第16話「魔物たちの晩餐」
地面に置かれた鉄製の四角い箱。
箱を囲んで甲冑を着た男たちが険しい表情で座っている。
男たちが見つめるその箱はジャン・リコルスの首が納められている首桶。
その一方、上座に座るレオン・ハインストンは涼しい顔で書状に目を通している。
レオン率いる部隊は拠点としている砦に幹部たちが集い評定(ひょうじょう)が開かれている真っ只中。
「ダルウェイルの王様はエルムの森での軍事行動が仇討ち目的ならば目をつむるとある。
あの王様も森に住み着いた輩にそうとう手をこまねいているようだ」
「天から伸びた光の柱。あそこから現れた者たちはいったい何者なのか⋯⋯」と、幹部のひとりゼスル・シャルホンスが首を傾げる。
「報告によればまるで騎士学校に通う学生のような身なりをした若者たちとあります」と、同じく幹部のルクス・ネルムが口を開く。
「侮ることはできませんぞ」と、レオンのとなりに座るエルドルド伯爵が答える。
「エルムの森攻略のためにギルドに金を注ぎ込んで冒険者たちにモンスター狩りをさせていましたが一向に捗らなかった。
なのにその者たちは現れてから一週間も経たないうちに森のモンスターを減らしています」
「なんにせよ。リコルス殿の仇は取らないとならん」
そこへ「師団長!」と、幹部のひとりシスト・ヴィラムが深刻な表情をしてやって来る。
「攻撃を受けた西の守りが崩れかけております。今すぐ援軍を!」
「なんだと⁉︎」と、幹部たちに衝撃が走る。
「敵方はリコルス殿を討った勢いにのり西の守りだけでなく、東の守り、中央の守りと展開する3方の守りを同時に攻めて来ております」
幹部のルイール・アルマンが立ち上がる。
「敵の数は?」
「それが各方を合わせて18⋯⋯」
「18⁉︎ たった18を相手に我が方が苦戦しているのか?」
「敵は少数でありながら手から火を出したり、水を出したり、怪しげな妖術で次々に我が方の兵を討ち取っているしだいです。もはや魔物」
「ほう」と、評定中ずっとすました態度でいたレオンが身を乗り出して興味を示す。
「なるほど。光の柱から現れた者たちはエルムの森がつくりだした魔物。しかも“人の姿をした魔物”とは。おもしろい」
と、笑い声をあげるレオン。
ピリつく雰囲気の中、不謹慎とも感じるレオンの態度に幹部たちは冷たい目線を送る。
「師団長!もはや守りの兵だけでは保ちません。ここは我らが一斉に出陣して敵を制圧致しましょう」
ルイール・アルマンは進言する。
「そうです!」「師団長!」と、他の幹部たちも次々に声を上げる。
レオンは幹部たちの顔を見回して考えを口をする。
「兵をひきあげるぞ」
「は?」
返ってきたレオンの言葉に幹部たちは全員耳を疑った。
「師団長、本気でおっしゃられているのですか?」
ルイールは語気を強めて疑問を投げかける。
「もちろんだ」
「今、戦えば敵を必ず押し返せます!なぜ兵をひく必要があるのですか」
「なぜそう言い切れるんだ。相手は魔物だ。打って出たのに全滅では話しにならないだろ」
「ひきあげたところでどのようになさるおつもりですか? まさかこのまま王都に逃げ帰るなどと」
「それはない。この砦に籠る」
「籠城? 戦わず引籠もるなどそれでは誇り高きウェルス王国騎士の戦い方とは言えません!」
「俺は無駄死にはしたくないんだ」
「臆病風に吹かれたか! 」と、ルイールは声を荒げる。
「あちらが分かれて攻めて来ているのにこちらまでも兵力を分けて戦う必要はない。一箇所に誘い込んで戦った方が手っ取り早い」
「アルマン殿。レオン様の考えにも一理あります」と、エルドルド伯爵が仲裁に入るが興奮したルイールはレオンを罵倒する。
「我慢ならん。所詮はハインストン家の倅。身分卑しい成り上がり者め。
名門貴族家のリコルス殿が討たれたというのに立ち上がれぬとは。もう貴様の指示などに従えるか!」
ルイールはレオンを激しく睨みつける。
しかしレオンは涼しい顔のままだ。
そこへ「ご報告申し上げます!」と、伝令兵が入って来る。
「先ほど西の守りが落ちました」
「もはや猶予はない! 兵を出せ」と、ルイールは兵たちに檄を飛ばし出てゆく。
ルクス・ネルムとシスト・ヴィラムもルイールの後に続く。
***
「よくおっしゃられた。アルマン殿」
レオンに仕える幹部たちはウェルス王国では名家に数えられる有能な貴族の嫡男たち。
みんな下級貴族出身の10歳以上も若いレオンが上官であることに不満を持っている。
