第15話「エルムの森」

複数の爆発音がエルムの森に響く。

屋敷の2階窓から立ち上る煙を目撃したニュアルは焦燥感に駆られる。

“ウェルス王国が攻めてきた“と察したニュアルはギールに「今すぐ兵を出せ!」と指示する。


***

「女子(おなご)だ!女子(おなご)がいたぞ!」

女子生徒たちの姿を目撃した黒い甲冑に身を包んだウェルス王国の兵士たちは本能を剥き出しにして我先にと木々の間を駆けてゆく。

兵士たちにとって女はこれ以上ない戦利品である。

順調な進行状況に兵士たちを指揮するジャン・リコルスは勝利を確信する。

「ここまで来て人間を捕食する凶暴なモンスターと遭遇することもなかった。やはりモンスターが減ってきているという情報は確かなようだな。

この勢いで行けば今晩中にもエルムの森を制圧できる」

「ぎゃあああッ!」

余裕の表情を浮かべるジャンの耳を兵士の悲鳴がつんざく。

見やると兵士たちが下半身を氷漬けにされ身動きが取れない状態でいる。

すると彼らの頭上に小さな魔法陣が次々に出現し、そこから放たれる電撃によって一斉に電気ショックを浴びる。

「(甲冑を指して)鉄だからよく通るぜ」

身を隠していた藪から飛び出したきた東坂とアカネは土壇場の連携技が功を奏しハイタッチで喜ぶ。

「なんなんだ⁉︎ これはいったい⋯⋯」と、後退りするジャン。

ハッと我に返り「何をしている。他の者もかかれ!」と、後方に控える兵士たちに指示を出す。

弓兵が東坂とアカネに向かって弓矢を放つ。

それを田宮理香がシールドを展開して飛んできた弓矢を弾き返す。

だが、安心する間もなく弓撃を目くらましに抜刀した兵士たちが襲いかかって来る。

今度は風の能力を扱える川南綾人(かわみ あやと)が両手を広げて暴風を起こす。

「ぐああああ!」

その威力に兵士たちが一斉に吹き飛ばされてジャンの頭上を飛び超えていく。

人智を越えた生徒たちの攻撃にたじろぐジャン。

「大隊長、ここは一旦お逃げを⋯⋯」と、兵士たちが撤退を進言する。

“独断で兵を出しておきながらおめおめと負けて帰って来ては、ハイストン家の若造にいい笑い者にされる。リコルス家の名折れだ“

35歳、名家の嫡男としてのプライドがジャンの焦燥感を駆り立てる。

「このまま退くわけにはいかぬ。陽が落ちてから再び攻めかかるぞ」

撤退を開始するジャンと兵士たちの姿を見て安心した東坂たちはその場にへたり込んだ。

そこへ「おーい!」と、馬に乗ったニュアルとギースが駆けつけてくる。

退いて行くウェルス王国の兵士たちの姿が目にとまり安堵するニュアル。

「よく自分たちの力だけで持ちこたえたな。肝を冷やしたぞ」

「毎日モンスターを相手にして鍛えていたからな」

「モンスターを?」

「俺たちより芽衣ちゃん先生たちが心配だ。今朝、桂や内海たちとモンスター狩りに出て行って戻ってきていない」

東坂たちは心配そうな表情で佐倉芽衣たちが向かった方角を見つめる。


***

暗闇広がるエルムの森の山中で煌々と燃え盛る炎が森林の一部を紅く染めている。

佐倉芽衣、桂匠、内海はじめ、紡木美桜(つむぎ みお)、露里一華(つゆり いちか)、篠城彩葉(しのじょう いろは)の一行を発見した

ウェルス王国の兵士たちは火を放って襲撃を開始した。

「この力があれば俺たち世界征服できるんじゃね?」

人を殺すことへの戸惑いを越えた生徒たちに躊躇はない。

ウェルス王国の兵士たちは全身を太い蔓に覆われて大きな植物の土台と化していた。

この異様な光景を目の当たりにしたジャンに恐怖心が襲いかかる。

追い討ちをかけるように隣にいた護衛の兵士が胸を抑えて苦しみ出す。

抑えられなくなった兵士は口を大きく開けて天を仰ぎみると口の中から凄まじい勢いで太い蔓が生えてくる。

蔓は目や鼻あらゆる穴から生えてきてその勢いは止まることなく腹部さえも突き破る。

護衛の兵士は瞬く間に大きな植物の一部となった。

おののいたジャンは腰を抜かしてその場に倒れこむ。

そして恐怖に顔を歪ませながら這いつくばった状態のまま必死にその場から逃げ出す。


***

がむしゃらに逃げてひとり落ち延びたジャンはエルムの森を彷徨っていた。

すると石ころが目の前に転がってくる。

振り向くと、紫芝さやかが体を震わせて立ちすくんでいた。

「おんな⋯⋯女!」

目の色を変えたジャンの顔におののいたさやかはその場に尻をつく。

尻をついたまま後退りするさやかにジャンが這い寄ってきて覆い被さる。

「いや」と、怯えるさやかにジャンは興奮を高める。

「女、貴様だけでも」

ジャンはさやかの膝を力いっぱい鷲掴みにして股下を無理矢理こじ開ける。

「や、やめて」

ジャンはニヤリとした表情で拒むさやかの頬を掴んで唾液の絡まった舌を彼女の頬に這わせる。

「⁉︎」

さやかの恐怖が頂点に達する。

ジャンの舌は首筋を伝い今度は胸を貪りはじめる。

抵抗する気力を失ったさやかはされるがままただ一点だけを見つめている。

その手には鞭が握られている。

ジャンが状態を起こしてベルトを緩めながら不気味な笑みをさやかに向ける。

その瞬間、さやかは鞭を振るった。

白い光線がジャンを横切るとジャンの首がぼとりとさやかの腹部の上に落ちる。

そしてジャンの身体は間接から血飛沫を出してバラバラと崩れる。

さやかは血で紅く染まったジャンの頭部を見つめてケタケタと笑い出す。


***

ジャン・リコルスの首は鉄製の四角い箱に入れられてダルウェイル国王に献上された。

「ギールよ。これをあの者たちが?」

国王は驚いた様子でギールに尋ねる。

「はッ」

「なんと!」

「あの者たちはウェルス王国の一翼を担うリコルス家の嫡男を討ち取りました。その手柄としてニュアル様の配下として召しかかえさせて頂けないでしょうか?」

ギールの提案に目を閉じて口を紡ぐ国王。

しばらくの静寂が謁見の間を包み込む。

ようやく目を開けた国王が口を開く。


***

「認めない⁉︎ どういうことですかギールさん。あの首の人物はウェルス王国の中でも位の高い人物なんでしょう!」

陽宝院はギールに詰め寄る。

「よせ」と、ニュアルが制止する。

「これでひとつはっきりしたことがある。ダルウェイル国はウェルス王国と真っ向からことをかまえることは考えていないということだ」

「どういうことだ?」と、鷲御門が尋ねる。

「お前たちを不安にさせまいと黙っていたがダルウェイル国の背後には帝国がいる」

ギールは地図をテーブルの上に広げる。

「フェンリファルト帝国」

ニュアルはダルウェイル国の隣に位置する国を指差す。

「我が祖父である皇帝陛下が支配する国だ。近年、帝国には軍事力を増すウェルス王国の脅威が迫って来ている。

我が帝国と同盟関係にあるダルウェイル国はウェルス王国と帝国の間に位置する。

そのため皇帝陛下はダルウェイル国にウェルス王国攻めを命じたのだがこのエルムの森を挟んで膠着状態が続いている。帝国は皇帝陛下の高齢化もあって力は弱まりつつある。それゆえダルウェイル国がウェルス王国に寝返るのではないかと噂が聞こえてきた。帝国は睨みを効かせるために私をこの国に嫁がせた」

「ニュアルは人質なのか?」

「そうなるな」

「ウェルス王国はどうしてこのタイミングで調略を探っているダルウェイル国に攻めてきたんだ?」

「お前たちがモンスターを減らしたからだ」

「⁉︎」

「膠着状態を維持してきたのはこの森にモンスターがたくさん生息していたからだ。

それが居なくなればウェルス王国は攻め込みやすくなる。国王にとっても誤算だったんだろう。

気付いたと思うがお前たちは戦場の中心地にいる」

佐倉芽衣がテーブルに乗り出して割って入る。

「ギールさん教えてください。私たちを安全に保護してくれる国はどこにあるんですか?

私たちは一般人です。その一般人の生命と財産とその生活を保護するのが国としての責務じゃないですか⁉︎」

「ギールさん。私からもお願いだ。僕たちは安全圏を求めている」

「お二人ともこの世界で無辜の民だから子供だから守ってもらえるという考えは捨てたほうが良い。

他者の施しをあてにしているようだが、この世界は自らの手で何かをしなくては生きてはいけませぬぞ!」

この世界を自分たちの常識で当てはめてはいけない。ようやく気付いたその絶望に芽衣は泣き崩れる。

「だったら⋯⋯」

拳を震わせて陽宝院が答える。

「安全圏ないのならば自分たちの手で作るしかない⋯⋯ならば僕たちの国をつくろう」



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る