第25話「初陣」

影ー シャドウ ー

それが葉賀雲 影家のチート能力。

全身を影というあいまいな物体に変化させ、それは水墨画を描く墨が

紙の上を走るように相手の目の前を過ぎて、そして淡くひろがり相手を翻弄させる。

物理攻撃も無効化するその能力によって、相手の死角に回り込み

ほんの一瞬、実態化させたクナイで相手の急所を襲うーー


だが、相手は田宮理香。

彼女のチート能力は絶対防御。

紋章の力が生み出すアクリル板のように透明なシールドが彼女の全身を覆っている。

葉賀雲のクナイが火花を散らして弾かれると、間髪入れずに東坂慎次の雷撃、東堂あかねの

氷柱の雨が浴びせられる。

舞い上がった土煙りからあらわれてきた田宮理香の姿はまったくの無傷である。

「ダメージゼロ⋯⋯」

「やっぱり田宮じゃ全部防いじまうか⋯⋯」

「擦り傷ひとつないって感じね」

田宮理香は舌を舐めずり不敵な笑みを浮かべながら佇んでいる。

「ねぇ、私はただ防ぐだけで攻撃はできないって見くびってない?」

「あんなどデカイのかましといと何言ってやがんだ」

「さっき見せたの攻撃じゃないの。上空に出現させたシールドをあの土手に落としてぶつけただけ。

盾だって殴ればそれは鈍器。当然よね」

「何を企んでいやがる」

「フフン、だいぶ蓄積されたみたいね」

そう言って田宮理香は自身を覆うシールドに手をあてて摩る。

「ねぇ、攻撃は最大の防御って言うじゃない? ごめん。私の場合、逆なの。

“防御は最大の攻撃よ!”」

田宮理香が叫ぶと全身を覆うシールドにバチバチと電気が走り、冷気を帯びはじめる。

「反動⋯⋯それが私のシールドに備わった能力よ。受けた攻撃や衝撃は吸収して蓄積する。

そしてそれが反動となって相手にお返しするの。あなたたちの攻撃は便利ね。一撃で仕留められるわ!」

東坂が田宮理香の言葉の意味を理解しハッとなった瞬間、放たれた衝撃がウィギレスの3人を飲み込んで、

ドーム状の爆発が丘の上に広がる。


***

ーー5日前

「お口添えいただきありがとうございます」

クロム・ハンク子爵は、知事屋敷(旧エルドルド屋敷)を訪れ、稲葉新太郎を前に深々と頭を下げて子爵に取り立ててもらった礼を申し上げる。

「ネルム家を滅ぼした礼だ。なぁ、どうしてあんな小さな村に拘るんだ?」

「かねてより邪魔なんですよ、あの村が。この屋敷がある中心街までの最短経路になるのに、あの村があるせいで我が方は迂回をしなくてはならない。

あそこを広い道にして、この屋敷と直線で結めば、交易が盛んになり、この地域全体が豊かになると思います。そうなれば戦(いくさ)で傷ついたこの領内の復興も早いかと考えます」

「なるほど、面白いな。 俺もちょっとしたゲームに参加して、リグリットとかいうあの村を本気で潰したくなった」


***

巨大な斧が降り降ろされる。

村の人たちが不眠不休で作った柵は、2発、3発と大型オークの攻撃に耐えた。

4発目ー

斧が柵に食い込み、刃の先が私たちの側へ顔を出した。

割れ目ができたらあとは早い。

5発目、6発目⋯⋯ついに柵がバキバキと音を立てた。

顔をのぞかせたオークの目は紅く狂気に満ちた光を放ち、荒い鼻息はスチームのように

勢いよく噴き出して辺りを白く包み込む。

「やはりか⋯⋯」

剣を手に身構えるミザードさんの額に焦燥する汗が滲む。

「こいつから知性や理性を感じられない。この間の3匹と同じだ」

猿が進化して知性や言語を持ったのが私たち人種なら、オークは豚が進化して知性や言語を持った存在。

見た目は違えど、知性と言語を持った存在なら、対話で時間が稼げるかもしれない。

ともすれば今回のような襲撃はボタンの掛け違いかなにかの誤解で話し合えば解決できることかもしれないと、

淡い期待をしていたけど間違いだった。

ミザードさんの切り替えは早い。後方にいる人たちに手で合図を送り、一斉に弓矢を射らせる。

矢は、私とミザードさんの頭上を飛び越えて、オークの防具に守られていない箇所に次々に刺さる。

よし、このまま柵を乗り越えさせない。

しかし、オークは止まることなくそのまま柵を越えようとしている。

どうやら硬い筋肉に守られていて、刺さった矢はダメージを与えられていない。

些細な抵抗に過ぎなかった。大型オークはついに柵内へと入ってきた。

「うおぉおお!」

今度は槍と剣を持った部隊がレルク君を先頭に大型オークへ突進していく。

レルク君が身につけた防具と剣はお父さんの形見と話していた。

大型オークは、間近で見るとさらに大きい。

私なんて身体が動くより先に恐怖の方が先行してしまう。

だけど、レルク君は仇を討ちたいという執念が恐怖なんて感じている隙もなく身体を突き動かしているんだ。

思い返せば王都ではじめて出会った時もそうだったけ。

対する大型オークは右、左と、モグラ叩きのように斧を降り下ろして攻撃してくる。

斧が地面に叩きつけられる度に衝撃と地鳴りがして、その破壊力が伝わってくる。

私だっていつまでも怖気付いちゃいられない。

見ていて気づいたことがある。

あれだけの巨体。やはり動きが遅い。

振り下ろされてくる斧だって遅いからみんな避けて対処している。

気をつけるのは弾かれて飛んできた小石だ。

私は陸上部で地区大会優勝している。走りには自信がある。

身体を前かがみにして、剣先を斜め後方に下げる。

深く吸い込んだ息を吐き切って、一気に走り出した。

「領主様!」

ミザードさんが呼び止める。

だけど振り向かない。心が折れるから。

私にも策がある。

速度を緩めず一気に曲がって、大型オークの背後に廻り込む。

狙うはアキレス腱。

ゲームだけど、大型モンスター討伐の経験はある。

だからイメージはできてる。

一太刀、二太刀⋯⋯

やった! 攻撃を与えることに成功した。

次は右のアキレス腱。

三太刀、四太刀、どうだ⁉︎

アレ⋯⋯

大型のオークのアキレス腱には傷ひとつない⋯⋯どうなってる?

確かにこの手には物体を斬ったという感覚が残っている。

それより大型のオークが私の方を向いてロックオンをした。

こうなったら高くジャンプして、オークの目にこの剣を突き立てよう。

そうすれば怯むはずだ。

⋯⋯

ダメだぁ⋯⋯そんなに高くジャンプなんてできない! 走り幅跳びの成績はよかったけど!


ーーその時だ。

見上げる私の頭上を太陽に照らされた黒い影が高く飛ぶ。

そして両手で握りしめた剣を、斧を握るオークの指に突き刺した。

そして大型のオークは吹き出す血とともに悲鳴をあげる。

レルク君がはじめて、このオークにダメージをあたえた。

「何やってんだ領主様」

「はは⋯⋯ごめん」

やっぱり異世界の人たちの身体能力は並外れている。

「いちおう、アキレス腱を攻撃すればオークが動けなくなるって考えて攻撃したんだけど⋯⋯」

「何やってんの効いてないじゃん。剣はブンブン振り回すんじゃなくて、腰を入れて落とさないと」

うっダメ出し⋯⋯

「はい⋯⋯」

「次でトドメだ」

レルク君は剣先をオークに向けてどっしりと構える。

オークも斧を大きく振りかぶる。

動きが遅い大型のオークではその動作は隙が生まれる。

レルク君もその瞬間を見逃さなかった。

颯爽と飛び出した瞬間、オークの左拳がレルク君を襲う。

フェイント⁉︎

「レルク君!」

飛ばされたレルク君に駆け寄る。

小さく呻き声をあげているが意識はある。

安心している場合じゃない。

大型のオークはすでに私たちに向けて斧を振りかぶっている。

さっきの攻撃⋯⋯理性無く暴れているようであるのか? わからなくなってきた。

ええい、もう迷ってられない。私は覚悟を決めた。


ーー


”パンッ“と、乾いた音が河川敷に響いた。

そこからしばらくの静寂が漂うと。

眉間から血を流した大型のオークは、ゆっくりと後方に倒れた。

「なんだよ領主様! 魔法使えるじゃねぇか」

さっきまでうずくまっていたレルク君が飛び起きる。

「当たった⋯⋯」

私の両手に握られたピストルの銃口から煙が立ち登っている。

思わず両目をつぶってしまったのに当たるなんて⋯⋯

唖然としていた周りの人たちは我に返り「うぉおおお」と、一斉に歓声をあげる。

ミザードさんも「やった、やった⋯⋯」と、小さくこぼして、嬉し涙を滲ませている。

私はなんだか、全身の力が一気に抜けてボーッとした気分だ。


***

「クライム。あの女に甘すぎ」

銃口に煙を立ち昇らせた拳銃(ライル)を手にしたクライム・ディオールとイリスが

木の高いところにある太い枝に立って、歓声に沸く河川敷を見下ろしている。

「見ちゃいられないだろ」


つづく














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