「名門の聖騎士道学院では優秀な成績だったかなんか知らぬが。姫君とご学友だったからという理由であのような若輩者を我らの師団長に据えられてはかなわん。
我らに死ねと言っているようなものだ」
「エルドルド公もだ。よく黙ってあの者の側に付いている」
「アルマン殿が立ち上がるなら、このルクス・ネルムがついて行きます」
「我らもです」
「頼もしい。まずは西の守りを取り返す! ついて参れ」
「おう!」
***
”カンパーイ“と、回復効果のある水が入った木製のジョッキをぶつけ合って盛り上がるミーティング棟はちょっとしたパーティー状態だ。
この日、私たちのクラスはウェルス王国にはじめて攻撃に出た。
戦闘系の子たちを中心に3班に分けて、3つあるウェルス王国の門を攻撃した。
どの班が先に門を壊すか競いあった結果、桂君たちが先に“西の守り”と名付けられた門を破壊することに成功した。
私はおにぎりを作って、帰ってきた桂君たちに振る舞った。
「米にもこのような食べ方があるのだな」と、お米を提供してくれたニュアルちゃんも感心した様子で口にしてくれている。
なんだかうれしい。
「月野木さんのおにぎりうめぇよ!もう一個食べていい」
「もちろん。みんな目一杯働いたあとだからたくさん食べてね」
私にはこれくらいしかできないけど、みんなのためになるならなんだってする。
「すごい。天音の絶妙な塩加減サイコーだよ」
「あかね頰ばりすぎ」
あかねの顔を見て私は思わず吹き出した。
こんなに笑ったのひさしぶりかも。
「この塩はトゥワリスという国の名産だそうだ」
お昼を食べに陽宝院君と鷲御門君もやってきた。
「その他の食料や香辛料を手に入れるために、肥後君と佐倉先生には密かにそのトゥワリスに出向いてもらう予定だ」
「お金はどうするの?」
「右条君がこの世界でのお金の稼ぎ方を教えてくれた。今日も森を出てひとり里の方へ下りた」
「それで最近姿を見ないのね」
おとといから行方をくらませていたハルト君が今朝方、陽宝院君の前に現れて金貨がたくさん詰まった袋を渡してくれたそうだ。
「里には冒険者ギルドというのがあって、そこにある掲示板にはエルムの森に生息するモンスターの駆除を依頼する貼り紙がたくさん貼ってあったそうだ。
右条君はみんなが倒したモンスターの一部を持って換金してきてくれている」
なんだかハルト君はいつも私たちの先回りをしている。
「お金を増やすのは肥後君が適任だ。あとは彼に任せるつもりだ。それとここだけの話なんだが、佐倉先生はしばらく不在になる。
その間に代わりとなる僕たちの国の代表を決めないといけない。それを月野木さんに任せたいんだ」
「え! 私⁉︎ 」
私は“ムリムリ”と、全力で首を横に振った。
昨晩、陽宝院君は自分たちの国をつくろうと宣言した。
私に国の代表なんて荷が重すぎる。
「月野木さんはみんなから慕われている。みんなをまとめることだってできる。資格は充分だ。それにその方が戦えない君を守りやすい」
守られるために国の代表に推薦されるとはうれしいような情けないような⋯⋯
「わ、私、まだ帰ってきていない班の分のおにぎり作らないとだから。調理場に戻らなきゃ」
私は回答を濁してその場を離れようと立ち上がる。
ふと、みんなが盛り上がって食事をしている姿が目に飛び込んでくる。この光景がとても尊く感じた。
こうして私たちが心から笑って楽しみ合う日々はこれが最期となった。
***
ダルウェイル国王はニュアルが暮らす屋敷を訪れて2階のバルコニーから
エルムの森を見つめている。
ニュアルの不在にギールが頭を下げる。
「ニュアル様は、あの者たちにご執心な様子で」
「かまわぬ。歳が近い者たちと遊ばせておけばよい」
***
レオンは地図を目を通しながら策を練っている。
「本当にアルマン殿たちだけで行かせてよかったのでしょうか? ここは全兵を出すべきだったのでは」
と、ゼスル・シャルホンスが進言する。
「この作戦を成功させるには誘い役が必要だ」
レオンは意に返さない。
「さて、誰が誘い役を引き受けてくれるのだろうか」と、考えていると「アルマン殿が戻って来ましたーー」と、伝令兵の声。
レオンとゼスルはすぐさま物見櫓に駆け登る。
血相をかいたルイールが馬に乗って駆けてくる。その背後から、翼竜やサイ型のモンスターの群れと詠凛学園の生徒たちが追いかけてくる。
「さすがアルマン殿、自ら誘い役を引き受けてくれるとは」
レオンは不敵な笑みを見せる。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます