第3章 ハズレ領主月野木天音と異世界の民
第22話「動乱の新天地」
走る馬車の車窓から入ってくる風がなんとも心地よい。
髪を短くして露わになった首筋にひんやりとした涼しさを伝えてくれる。
私とあかね、東坂君、葉賀雲君のウィギレスメンバー4人は、目的の場所まで3日以上かかる道のりを馬車に揺られて進む。
この移動時間は私たちにとって束の間の休息となった。
異世界に来てはじめてであろう落ち着いた時間をまったりとしつつ、4人でくだらない話をしながら盛り上がっていた。
「なぁ、葉賀雲の能力ってどこまでがチート能力で、どこまでがお前本来の能力なんだ?」
「ああ、私も気になってた」
たしかに葉賀雲君の謎は気にはなってはいたけど、なんとなく触れちゃいけないのかなと遠慮していた。
時間を持て余したノリで東坂君とあかねはストレートに尋ねる。
「それは企業秘密ーー」
葉賀雲君は“ボンッ”と出た煙とともに一瞬で姿を消す。
案の定、答えてはもらえなかった。
消えた葉賀雲君はきっとこの馬車の屋根の上で寝そべっているんだろう。
「やっぱ葉賀雲ってすげーな」
今のは向こうの世界にいた時から何度か見たことあるから本来の能力だ⋯⋯
それにしても車窓から見える山々の緑が綺麗だ。
こんな落ち着いた時間がいつまでも続いてほしい。だけど私たちはある少年の依頼に応えるべく旅路を進む。
***
回想
陥落したウェルス王国の王城に入城するニュアル・ウルム・ガルシャード女王陛下の警護のため、
私たちウィギレスメンバーはウェルス王国の王都へとやってきた。
商いをする店舗が軒を連らねる通りでは、往来する人々でごった返している。呼び込みをする商人と買い物を楽しむ客たちの声が入り混じる喧騒が、
最近まで戦争していたと思えないほどの賑やかさを見せている。
これもウェルス王国の王様が、敗戦の色が濃厚となった段階で無血開城を選択してくれたおかげだ。
王都は戦火に包まれることなく日常が維持された。
王城に到着後、私たちウィギレスは門前の警備を任された。
王城のバルコニーに姿をあらわすはずのニュアル女王をひと目見ようと門前にはすでに大勢の人集りが出来ている。
しかし、ウェルス王国軍の残党がこの人混みの中に混じり、ニュアル女王を狙ったテロを起こす可能性がある。
私たち4人は周囲に目を光らせながら警戒を強める。
「ちょっとどいてくれよ!」
人混みを強引に掻き分けて少年が最前列へと出てきた。
「そこの青い人たち! 頼むから女王様に合わせてくれ」
少年が私たちに訴えかけながら近づいてくる。
そして、少年の後に続くように剣を手にした男たちが前へ出てくる。
「王国軍の残党か」
周囲の悲鳴が交錯する中、東坂君は男たちに向かって手のひらを突き出すと、
男たちの持っている剣が剣先から地面に引き寄せられて“ガキン”と音を立ててくっついた。
「なんだこれ? 持ち上がらないぞ!」
「ひっ⁉︎ 地面にくっついてる!」
「どうなっていやがる⁉︎」
東坂君はチート能力で雷を地面に通して砂鉄に強力な磁力を発生させている。
男たちが戸惑っているうちに、葉賀雲君が背後に忍び寄り、首筋に痺れ効果のある毒針を刺す。
瞬く間に男たちはその場にへたり込み無力化に成功した。
「お前も仲間だな?」
東坂君は、先陣きって出てきた少年の襟首を鷲掴みして持ち上げる。
「違う! こんなやつら知らない」
「嘘をつくなよ。ガキンちょ」
「俺はガキじゃない! もうすぐ15だ、大人だッ!」
「だからどうした?」
「離してくれ。俺は女王様にお願いがあるんだ」
必死に抵抗する少年はさっきの男たちとは雰囲気が違う⋯⋯
「東坂君、離してあげて」
“ハッ”とした私は止めに入る。
「どうしてだ?月野木」
「この子、さっきの男の人たちとは様子が違うの。私たちに何か大事なことを伝えようとしている気がする」
東坂君がパッと手を離して、少年はお尻から地面に落ちる。
「イテテ⋯⋯」
「ねぇ、聞かせて」
話しかけると少年は戸惑った表情で私の顔を見つめる。
「え?⋯⋯」
***
「ジェネラル鷲御門、お前にこのウェルスを任せる」
「はっ」
玉座に座る女王陛下とその傍らに立つギールさんを前に鷲御門君はひざまづき、頭を深々と下げた。
そして、陽宝院君、紡木さん、露里さん、篠城さん、東坂君、私の7人会議メンバーは大きな拍手を送る。
これで謁見の間での必要な儀式がすべて終わった。
