第23話「ハズレ領主」
旧ウェルス王国の王都を出発してから馬車に揺られること3日、ようやくリグリット村へ到着した私たち、
ウィギレスの4人はレルク君に連れられるまま、古びた木造の平屋へと案内された。
ここが村を治める領主の屋敷とのことだ。
板床の広間にはすでに村を守る兵士たちが集まっている。
他にも新しい領主を一目見ようと大勢の村人たちが詰めかけていて庭先に人集りが出来ている。
葉賀雲君には一応、天井裏に潜んでもらい、私は東坂君とあかねを伴って村人たちの前に姿を現した。
私たちが上座に着くと、村一番の長老とされるおじいさんを中心にみんな深々と頭を下げた。
どこか日本風の内装も合間ってかまるで時代劇のような光景だ。
殿様はこんな気分だったのだろうか。
「あ、あの、おもてをあげてください」
「プッ、天音、殿様みたい」
あかねは、緊張してる私を見て、吹き出しながら笑う。
私は、ムスーッと、頬を膨らませるが、それを引っ込ませて兵士たちの顔を見渡した。
すると、ほとんどが私たちと歳が近いような男の子ばかりで、驚いた。
「よくぞ参られました。新しいご領主様」と、長老がまずは挨拶をはじめる。
「私はこの村に長く生きているゴーグと申します」
「あのーー大人の人たちは⋯⋯」
「ああ、ここにいる若い者たちの親は皆、エルドルド様の陣に加わり先の戦(いくさ)で命を落としておりまして。
ご領主様方をここへお連れしたレルクもそうですが、この者らは元服して間もないのですが当主として立派に務めを果たしておりますゆえ、必ずやお力添えになるやと」
「そ、そうだったのですね。ごめんなさい⋯⋯」
「ご領主様?」
「は、はい」
「やはり右隣のお方ではなく、あなた様がご領主様なのですね⋯⋯」
「はい!」
「ご無礼申し上げました。私も長く生きて、何人ものご領主様を迎えてきましたが、女子(おなご)のご領主様ははじめてでして」
「い、いえ。戸惑うのは仕方ありません。となりにいるのは、友⋯⋯いえ、護衛のおともです! 東坂慎次と東堂あかね。そして私がみなさんの領主の月野木天音です」
ゴーグ長老は「は、はぁ〜」と、手をついて再び頭を下げた。
「ところでご領主様方は、魔法が使えると聞きいておりますが、誠にございますか?」
「はい!東坂は雷を、そしてあかねは氷を操ることができます」
東坂君はさっそく手を前に出して、手のひらの上に発生させた小さな電流をバチバチとさせてみせた。
続いてあかねも取り出した花に息を吹きかけて凍らせてみせる。
「おおおお⁉︎」と、村人たちからどよめきの声があがる。
「それでご領主様は、どのような御業(みわざ)をお持ちなのでしょう」
「わ、私? 私ですか⁉︎ 」
もしかして期待値が上がってる?
「えー私は⋯⋯みなさんの意見を聞くことができます!」
「は?」
「意見を聞いて、どうしたらみなさんが豊かに暮らせるのか考え、実行します!」
ああああ、政治家の演説みたいなこと言ってしまった。
ーー
広間が一気に静まり返っている。
全員の頭の上に大きな?が浮かんでいるのが見える。
“選挙かッ!”って、あかねがさっきから目でツッコんできてる。
「た、例えば、街へ行くための入り組んだ道を広げて通りやすくするとか⋯⋯」
「通りやすくなっちまったら敵に攻め込まれやすくなってしまうべ」
「そうだ、そうだ」と、チラホラ、ヤジが飛び交う。
「それだけにございますか?⋯⋯」
「は、はい⋯⋯」
「ハズレ領主様だ!」
窓の外から覗き混んでいた小さな女の子が私を指差して叫ぶ。
「こ、こらよしなさい」と、お母さんとおぼしき女性が慌てて女の子の口を塞いだ。
そ、そうだよね、ごめんねぇ⋯⋯
「恐れながら、ご領主様には東坂様が相応しいかと」
まだ戦乱の異世界、やはり武勇に秀でた人間が支持されるのだろう⋯⋯
「待ってくれ! 月野木、いや、ご領主様は俺より強い! だから俺が家来をやっている」
「ほう! どのように?」
「心が強いんだ。絶対に折れないハートを持っている」
「⋯⋯」
再び広間にシーンとしてした静けさが広がる。
うれしいよ東坂君、いいこと言ってくれてありがとう。だけどこの人たちには伝わらない。だって価値観が違うんだもん。
「心でどう戦うと?」
ああ、心が痛い。
「がんばれって、あきらめずにいつも俺たちを応援してくれる⋯⋯ような?」
もうやめて! 折れる!
「それでオークが倒せるのかよ!ハハハハハッ」
村人たちは笑い声をあげる。
こうして村人たちへの顔見せは終わった。
なんだか、面接を受けているような気分だった⋯⋯
長老含め、村人たちが集まって来ていたのは新しい領主がどのような人物なのか品定めに来ていたのだろう。
きっと不合格の烙印が押されたはずだ。
***
さっそく私たちは村の中を見て周った。
村の案内をしてくれるミザードさんは私たちよりも歳上の19歳で、レルク君に比べると礼儀正しく少し控えめな印象だ。
川岸へ来ると、村の男性たちが先端が鋭利に尖った丸太を組んで柵を作っている。
「これは?」
「オークへの備えです」
「備え?」
「一月前に3匹のオークがこの川を越えて、この村に攻め込んできました。
その時は、村で一番の猛者であるエントさんが戦ってなんとか退治することができました。
ですがそのオークたちは絶命する間際に“これで終わりと思うな。同胞が必ずつづく”と言い残したのです。
そして、オークを退治して深い傷を負ったエントさんがすぐに亡くなりました。レルクの父親でした」
レルク君の顔を見やると悔しさ滲ませた顔をして拳を震わせている。
そこから私たちはいつ来るか分からないオークの襲撃に備えているのです。
レルクも15を前にして当主となり、強気に振舞っていますが、いつぞや折れてしまうのではないか、村の者たちは心配しているのです」
「うるさい。ミザードは、大きなお世話だ」
ムキになって反抗するレルク君の姿に幼さが垣間見える。
「ミザードさんも、戦(いくさ)でお父さんを亡くされたんですよね?」
「はい」
「戦(いくさ)の相手は私たちの仲間です。私たちが憎くありませんか?」
「いいえ。これも世の慣わしです。致し方ありません。ご領主様がどなたになろうとも、村を守るために生きよというのが村の教えですから」
遠くの方から「ご領主様ー!」と、呼ぶ声がしてくる。
ガタイのいいダウズ君が息を切らしながら駆けてくる。
「隣の郷の領主様がご挨拶にやってきました。屋敷にお戻りください」
***
やって来たのはリグリット村の隣の地域を支配するクロム・ハンク男爵。
ハンク男爵が待つ広間の入口の前に座って待っていたゴーグ長老が「ハンク卿にはお気をつけを」と、忠告をする。
私が、ミザードさんとレルク君を伴って中へ入ると、30台後半とおぼしき男性が私の顔を見るなり、私の手を握って挨拶をしてくる。
「これは、これは。ご領主殿。クロム・ハンクにございます。以後、お見知り置きを」
「は、はい。月野木天音と申します」
私は戸惑いながらも自己紹介を済ませた。
「男爵殿も息災の様子。ご安心いたしました」
ミザードさんも礼儀正しく挨拶する。
「ハハッ、そうだ先日、ニュアル女王より子爵の爵位をいただいたのであった」
「これは失礼いたしました。子爵殿」
「天音様は、この村の様子、ご確認なされましたか?」
「はい。とても自然豊か。収穫期になると、とても豊富な作物が取れるとか」
「そうでしょ。とても肥沃な土地と思います。羨ましい限りだ」
ハンク子爵は「ですが⋯⋯」と、急に声を潜めはじめた。
「この村には戦える兵がいない。見たであろう?」
「はい⋯⋯」
「作物もよく取れるから盗賊にはよく狙われる。聞けば最近、魔物まで出没したそうじゃないか。
どうだ? 我が方の手を借りないか」
「え?」
「兵ならいくらでも貸すぞ」
「⋯⋯」
「せっかくなので教えてあげて差し上げましょう。この村の者たちは頑固者だ。
村の外れに神の神殿とされる古代の遺跡がある。 自分たちは、代々より遺跡を守る防人(さきもり)だと称して
自分たちが特別な民だと思い込んでいる。王や支配者が誰になろうと関係ない。この村さえ守れればそれでいい。
ゆえに村の民は自分たちの置かれている現状に気づいていない」
ハンク子爵はこの村のことを憂いてくれているようだが、ミザードさんが遮るようにハンク子爵の話に割って入る。
「子爵殿、我が主人はここへ来て間もないため、そういった話は別の機会に⋯⋯」
レルク君も落ち着かない表情でチラチラと私を見て来ている。
「?」
「以前、この地を任されたハインストン卿がよろしくなかった。村独自の自治を認めてしまったのだから。
このままではこの村は滅びますぞ」
「ハンク子爵ーー、ご気遣いありがとうございます。この村は私たちが付いています。大丈夫です」
ハンク子爵は肩透かしをくらったと言わんばかりの表情を見せる。
「左様ですか⋯⋯それならかまいませんけど」
不服そうなハンク子爵とは対照的に、レルク君とミザードさんは安堵の表情浮かべる。
***
クロム・ハンクは馬に乗り、家来とともに帰路を進む。
「できれば、この手は使いたくなかったが致し方ないなーー」
***
2日後ーー
「オークだ!大型のオークが迫って来ている!」
見張りをしていた青年が血相をかいて屋敷に駆け込んできた。
つづく
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