第21話「冒険者右条晴人の追放」

「君がくれたウルマンタイト鉱物の情報はダルウェイル国との交渉に役に立ったよ」

陽宝院は、ミーティング棟の一室で俺と顔をあわすなり感謝の言葉を述べた。

ウルマンタイトは俺が武器屋の親父から勧められて購入した剣に使われている素材だ。

剣を見せたときにルーリオから教わった話によれば、特定のモンスターの体内から取れる希少な鉱物で非常に硬く、それでいてしなやかさを兼ね備えているため折れにくいという性質がある。

そのため高価な武器にのみ使用されているという貴重な素材だ。

ベヒモスのような硬い表皮を持ったモンスター相手でも、刃こぼれなく簡単に斬ることができたのも頷ける。


「どうしてこいつらもここにいるんだ?」

仕入れた異世界の情報は陽宝院のみに報告するという約束になっていたはずが

陽宝院を上座にテーブルの両サイドには鷲御門、東坂、紡木、露里、篠城、そして月野木が座っている。

「7人会議だよ」と、陽宝院が答える。

冷静に考えれば生徒会役員とクラス委員を集めた面子かとなんとなく腑に落ちた。

「今後はこの7人が中心となって、エルム国を動かしてゆく」

「エルム国?」

ひと月ぐらい経っただろうか⋯⋯

顔つきもそうだが、ひさびさに戻ってみるとクラスの雰囲気が様変わりしている。

みんなレベル上げにいそしんではいるが、楽しむ余裕をなくしてどこか殺伐とした空気が漂っている。

「君には報告してなかったね。ダルウェイル国国王からこのエルムの森を領地としてもらった」

「そ、そうなのか⋯⋯」

「ところで君は随分とこの世界に馴染んでいるようだね」

と、陽宝院は視線を落とす。

「ああ!この格好か。親しくなった武器屋に作ってもらったんだ。似合うか?」


ーー


なんだこのみんなの冷ややかな視線は⋯⋯

とくに紡木なんて眉をピクつかせながら俺を見てる。

もしかして滑ってる?

「ところで急に戻ってきてどうしたんだね?」

「そうだ、頼みがあって戻ってきたんだ」

「頼みとは?」

「報酬額が大きいクエストを攻略するにはパーティーが必要だ。東坂と東堂と月野木を連れていきたいんだ」

「⁉︎」

このとき、常に余裕そうにしている陽宝院の顔が強張るのがわかった。

「ひとりでこなしていくのに限界があるのはわかる。だけど、どうしてその3人なんだ?」

「俺たちは同じゲームでプレイしていた。阿吽の呼吸っていうか。互いの攻撃パターンが

分かっているから連携も取りやすい。攻略がスムーズになるんだ」

「東坂君と月野木君は7人会議のメンバー、この国をまとめるのに必要だ。それに彼女は戦えない」

「街にいる冒険者たちは普通の人間ばかりだ。俺たちと同じ力がなくても月野木ならやっていける」

「陽宝院君、私は大丈夫だよ」

「ちょっと過保護過ぎ」

月野木に続いて紡木も援護してくれた。

「紡木君、君が指名されていたとしても僕は反対するよ。右条君には人の命を預かるという責任が感じられない。僕がエルム国をつくった目的はクラス全員が元いた世界に生きて帰ることだ。

この国は、クラスを異世界人から守るための安全圏なんだ」

「俺は正直、この森を出るべきだと考えている。

異世界人は敵じゃない。ルーリオっていう異世界人の友達もできたんだ。

この異世界に溶け込んで暮らすんだ。ここに閉じこもってかたまってたって何もはじまらない」

「敵だよ」

「⋯⋯え?」

返す言葉を失いかけた。

「どうやら君とは見てきたものが違うようだ。僕と鷲御門はあの国王の目を見た。

残念だが、異世界人はそんなに優しくないよ。排除しようと常に僕らの命を狙っている。

今の君では無暗にクラスメイトを危険に晒すだけだ。君にクラスの誰ひとり預けるわけにはいかない」

「陽宝院⋯⋯」

「君との話し合いはここまでだ」


***

結局、断られてしまった⋯⋯

ため息混じりに、ひとり街に戻るため、日が暮れた山道を歩く。

あの後も、活気付くハクアドルの街の様子やギルド、クエスト中といった場面で冒険者たちと交流する楽しさを伝えたけど受け入れてもらえることはなかった。

どう話せばよかったのか⋯⋯頭の中が悶々としながら背中を丸めてしばらくトボトボと歩いていると、背後から迫ってくる気配を感じた。

剣を引き抜きながら振り向きざまに振り払うと、剣先にあてた火球が弾かれて沿道で爆発する。

「誰だ⁉︎」

「やるじゃん。右条」と、ヘラヘラ笑いながら稲葉新太郎(いなば しんたろう)、阿久津誠(あくつ まこと)、後藤駿平(ごとうしゅんぺい)が木々の間から姿をあらわす。

そして、俺の行く手を塞ぐように紡木まであらわれた。

「私は確信した⋯⋯」と、紡木は俺がミーティング棟の一室から出たあとのことを話しはじめる。


***

「ねぇ、陽宝院君⋯⋯」

「どうしたんだ紡木君」

「どうして私たちがこの異世界に連れて来られたのか考えたことある?」

「もちろんだ。だけどその答えは未だに見つけられていない」

「右条よ。私は確信した。右条のせいで私たちはこの異世界に連れて来られた」

「どうしてそう思うんだ?」

「見たでしょ? 右条の格好。冒険者だとか、モンスターの討伐だとか、嬉しそうに話しているあいつの顔。

思い出すだけで腹立しいわ。どうせあいつが望んだのよ。好きなゲームの世界に行きたいって、それに私たちは巻き込まれたのよ」

「よせ、確証もないのに邪推で右条を責めるな」

「だっておかしいでしょ、凌凱! この世界のこと真っ先に理解していたのはあいつよ。あいつが何かしたのよ」


***

「言い掛かりだ!」

「許さない、許さない、あんたのせいで、お母さんやお父さんに会えなくなった。あんたのせいで楽しかった日常が奪われた。

あんたを殺せば私たちは帰れると仮説を立てたわ。帰れないとしても陽宝院君の甘い考えが変わるのならそれでもいい」

稲葉たちは、ニヤニヤと俺を蔑んだ表情をしながら俺を取り囲む。

相変わらず嫌味な連中だ。稲葉たちは教室で俺によく絡んできた。異世界に来てからそれがなくて安心していたんだが⋯⋯

「右条みたいなキャラが調子乗ってんのが一番ムカつくんだよな」

「モンスターを倒すとき、偉そーに田宮や椿に指示出してんの。見ててうざかったわ」

「まぁ、この世界に慣れるまでは、キモいけど詳しそうな右条の言うこと聞いてるしかなかったし、だけどもう慣れちまって、用済みだからここでボコらせて貰うわ」

ジリジリ詰め寄ってくる4人に気をとられていると、不意をついて、稲葉の背後からサソリのような尻尾が襲いかかってきた。

咄嗟に剣でそいつを弾き返して無力化する。

⁉︎ これは稲葉の毒系の攻撃⋯⋯全身の数カ所からさっきの毒針を持った尻尾を飛び出さすことができる。

⋯⋯どうやら驚いているのは俺だけじゃないようだ。

「どうなってんだよ。今のは触れただけでも皮膚がとろける毒だぞ⁉︎」

今度は後藤が「死ねぇ!」と、手のひらから火炎放射器のように炎を噴きだして攻撃してきた。

炎が俺の全身を飲み込む。だけど俺には通用しない。

発動した紋章が炎を消し飛ばす。

「俺のもかよ⁉︎ どうなってんだお前の力」

「黙っていたけど。俺の紋章は、他の紋章による属性攻撃を無効化する」

「は?何ソレ」

「右条のクセに舐めた能力しやがって。つーかよー、属性攻撃が効かねぇんだったら、あとは単純に力の差だけだろ?

力が等倍なら、いつものじゃれあいと同じってことじゃねぇーか」

「⁉︎」

しまったーー

気づいた瞬間、稲葉の拳が俺の腹に減り込んだ。

鈍痛が俺の内臓から全身へ広がる。

「グハァ」

体内の内容物が全て吐き出たような気がした。

そして膝から崩れ落ちる。

「なあ右条、異世界人の友達できたんだってな。俺たちにも紹介してくれよ。同じようにいじってやるからさ」

「ふざけるな⋯⋯稲葉⋯⋯ルーリオはお前たちなんかにやられるようなやつじゃない」

「は? 意味わかんねぇんだけど。あいかわらずキモいな」

稲葉はそう言って俺の髪を鷲掴みにして引っ張り上げた。

「いいか。俺たち鷲御門派は、異世界人を片っ端から皆殺しにすると決めたんだ。ルーリオとかいうのも一緒だ」

「殺すな⋯⋯俺たちは異世界人たちの中で一緒に暮らしていくべきなんだ」

「ふざけるな。じゃないとこっちが奴らに殺されるんだよ。まぁ、お前が俺たちまで異世界に連れて来なかったら、異世界人も俺たちに殺されることはなかったのにな」

「俺のせいじゃない⋯⋯」

「全部お前のせいだよ」

俺は木々の向こうにまだ人の気配があることに気づいた。

10人以上はいる。そうか⋯⋯アレが鷲御門派のクラスメイトたちか。

みんな異世界召喚は俺のせいと思って集まってきているのか?

「おお⁉︎ 右条の奴なんかカッコいい剣持ってんじゃん」

阿久津はそう言ながら俺が落とした剣を拾い上げる。

「返せ!」

「阿久津、そいつを貸してくれ」

稲葉は、阿久津から投げ渡された剣を掴むといきなり俺を斬りつけた。

右肩から左の下腹部にかけて一直線に血が噴き出す。

「すげぇ、この剣よく斬れるじゃねぇか。とてもいい剣だぜ。よかったなぁ右条」

「あんたたち、さっさとトドメを刺しなさい!」

「すまねぇ。コイツいじるの今日が最後だと思うとつい寂しくて」

「あばよ」と、稲葉は俺を突き飛ばした。

たしか歩いていた山道の左側は崖になっていた。遠のく意識の中で体が

転がり落ちてゆくのを感じる。


***

川?

朦朧とした意識でも体が水の中で流されていくのがわかる。

「ハルトーッ!」

なぜだろう⋯⋯遠くでルーリオの声が聞こえる。

こんなところにいるはずのないルーリオの声。

これが死ぬって感覚なのか⋯⋯

ついに体が流されてゆく感覚もなくなった。

そして体がゆっくりと浮いてゆく。

いよいよ天に登るのか⋯⋯

俺はうっすらと目を開ける。

眩しい光が眼に差し込む。

すると目の前には長い金髪をした男の人の顔ーー

俺はこの人に抱き上げられているのかーー

「ハルトーッ! 師匠ーッ!」

「君だね。ルーリオが言っていた紋章に選ばれし子というのは」

誰⋯⋯


第2章完


第3章「ハズレ領主月野木天音と異世界の民」へつづく

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