「ようやく終わった?」と、見計らってあかねと葉賀雲君が先ほどの少年を連れて入ってくる。
「何事?」
すぐさま紡木さんが反応する。
「この少年が女王陛下にお会いしたいと門の前で騒いでいたので私がここへ連れてくるのを許可しました」
「月野木さん何を考えているの⁉︎ 会いたいというだけで御目通りを叶えていたら、女王陛下の権威が下がるのよ」
「紡木さんごめんなさい。この子にのっぴきならない事情がありそうだったからつい⋯⋯」
「はぁ? たったそれだけで。この少年がテロリストだったらどうするの?」
「まあ、ここまで連れてきてしまったんだし、よしとしよう」
「陽宝院君は相変わらず甘いのね。月野木さんに」
「女王陛下の御前だ。それにこんな晴れの日を荒したくないんだよ、僕は。月野木さんも、国家の沽券や安全に関わるような独断は今後慎むように」
「はい⋯⋯」
「それでどうしたんだい?」
「俺はリグリット村のレルク。伯爵のエルドルド様が居なくなって、これまで大人しくしていたオークやいろんな亜人族たちが暴れはじめたんだ。
それどころかエルドルド様に仕えていた貴族たちまで互いに領地の奪い合いをはじめてもうめちゃくちゃなんだ。新しい王様たちなんとかしてくれよ! このままじゃ俺たちの村が焼かれちまう⋯⋯」
「戦争が終わっても各地で混乱が起きているのは承知しているよ。それをこれからどうやって平定していくのか、このあとの会議で決めていくところなんだ」
そう言って陽宝院君は、興奮するレルク君を鎮めるように彼の頭を撫でた。
「そういうわけで、このまま御前会議をはじめよう。よろしいですか? 女王陛下」
女王陛下は、頬杖をついたまま静かにうなずく。
「東堂君、彼を連れて外に」
「はい」
あかねとレルク君を謁見の間から出て行かせると鷲御門君がまず口を開く。
「エルドルド支配地域は、すでに稲葉たちに任せている」
「だけど鷲御門、亜人たちが暴れているんだったら稲葉たちだけで大丈夫か? 俺たちも力を貸した方が良くないか?」
「そうだね。もしかしたら稲葉君たちにとっては想定外の大役になってしまったかもしれない」
「せっかく稲葉君に任せたんだから稲葉君を信じましょう」
「私たちもそう考えます」と、露里さんと篠城さんも紡木さんに賛同する。
「それに稲葉君がもしエルドルド支配地域を鎮めたら7人会議のメンバーに加えるってのはどう? 彼も張り切ると思うの」
「紡木君、君はどうしても月野木君をこの場から遠ざけたいようだね」
「当然よ。戦えもせず、貢献できるチート能力もない人をいつまで国家の中枢に置いておくの。自滅したいわけ?」
「自重するんだ、紡木君。7人会議の構成をどうするか判断するのは女王陛下だ」
「勝手にせい。だが、より優れたものが国を動かしていくことはよきことと思うぞ」
「こういうのはどう? 月野木さんには先ほどの少年の村の領主になってもらうの。それで稲葉君と月野木さん。どちらが早く混乱を鎮めるか勝負するのよ」
「勝負? ふざけているのか。領国民の命が掛かっているんだ。そのようなときではないだろ」
「だけど、陽宝院。競い合わせることで効率があがり早く解決することもある。月野木もここで成果が残せれば美桜も納得する」
「鷲御門⋯⋯」
「月野木のためだ」
陽宝院君は、しばらく考え「わかった」と答える。
「月野木君、君はどうする? 拒むならこのまま7人会議から降りることになるぞ」
「もちろん。受けてたちます! 彼をここに連れてきたのは私です。私に責任があります。やらせてください」
「決まりね。陽宝院君、月野木さんたちへの後方支援はOKということにしておきましょう」
「いいだろう」
***
リグリット村では、長老の屋敷に村を守る若者たちが集まっている。
「長老! レルクが新しい領主様を連れて来るんだって?」
「ああ⋯⋯そのようだ。レルクからの手紙にはそうある。だけど知事様のところに行って聞かされた話によればやってくるのは戦(いくさ)で戦えもしない領主だと⋯⋯」
「え⁉︎ マジかよ⋯⋯レルクの奴、王都まで行って役立たずを掴まされたのかよ」
「とんだハズレ領主じゃの」
***
こうして私は、領主としてリグリット村へ向かうことになった。
この先、“ハズレ領主”と、言われているとも知らず。私は馬車に揺られながら期待に胸を膨らませるのだ。
つづく
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