炎天狐
おぉんゴリラ
第1話 真夏の出会い
「はぁ、暑すぎるなぁ、異常気象だよ」
高校3年生の夏、翔太は進路も決まり、実家の農家を継ぐことが決まっていたから何も考えずに夏休みを謳歌していた、田舎すぎてバスも1時間に一本しか来ない田んぼだらけの一本道。
そしてそのど真ん中にあるボロい停留所。太陽の日差しが熱すぎる、、、ボロボロの停留所の日陰に入りベンチに座った。ミシミシと言っているこのベンチは自分が小学生の頃から変わっていない。それにしても日陰だっていうのに熱さが少ししか変わらない、湿度が高すぎる。
「こんな暑いんだからエアコン付きの休憩室でも作ってくれればいいのに、、、全く、」
ボソッとつぶやいた。
真夏の午後1時、一番暑い時間帯だ。家まではバスを使わないと暑すぎて嫌だ、だがバスが先ほど行ってしまったらしいので1時間待たなきゃ行けない。そうだ、あそこなら涼しいよな。
シャツをパタつかせながらある場所を思い出した、近くの神社には冷たい水が湧き出る手水舎があったっけ。林の中だし日陰も多い、涼むには丁度いい場所だろう。翔太は木が腐りかけの古いベンチから腰を上げバス停から数百メートルのところにある神社へと歩き出した。
日差しが照りつける中汗を拭いながら熱いアスファルトの上を歩き続けると小さな林と小さな鳥居がポツンとある。
砂漠のオアシスみたいだ。バス停まで数分あるし、ここを通るから乗り損ねたら手を振って乗せてもらおう。田舎だからこんな緩い感じでもバスに乗れる、唯一のメリットと言える。
炎天下のアスファルトの上を歩き続け神社に着くと小さな赤い鳥居をくぐり苔の生えた階段を1段飛ばしで登る。
両脇に竹林があるこの階段を登ればすぐに日陰で冷たい水が飲める。
そう思うと足取りが軽くなった。階段を登るスピードに比例して汗が垂れてくる。額の汗を拭いながら階段を登り終えると正面に本殿があり、すぐ手前の左に手水舎が見えた。
やっと涼める。
手水舎の小さな屋根の下に入ると左手に持っているスクールバッグをドサッと下ろした。綺麗な大理石の窪みにはしっかりと水が入っており安心した。置いてある柄杓を手に取り右奥の竹から流れ出る水を汲み、一通り清めの作法を済ませ、水をもう一度汲もうとすると屋根から何かが垂れている。
真っ白な光の玉に、牡丹色の光が帯のように渦巻く玉が、蜘蛛の糸のようなものでぶら下がっている事に気づいた。
「なんだ?」
声を出すと糸が震え切れた、すると光の球はポチャ、と沈み、浮かんだ。今までに見たことがないそれはとても綺麗で、見ているとなぜかドキドキした。光を掬い取るように左手を光の下に手を入れ、水と共に持ち上げると手から水だけがこぼれ落ちる。
微かに牡丹色の線を帯びたそれだけが手のひらに乗っている。柄杓を持っていた右手を離し、柄杓がカランカランと音を立てて落ちた。触っても大丈夫かな、そっと右手の人差し指で玉をつつくと光はホロホロと崩れた。そして次の瞬間目を開けていられないほどの眩い光を放ち、翔太は思わず目を背けた。
「なんだよ今の......」
目を開け左手を見るとそこには先程の光の玉と同じような、牡丹色の帯が渦巻いていた、しかも先ほどとは違い牡丹色の帯がお札に書いてあるような文字に変化していたのだ。正直何が何だかわからないが怖くなってきた。すると後ろから女性の声で
「あーあ、やってくれたねぇ」
「え?」
驚いて振り返るとそこには狐面の女がいた。
「……は?」
理解が追いつかない、いつからそこにいた?
ザァァ……竹林が強い風に揺れる音と共に、太陽に照らされる白く輝く長い髪が揺れ、着物の袖と短い袴がバタバタと揺れた。今時珍しい格好だ、腰くらいの丈の着物は赤く模様が入っており、袴というには短いスカートを履いている。風が止み、静かになった。すると女は
「私は炎天様、ここの神様さ、君が今触って光ったそれは私の大事なものなんだ、だが今は君の手に憑依している、それを解くために少しの間私と行動を共にしてくれないかな?」
急に訳のわからない事を言われた翔太は逃げようかと思ったが、左手のこれのことが引っかかった。
「えっと、よくわからないけど、この手を元に戻せますか?」
左手を前に差し出しそう言った。女はこちらへ来て手を取り、しばらく眺めた後こう言った。
「うん、時間はかかるけど戻せるよ、それと、君は名前はなんていうのかな?」
「翔太です」
「翔太くん、私はここの神様だ、さっきも言ったが光って君の手に移ったこれは私の大切なものなんだよ、だから少し君に付き合ってほしいことがあるんだ」
まだよくわからないが、適当に返事をしておけばいいだろう、最近疲れてるし、これも疲れて見える夢か幻覚か何かだ、そう自分に言い聞かせた。
「わかりました、でももうバスが来るから帰ります!」
そういうと翔太はバッグを手に取り、走って逃げた。
「え、ちょっ……」
急に走り出した翔太にあっけに取られて動けなかった女はそのまま立ち尽くしていた。
「はぁ、まあいいけど、手紙でも届けとけばいいし」
そう言って手をパンパン!と鳴らすと地面から狐が現れ足元に近づき、座った。女は袖の内側から紙と筆を取り出しサラサラっと何かを書き、しゃがんで狐に渡した。
「さっきのこの部屋に届けてね、よろしく」
すると狐は走り出し神社を出た。翔太は一直線に停留所まで走ってバスに乗り込み、涼しい車内席に座っていた。なんだったんだよあれ、幻覚か?
それとも白昼夢か?
けどこれは説明がつかない、まだ左手には先程の牡丹色の文字の帯はまだ消えていない、これも幻覚だとしたらもう自分の頭はどうかしてしまったのだろうと思った。手を擦ったり振ったりしたが何も変わらなかった。
しばらくバスに揺られていると、家の近くまで来たので止まりますのボタンを押した。家についてもこれ消えないだろ、どうすんだよ、そもそも俺以外にこれは見えるのか?
バスが減速し、停留所で止まり、プシュ、という音と共にドアが開いた。
バッグを手に持ち、バスを降りた。ブロロロ、というディーゼルエンジンの音をさせながらバスは遠ざかっていった。
日差しから逃げるようにすぐ横の門へと入ると母が草むしりをしていた。
「あら、もう学校終わったの?」
「うん……あ、そうだ、これ見える?」
左手を前に出してみせた。
「んー、なんか変なもやがかかってるように見えるけど……?」
そうか、自分以外にも見えるのか、なんなんだこれは。
「そっか……それだけ……」
翔太は腕を下げ、玄関まで歩いて行き、中に入った。
「はぁ……なんだよ、幻覚じゃないのか?」
自分以外にも見えている事を考えるとこれは幻覚ではない、だとしたらあの狐面も?
なんだか怖くなってきた、まあいい、明日またあそこへ行けば解決するのかも。靴を脱ぎ中へ入り、横のリビングを見ると花柄の服を着たおばあちゃんがテレビを見ていて、こちらに気づいて笑顔で
「おかえり翔ちゃん、今日は早いのねぇ」
「着替えてくるからちょっと待っててね」
そう言ってその場を後にし、自分の部屋へと行った。平家の一軒家の角部屋、そこが自分の部屋になっている。部屋の襖を開け中に入り、ベッドにバッグを放り投げ、シャツとズボンを脱ぎ、半袖とステテコに着替えた。
脱ぎ捨てた服を拾い、部屋を出て浴室へと向かい、そこにある洗濯機に服を入れリビングへと戻った。
リビングへと戻ると32型のテレビには毎週やっているドラマが映っていた。
「今日はドラマか」
そう言ってソファの隣の席に座り、一緒にテレビを見る。
「この俳優さんが最近よく出てるのよねぇ」
そう言っておばあちゃんはテレビを指差している。最近売れている地味目だけど個性の塊みたいな俳優は、最近テレビドラマやCMに引っ張りだこだ、正直見飽きた。
「そうだね、この人いっぱい出てるもんね」
「そうなのよ、でも面白いわね、この人」
「うん」
そうしてしばらくしてドラマを見ているといつの間にか日が傾いていた。母や草むしりをやめてシャワーを浴び、夕飯を作り始めた。
翔太はドラマが終わると
「じゃあ、部屋に戻るよ」
「うん、また夕飯の時にね」
そう言ってリビングを後にして自分の部屋に戻ると部屋の真ん中に一枚、紙が置いてあった。
(神社で会った君へ、突然帰っちゃうなんてひどいじゃないか、また明日、神社で待ってるからきてね! 〜炎天様より〜)
と書いてあった。神社で会ったといえば当然あの狐面の女以外にいない、どうやって家まで来た?
この家に入ったのか?
それとも窓から入れたのか?
どうやって場所を突き止めた?
まあいい、とにかく明日行かなければならない場所ができた。幸い明日は暇だから行って、この左手をどうにかしてもらおう。手紙を持ちながらベッドへとダイブして目を閉じるといつの間にか意識が遠のく、そしていつの間にか寝てしまった翔太は夢の中にいた。
夢の中で見える景色はのどかな田舎で、今とは違う茅葺き屋根の家ばかりが見えた。いつの時代だろうか、綺麗な場所だな、と周りを見渡していると、何か声が聞こえる。
「寂しい……なんで……どうして…….教えてよ!」
突然大きくなった声に驚いて目を覚ました翔太。時計を見ると7時を過ぎていた、夕食の匂いもしていた。
「夢か……」
体を起こし、ベッドから降りて部屋の襖を開け、廊下を歩いていくと、自分を呼びに行こうとしていたであろう母がいた。自分顔を見てふふっ微笑むとこう言った。
「あら、今から起こそうかと思ったけど、そんな必要なかったわね」
そう言って振り返りリングへ戻っていった。自分もリビングへ入ると夕飯が用意されていた、父は仕事でいつも帰りが遅いので夕食は自分と母とおばあちゃんだけだ二人はもう席につき、自分を待っていた。
「ほら座って、食べましょ」
席に座り
「いただきます」
と言い、食事を始めた。
「あら、帰ってきた時に言手た左手のそれ、なんなの?」
翔太の左手を見ながら母がそう言った。おばあちゃんはなぜかこの手を凝視している。
「なんだいそりゃ、変なことになってるじゃないの」
「わからないんだ、神社に行ってからこうなったまま」
翔太がそう言うとおばあちゃんは席を立ち、リビングの棚の引き出しからお守りを取り出した。
「翔ちゃん、何かあったらこれを握りしめるんだよ、わかったね?」
そう言ってお守りを翔太に渡すと、何事もなかったかのように箸を持ち、食事を続けた。
「何か知ってるの?」
翔太がそう言うとおばあちゃんはこっちを向き、こう言った。
「いいかい?何があったかは知らないけど、危ないことには関わっちゃいけないよ、危険だと感じたらそれを握りしめて祈るんだ」
「う、うん」
やはり何かあるんだな、あんなの触らなきゃよかった……今更後悔してもしょうがない、明日神社へ行って話を聞いてこよう。夕飯を食べ終わってしばらくテレビを見た後、風呂へ入り、自分の部屋へ戻ってあの手紙を読み返すと、そのままバッグにしまった。
なんだか疲れた、もう一回寝よう、その日はベッドへ入りそのまま間眠りについた。
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