第2話 本物の神様?
翌朝目が覚めるとまだ涼しく、ひんやりとした風が窓から入ってきた。少し冷えた腕を擦りながら左手を確認するとまだ昨日と同じ、牡丹色の呪文のようなものがあった。
「夢じゃなかったのかよ……」
夢であって欲しかった。だが、左腕を見る限りこれは現実で、これから自分は神社へ行かなければならない事がはっきりとわかった。はぁ、とため息をつきながらベッドから立ち上がり、服を着替えた後、部屋を出て洗面所と歩き出した。
洗濯物を干そうとして外へ出る母がこちらを見て言った。
「あら、今日は早いのね、これからご飯作るから待っててね」
「いいよ、今日はちょっと出かけるから」
「そう、気をつけてね」
そう言って玄関を出た母。自分もさっさと神社へ行ってなんとかしなければ。洗面所の鏡の前に立ち、顔を冷たい水で洗い、歯磨き粉のチューブを手に取り、歯ブラシにつけ口の中へ入れた。シャカシャカシャカ……歯を磨きながら思った。バスもう来るんじゃね?
そう思った翔太は急いで口を濯ぎ、歯ブラシをコップに入れ洗面所を飛び出した。急いで部屋に戻りスマホと財布を持ち、廊下を走って玄関を飛び出すと、バスが来る音がした。まだ間に合う!
全力疾走するとちょうどバスがプシュ、と音を立ててドアを開けた。翔太は定期を見せて乗り込み、一番後ろの席へ座った。よかった、間に合った、乱れた呼吸を整えるとポケットからスマホを取り出した。ブラウザを開き(神様 神社 会った)で検索を掛けるとさまざまな記事が出て来てその中でも体験談というものがあった。
明らかに胡散臭いがとりあえず開いてみたがやっぱりオカルトまとめサイトだったのですぐにタブを閉じた。何か情報はないものか、エアコンの効いた車内でため息をついていると先頭の方から一人立ち上がり、こっちに来た。クライスメイトの押沢さんだ、彼女は目立たないモブキャラといった感じだ。あまり接点はないのになぜかこちらへ来た。
「隣いい?」
「あ、ああ」
スカートの後ろを押さえながら座ると彼女は自分の左手をじっと見た。まさか見えているのか?
左手を彼女の前に出し、こう聞いた。
「これ、見えるの?」
「な、何これ、うっすら何か赤っぽい色が見えるけど……」
やはり見えているらしい。
「実は昨日、神社へ行ったらこれがついちゃったんだよね……」
「神社ってこの先の?」
「そうだよ」
「ふーん、何かあったの?」
どうする?昨日あったことを全て話すか?いやあでも、信じてもらえないだろう、けど、これが見えてるならいいか。
翔太は全てを押沢に話した。光の玉があった事、そしてそれを触った事、神様とやらに呼ばれている事、すると押沢はこう言った。
「私も行くよ、一人じゃ心細いだろうし」
「えっいいの?」
「うん、神様を自称する人って面白いし、本物だとしたら会ってみたいし」
なかなか変わっているな。そう思ったが黙っていよう。そろそろだな、とまりますのボタンを押すとピンポーンと音がしてバスが減速し、止まった。プシュ、とドアが開くと二人は降りて石の階段を登り、竹林の中にある鳥居をくぐり、例の手水舎へ着いた。
「誰もいないね」
押沢は周りを見渡しそう言った。すると強い風が吹き、ザァァ……という音と共に竹林が揺れ、木漏れ日が揺れた。風が止むと辺りは静かになり、二人はもう一度手水舎の水の中を見た。
「もうないよ」
後ろから昨日と同じあの声がした。二人は同時に振り返るとそこには、狐面をつけた昨日の神様とやらが立っていた。
「君が昨日触ってからそのまんまだからね、もうそこにはないよ」
そう言うと後ろで手を組み、二人の前まで来た。こうしてみると同じくらいの身長なんだな、大体百六十五センチってところか。神様は押沢の方を見てこう言った。
「君は私より小さいんだね、かわいいね!」
「は、はぁ、」
押沢は困った様子でそう返した。自分は手に視線を当てた。
「あの、これ、元に戻せますよね?」
「うん、簡単だよ、手伝ってもらう必要があるけど、まあそんなに心配しなくていいよ!」
「こっちだよ!」
本殿へと歩き出し、こっちへ手招きをする神様。とりあえずついて行くか。翔太は手招きされた方へと歩き出し、押沢は後ろをついて行った。太陽が上まで上がり少し暑くなってきた。日差しがジリジリと照りつける中、本殿の中へと入った。二十畳ほどの畳の部屋の奥にはシンプルな祭壇があり、その手前には奥に一枚、手前に二枚座布団が敷いており、奥の座布団の横には長い蝋燭台が二本立っていた。
「ようこそ、我が家へ」
神様は部屋の真ん中を進み、座布団へと座った。二人は部屋を見渡しながら部屋の奥へと進み、座布団に座った。薄暗い部屋だな、灯りはないのか。そう思いながら部屋を見渡していると
「ああ、少し暗かったね、今明かりをつけるよ」
そう言うとパン!
と手を叩き、本殿の中の蝋燭に火がつき、内部が明るく照らされた。
「「えっ」」
「ふふん♪すごいでしょ♪」
少し誇らしげに笑った。確かにすごい。部屋の中全ての蝋燭に火が点されている。こんなこときちんとした仕組みがなければできないはずだ。どうなっているのかはわからないが自分も手を叩けば付くとしたら、それはセンサーなどで操っているのだろう、と思ったので翔太は手を叩いてみることにした。
パンッ!
と手を叩いてみるが何も起こらない。ダメか、この人の手を叩く音だけに反応するわけではないだろうし、本当に神様なのかな。
「君が叩いても何も起こらないよ、これは私の力でやってるからね、さて、まず自己紹介からしようか」
そう言って姿勢を正すと神様は
「私はここの神社に祀られている神様だ、炎天様と呼ばれている、君たちもそう呼んでほしい」
マジで言ってるのか、いやマジなんだろうな。押沢はというとポカンとした顔でただただ狐面の方を見ている。そりゃそうだろ、だっていきなり自分は神様です。なんて言われてすんなりと受け入れる人間なんて、そうはいない。
翔太は
「神様なんですね、ひとつ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「何かな?」
「死後の世界を見たいんですけど見せてくれますか?」
本当に神様なら人が死んでどうなるかも知ってるはずだ。そう思った翔太はこの質問を真っ先にぶつけた。すると炎天様は腕を組み顔を伏せた。そんなことわかるはずがない。左腕のこれのことはよく分からないが、神様がいたとして自分なんかになぜ見えるんだ?
翔太の質問に困っていた炎天様は顔を上げ、翔太の方を見てこう言った。
「死後の世界はあるよ、けど生きている人間が触れていい場所じゃないんだ。」
「そうですか、じゃあ帰ります。」
やっぱり神様なんていない、そう思った翔太は立ち上がり、振り返って出口へと歩き出した。
「待って!」
後ろで声がした。翔太が振り返ると神様は座布団から立ち上がり
「すでに亡くなっている人で君の会いたい人に会わせよう。ただし、絶対に口外しないこと。そしてその君の腕を元に戻すために協力してもらいたい。いいね?」
真剣な口調でそう言った。
すると押沢が自分と狐面を交互に見ながら
「えっ、どういうこと?」
と疑問を漏らした。それを横目に二人の会話は続く。
「会いたい人はいるかな?」
「誰でもいいんですね?」
「もちろん、ここ数十年くらいに生きていた人なら簡単に会えるよ、誰でも、ね。」
「わかりました、じゃあ、おじいちゃんをお願いします」
「君のおじいちゃんか、名前は?」
本当に会わせてくれるのか?
できるはずがない。
第一に死後の世界なんて本当にあるのかどうなんて誰にも分からない。まあ、いっか。翔太はおじいちゃんの名前と享年を伝え、神様は祭壇の方を向き、手のひらを祭壇に向けた。すると手から光の輪が出現し、キィィン……という音と共に大きくなり白い空間が見えた。何が起こっているのかは分からないが異常な光景だ。映画で見るような光景が今、目の前で起こっている。
押沢は急いで立ち上がり、自分の後ろに隠れた。盾代わりにするなよ。すると神様は左手をその光の輪を両手で掴み、広げた。
「えっ、力技?」
思わず口を開くと炎天様は振り向き
「なんか言った?」
「いえ、何も」
「そうか、もうすぐ会えるから待っててね!」
会える?
おじいちゃんに?
まさか。そんなことはできない。だってもう亡くなっているのだから。だが目の前の光景を目の当たりにすると本当に会えるんじゃないかと言う希望も少し湧き出てくる。
「ふっ!」
両手で光の輪を広げるとちょうど人が一人歩いて出て来られるくらいの幅と高さの何かができた。
「ふぅ、あとは……」
炎天様は右を向き、パンパン!
と手を叩いた。すると畳の隙間からするりと二匹の白い狐が現れた。おでこには赤で模様が書いてある。二匹の狐が神様の前に座るとしゃがんで謎の言葉で語りかける神様。すると狐は先程作られた光の輪の中にある白い空間へと入っていった。
「ちょっと待っててね」
そう言って座布団へ座る炎天様。
「あの、これなんなんですか?」
後ろに隠れていた押沢がやっと自分の後ろから出てきた、すると押沢は炎天様に
「あの、なんですか、これ、」
そう言って白い空間を指差した。
「あぁ、これね、こっちの世界とあちら側を繋ぐ入り口だよ、人間にはできないことだね、まあ君達も座りなよ、少し時間かかるだろうからさ。」
「はぁ……」
二人は座布団に座り、下を向いた炎天様を見た。少し疲れた様子の炎天様、翔太が
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫、これを作るのに少し力を使ったからね。」
後ろを見ながらそう言った。力ってなんだ?
よく分からないがこれを出現させたことで疲れたらしい、どういうことなのかは分からないが、とにかくそうらしい。しばらくその光の輪の中を見ていると、奥の方に何かが見えた。さっきの狐と……人影か?
ゆっくりと近づいてくるそれを見て翔太は気づいた。
おじいちゃんだ!
にわかには信じられないが、数年前に死んだはずのおじいちゃんがさっきの狐と一緒に、こちらへ歩いてくる。翔太は立ち上がり、光の輪の中へ入ろうとしたが輪に入る寸前で首根っこを引っ張られた。
「うぐっ?!」
「何やってるの?死ぬ気かい?」
炎天様はそう言って翔太を後ろへ引っ張った。後ろ向きで転び、起き上がる翔太。
「えっ、それに入ったら死ぬんですか?」
「君が会いたいと言った人があちらから来る、君が会いたいと言った人は既に亡くなっている、じゃあこれはなんだと思う?」
「……。」
何も言い返す必要もない。翔太は感覚で理解した。押沢はそれを聞くとすぐに立ち上がり
「私帰ります!」
とだけ言い残して走って消えた。
「あ、まあいっか、言いふらされたとしても信じないだろうし」
炎天様はそう言うと白い空間のほうを向き、手招きをした。狐はこちらへ走ってくると炎天様の横に付き、座った。おじいちゃんは白い空間からこちらの世界の入り口まで来ると、炎天様に会釈をし、こちらの世界へ入った。
「翔太、久しぶりだな、元気だったか?」
「うん、久しぶり元気だったよ」
「うんうん、よかったよかった。」
目の前の人は本物のおじいちゃんだし、間違いなくここに存在してる、おじいちゃんは炎天様の方を向くと
「貴女がここまで使いを寄越してくれたんですね、ありがとうございます。」
と言ってもう一度頭を下げた。
「いえいえ、短い時間ですがお孫さんとの時間を楽しんでいってください、私はこれを見ていないといけないのでここに居させてもらいますが、構いませんね?」
「えぇ、構いませんとも、こうして孫に会えただけで、もう何も望む事はないですよ。」
「そうですか、よかった。」
そう言って炎天様は少し離れたところに座り、狐を撫でていた。
「なあ翔太、今は何歳だ?」
「もう十八だよ、高校三年生、じいちゃんが居た時はまだ十五歳だったね、もう三年も経つんだね」
「そうか、十八か、こんなに背も大きくなって、立派になったなぁ」
そう言って翔太の頭を撫でるおじいちゃん。懐かしいなぁ、と翔太は涙を流した。
「はっはっは!そんなに嬉しいか、ワシもだよ」
それから数分間、いろいろなことを話した後、炎天様が立ち上がりこちらを向き、口を開いた。
「さて、もうお時間です、帰り道はまっすぐ歩いて行くだけです、そのうち元の場所へと戻れるでしょう。」
「あぁ、もう時間か」
「そっか……今度こそお別れだね、会えて嬉しかった、おじいちゃん、来てくれてありがとう。」
そう言って手を差し出した翔太の手を握り
「あぁ、お前も元気でな。」
そう言うとゆっくりと歩きながら光の輪の中へ入り、白い空間の向こうへと消えていった。
炎天様が光の輪の前まで来ると両手を合わせ頭を下げると光の輪は消え、祭壇だけがそこにあった。
「よし、これでいい」
炎天様は振り返り翔太にこう言った。
「これで、私が神様だと言う事はわかったよね、本題に入ってもいいかな?」
「はい、わかりました、本題に入りましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます