第26話「魔獣使い」

“ありえない”

心の中がそう叫びながらローブを目深にかぶった男は森の中を逃げ走る。

「やはりお前だったか佐伯」

どこからか呼び止める声がすると、目の前に筋肉質のガタイのいい男とすらっとした長身の女性そして少年が行く手を塞ぐ。

振り返ると、そこには金髪の少女を連れた見知った顔の男が立っていた。

ローブの男、佐伯克朝は、「ひッ!」と、声を上げてその場に尻をついて仰け反る。

「う、うじょう⋯⋯なのか?」

見知った顔のはずなのに、雰囲気が異なるクライム・ディオールに、佐伯は同一人物であるのか躊躇した反応を見せる。

「クライムだよ」と、イリスが不満そうな顔で返す。

「は?」と、キョトンとした顔をする佐伯に、クライムは「佐伯、どうしてお前があの村を襲う」と、問いかける。


***

中学のときだったかな⋯⋯

クラスのカーストは下の方だったけど、休み時間は同じ派閥の男子たちで

机の上に座りながら携帯ゲームやってたっけ。

卒業式の写真には友達とちゃっかりピースなんかして写っている。

それなりに学校は楽しかったんだと思う。

この頃から右条晴人はなんとなく目障りだった。

30人はいるクラスの中でひとり、誰とも交わらず机に俯して寝ていて、こいつを見ていると

常々何が面白いのかと感じていた。

俺はこいつがいるからクラスの底辺じゃないことは自覚していた。

だから余計こいつのようにはなりたくないと感じていた⋯⋯


***

「俺はウォーリアーだ。雇われれば誰とだって戦う傭兵。今回も頼主の依頼に応えただけだ」

「紫芝と同じか。それで依頼主は誰だ?」

佐伯は声を震わせながら「は? お前に言う訳ないだろ」と返すと

クライムの蔑んだ目が佐伯を見下ろす。

「なんだよ、別にこれから死ぬ奴が知る必要あるのか? 」

小心者と知られた佐伯だが、こいつにだけは見下されたくないという自尊心が精一杯の抵抗を見せる。

「こいつクライムをバカにしているキライ」

「ハハ⋯⋯これで死んじまえよ」

虚勢を張る佐伯はローブをめくり、右のこめかみから額にかけてできた紋章を露わにする。

すると暗い木々の間に10個の紅い光が灯る。

紅い光はゆっくりとこちらへ近づいてきて陽射しが差し込むとオークの姿が現れる。

5匹のオークは荒い鼻息をふかしながらクライムたちを取り囲み、紅く鋭い眼光を送る。

「この子たち完全に理性を失っているね」

「しっかり操られてますぞ」

「どうだ右条ぉー!ビビるだろ。屈強なオークたちだ。お前がどんな顔してたかわからなくなる程度に遊んでやるよ」

クライムは佐伯の挑発に冷めた表情でため息を吐く。

「セレス姉さん!」と、クライムが手を挙げるとセレスは澄ました表情で「はいな」と答えて高くジャンプする。

セレスは前方へ宙返りしながらその姿を刃渡り2mはあろう日本刀に変え、クライムの手におさまる。

クライムはセレスを手にした瞬間、佐伯の視界から姿を消す。

そして瞬間移動のようにオークの目の前に現れては1匹、2匹と、オークの首を跳ねてゆく。

死角から殴り掛かってくるオークの拳には、戦車の装甲に酷似した鉄の盾が対処する。

「オッドを叩けばそいつの拳は終わりだ」

鈍い金属音が響くと、オークは驚いた鳴き声をあげて腕をだらんとさせる。

しかし、そのオークは攻撃をやめない。

佐伯のチート能力はあらゆる獣を操ることができる。

オークは操り人形と化し、痛みは鈍化している。

今度は反対の腕で殴りかかってくる。

クライムは、哀れんだ目を向けてオークの首を跳ね飛ばした。

オークがあっけなく倒されてゆく光景に、佐伯は細身の体を震わせながら後退りをはじめる。

自信作であった“ゴライゴン”が一撃で倒された時の光景が佐伯の頭を過ぎる。

「もしかしてあの時の白髪は右条⁉︎」

「だからクライムだよ」と、イリスが憤る。

殺されるーー

焦燥が佐伯の全身を駆け巡る。

白髪の男に肥後尊が躊躇なく殺される光景を目の当たりにした。

後藤駿平が右条晴人に殺されたという噂が本当だったと確信に変わる。

すべてが死という恐怖に変わる。

「こ⋯⋯殺されてたまるか、お前なんかに!」


***

俺は人一倍臆病だから、クラスでも浮きたくなくてクラスの奴との付き合いも心のどこかで無理していた。

それは高校生になって同じだ。

本当はひとりでゲームに没頭したいし周りの奴らにペースを合わせるのにも気疲れする。

それなのに右条は平然と我が道を行く。クラスで浮いてても気にしない。

なのに声をかけてくれる女子はいる。

俺はどこかでこいつを羨ましいと思っていただから気に入らないんだ。

今なんてボッチだったくせに仲間作って、俺を見下した目で見ていやがる。

本気出せば、カーストは俺より上だってか。

本当ムカつくぜ、右条⋯⋯


***

佐伯は空に向かって掌を翳す。

森の中で生息している鳥たちが次第に集まり出してくる。

やがてそれは大きな塊を生み、空を黒く染め上げる。

「あいつらをついばめ!」

鳥たちは一斉にクライムたちへ襲いかかる。

「そうだ。その勢いだお前たち」

鳥の群衆はクライムたちを覆い尽くして黒い山を形成する。

「さっさと右条を喰い尽くしてしまえ!」

数分、いや数秒だろうか⋯⋯黒山に変化はない。

佐伯は“やったか”と白い歯をのぞかせる。

そうした途端、連続した乾いた音が鳴り響く。

「なんだ⁉︎」

群がっていた鳥も一気に拡散する。

見えてきたのは両腕にガトリングを装備したクライムの姿。

クライムはけたたましい機械音を轟かせて四方八方にガトリングをぶっ放す。

「は? なんでそんな武器持ってんだよ⋯⋯意味分かんねぇ。卑怯だろ」

佐伯は狼狽しながらも次の手を繰り出す。

今度は大型のオークを呼び出した。

刺々しい鉄製の金棒と鋭くたくましい牙が特徴のオーク。

「こいつにはオーガの細胞を混ぜた。パワーも凶暴さも桁違いだ。なんて言ってもスピードもある。

俺の能力はモンスターを操るだけじゃない。作ることだってできる。観念しろ右条」

「だからクライムだってば」

「勝てると思うとイキリ散らしてベラベラよくしゃべる」

「はぁ? 右条みてぇなキャラが調子に乗っているのが一番ムカつくんだよ!潰れちまえ」

佐伯がクライムを指差したと同時にオークは金棒を振り下ろす。

「来い!イリス」

クライムが手を差し出すとイリスはメイスに姿を変える。

激しい衝撃音とともに土煙が舞い上がり、地面が大きく陥没する。

「ハハハハ。どうだ右条、俺の最高傑作のオークは? あー、もう死んじまったから答えられないか」

片付いたと佐伯はすっきりした気分でその場を離れようと振り返る。

と、同時に大きな違和感が去来する。

オークの様子がおかしい⋯⋯

もう一度振り向くと、オークが握る金棒が徐々に押し戻されて来ていることに気づく。

「まだ戦っているのか⁉︎ まさか!」

土煙が晴れると、クライムはメイス一本それも片手でオークの金棒を受け止めている。

“むしろこっちが押し負けてるのか? ありえないだろ”

クライムは表情ひとつ変えないまま金棒を振り払う。

同時にオークは巨体を後ろに大きく仰け反らせる。

そして頭上高くまでジャンプしたクライムはメイスをオークの頭に叩きつけてトドメを刺した。

倒れたオークの腹部の上にメイスを肩に担いで立つクライムの姿を佐伯は畏怖を抱いて見上げる。

そしてクライムは標的を見る眼差しを佐伯に向ける。


***

オークを倒した直後、喜びに浸る間も無く、私たちは田宮さんとの戦いでケガをした東坂君、あかね、葉賀雲君を

河川敷まで運んで手当を施している。

今回のオーク討伐で15人以上のケガ人を出した。だけど死者が出なかったのが幸いだ。

「葉賀雲君の影分身が無かったら死んでたぜ⋯⋯」

東坂君は、田宮さんの攻撃が被弾する直前、葉賀雲君がつくった分身によって直撃を免れたと話す。

何はともあれ無事で良かった。

しかし田宮さんもかなりレベルアップしていた。

しかも地形を変えてしまうほどの攻撃力があるなんて⋯⋯

私はまだはじまったばっかだ。気後れしている場合じゃない。

「にしてもすっかり穴が空いちゃったな」と、東坂君は壊れた柵を気にかける。

「次のオーク襲来に備えてなおします」

ミザードさんはオークを倒したという喜びに浸ることなく、冷静に次のことを考えているようだ。

「しかしながらイモークさんが子爵の手先と見抜けなかったのは私の失敗です。申し訳ございません領主様」

「頭を下げないでください。ミザードさん」

「つまりは、イモークとかいう大工はハンク領がこの村に攻め込むための大義名分を作るために送り込まれたってことだな」

「おそらくは。あれだけの木材を用意よく運んできた時点で怪しむべきでした」

レルク君はハッとした表情で根本的な謎に気づく。

「だとするとオークはどうなるんだ⁉︎ ハンク子爵はオークともつるんでいたことになるぞ」

「確かにオークが攻めて来なかったら、我々は木材を必要としない。そうなれば領内の木材が盗まれたという大義は成立しない」

「だけどオークが無暗に人と接触するとは思えない」

この場の全員が頭の中で推理を巡らせていると、村人が駆け込んでくる。

「森からまた誰か来やがった!」

私たちは一斉に立ち上がって何者か現れたというところまで駆けて行く。


***

川挟んで向こう側、対峙したのは見知った顔の人物たちだった。

「ハ⋯⋯」

イリスって娘の視線が出かかったその名を押しとどめる。

「クライム⋯⋯」

彼は手にしていた黒い物体を私たちの方へ放り投げる。

ドサッと落ちた黒い物体を見やると頭部だけになった佐伯君だった。

私とあかねは思わず悲鳴を上げた。

「佐伯ッ⁉︎」

「これでわかっただろ」

「答え教えるなんてクライム甘すぎ」

「たしかに佐伯の能力があれば合点が行く⋯⋯しかし」

東坂君は悔しさを滲ませて開いたままになっている佐伯君の瞼を閉じてあげる。

「月野木はここで委員長ごっこやっているのがお似合いだ。せいぜいおとなしくしていろ」

!ーー

まただ⋯⋯

「おい待て、ハルト」

「ハンクとかいう貴族は俺の獲物だ俺が潰す」

そう言ってハルト君たち5人は森へと引き返して行った。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る