えっこれ死ぬやつ……
そう思った翔太はしっかりと掴まって足で狐の体を挟み、手を伸ばした。だが届かない。そのまま階段の下へ落ちていく炎天様を見た狐は加速した、翔太が振り落とされないようにしっかりと掴まり、またうずくまると、狐は階段の前の道路へ飛び出し、百八十度ターンした。翔太は振り落とされる寸前でなんとか耐え、顔を上げると大きな白い頭が上を向き、口を開けていた。
えっまさかそれで受け止める気か?
というか炎天様は?
翔太が上を向くと斜め前方から炎天様が後ろ向きで落ちてきた。狐は位置を微調整し、落ちてくる場所で上を向いたまま口を開けていた。
狐はそのまま落ちてきた炎天様の和服の背中を噛んだ。大丈夫なのか?
恐る恐る前を見ると狐は横を向き、口を開けた。トン、と着地してこちらを見ると炎天様はニコッと笑って
「いやー危なかったねー!」
「はぁ……よかった……」
「まあでも私神様だし、体は傷ついても治るからいいけどね」
「そ、そうなんですか」
「うん、ある意味不死身」
「はぁ……」
不死身て、神様って不老不死なのか?
まあいいや、無事だったし。
初っ端からこんなんじゃ先が思いやられるけど……
「よし、行こうか」
狐に飛び乗った円天様の背中は少し噛み跡がついていた。これからどうなるのかは分からないが、不死身の神様と一緒なら大丈夫だろう。というかこれ、周りに見られたら大騒ぎじゃないか?
「炎天様、このまま行くんですか?」
「そうだけど?」
「周りの人が見たら大騒ぎしますよ?」
「あぁ、大丈夫大丈夫、この子が見える範囲なら認識されても誤魔化せる、何事もなかったのように通り過ぎて無視されるから問題ないよ」
まあいっか、そう言うならそうなんだろう。もう考えるのやめる。
「じゃあ行こうか」
炎天様は足で狐の脇をトントン、と叩くと今度は小走り程度の速度で走り出した。そうそう、これくらいのスピードでいいんだよ。余裕が出た翔太は周りを見渡す、いつもの景色もこの高さから見ると若干違って見えるな。
バスだ。遠くから一直線の道をこちらへ走って来るバスが見えた、本当に大丈夫なんだろうな、こんなのバレたらニュースになるぞ、いや、ならないか、せいぜい地元の新聞に載るくらいだろ。それすら載らないかも。
ブロロロ……とエンジン音を響かせながらバスが横を通り過ぎる。バスの運転手はチラッとこちらを見たが特に驚きもせず、そのまま通り過ぎていった。
ほっ……安心した、どうやら問題ないみたいだ。
「ね、大丈夫でしょ?」
こちらを見る炎天様はまたこちらへ体を向け、笑顔でそう言った。
「そうですね、どうなってるのかは分からないですけど、安心した」
「私の力だよ、これくらいいくらでも出来る」
「すごい……」
「そうでしょう!」
自慢げにそう言った炎天様は少し頼もしく思えた。
「これからどうするんですか?」
「このまま渋谷へ向かうよ、疲れたら言ってね、止まって休憩するからさ」
「はい」
これから渋谷へ行けるんだ、楽しくなってきた!
ワクワクしながら狐の背中で揺られる翔太。
「楽しそうだね、そんなにいいのかい?渋谷ってやつは」
「そりゃ楽しみですよ、最先端のファッションや食べ物があるんですから!」
「そうなんだ、それは楽しみだね、でも目的は力の塊を見つけることだ、忘れないでね」
「はい、もちろんです!」
炎天様はフフッと笑い、進んでいる方向を向いた。
これからどうなるかは分からないけど、神様の力で家とか学校はなんとかなるみたいだし、腕を元通りにするついでにちょっとくらい楽しんだっていいよね!
期待に胸を弾ませながら翔太と炎天様の旅は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます