第9話「チートアイテム」

「なぜだ、なぜだ!」

ハクドアル子爵は、取り乱した様子で、飾ってあった花瓶や壺をなぎ倒していく。

終いには、頭を掻きむしって、その場にへたり込んでしまう。

「リルド様、お気を確かに」と、心配した執事が声をかける。

「セヴィオ⋯⋯私がいくら投資した思っている。あの男に多額の投資したんだ。なのにセルゲイは戦う前に死んだんだぞ。一撃で」

「リルド様、もうおやめになられませ。賭け事など。ご先代が、命がけでウェルス王国から奪い取った西方の城も売り飛ばしてしまったではありませんか」

「黙れ! 父上の栄光など些細なものだ。私がこの賭けに勝てばトゥワリスの王だぞ。我が方の兵をひとりも失わずに手に入るのだ。こうしちゃいられん。金だ。金を用意しろ」

「リルド様」と、執事はハクドアル子爵の腰にしがみついて引き止める。

「ええい。離せ」

「なりませぬ。もうこれ以上のお金はこの領内には」

「あるじゃないか。法人税だ。法人税を取る。我が領内で稼いで懐に納めている奴から毟り取るのだ」

「しかし、いきなり重税を強いては、領民が苦します」

「何をいう。我が領内で稼いだのだから、我が領のために還元されるのは至極当然のこと。我が一族に従順なフリをして、陰で笑いながら甘い汁をすするパルド商会など潰してしまえ」

「リルド様、なりませぬ。なりませぬぞ。リルド様!」

ハクドアル子爵はしがみついた執事を無理矢理剥がして、広間を後にしようとする。

すると、「これは、これは子爵殿。ずいぶんと穏やかではありませんな」と、不敵な笑みを浮かべて肥後尊がやってくる。


***

「これが肥後家の家紋⋯⋯」

難しい顔をした東坂慎次君は、手にした槍の柄の部分に描かれたマークを見つめながら考え込んでいる。

「間違いない。それは肥後家のものだ」

葉賀雲 影家(はがくも かげいえ)君は断言する。

道の駅で紫芝(ししば)さん、桂君、内海君、そして、クライム・ディオールと名乗るハルト君と

交戦した私たちウィギレスの4人はその後、ハクドアル領へと引き上げてきた。

私たちは、市場で知り合ったおばさんの料理屋を訪れて作戦会議をはじめている。

ハルト君が投げつけてきた槍には何かのメッセージがある⋯⋯そう東坂君は推理する。

「肥後家は代々商人の家系。今では家紋をロゴマークにして、肥後の一族が経営する会社から販売する商品には、小さいが必ずそのマークを入れている」

「肥後は律儀にこっちの世界でも肥後家の風習を守っていたってわけか」

「あ!」と、葉賀雲君の説明を聞いて、東堂あかねは何か思い出したようだ。

「そうか! 通販でコスメ注文したとき、届いた箱にそのマークあったわ」

「ネット通販はたいていRakuzon使うからな。たしか肥後の親父がやってるんだっけ?」

「いや、経営しているのは肥後の兄のヤマト氏だ」

「そういえば、肥後君のお父さんってよく海外を飛び回っているって、肥後君から聞いたことあるような⋯⋯」

私は、そんな自慢話をされたことがあったようなと、頭をひねってみる。

「肥後家は代々武器を売ることを生業としている。肥後の父親の正体は死の商人だ」

「うげ⋯⋯」

ちょっと怖い⋯⋯

「この槍で分かったことは肥後とエルドリック商会の関係だけか」

「しかしあいつ、独占の禁止とかえらそーに言ってたけど。ちゃっかり自分のところを優遇してんじゃん」

「残念ながら、肥後の稼いだ金は俺たちの活動資金になっている。この制服然りな。食わせてもらっている以上、肥後のことを責めれない」

「だけど、今の状況を打開するにはどうしたら⋯⋯」

「あのおじいさんのことでしょ? せっかく守ってあげたのに、“もうワシにかまうな”なんて言われて、そのままいなくなったのよ。まったく天音はお人好しなんだから」

まったくです⋯⋯あかねの言葉に苦笑いしかない。

すると、バタンッ!と、大きな音を立てて店の扉が開くと、息を切らした老紳士風の男性が入ってくる。

「いらっしゃられた。情報は確かだった」

安心したのか老紳士風の男性はその場に倒れ込む。

「大丈夫ですか⁉︎」

私たちはすぐさま駆け寄る。

東坂君が男性をゆっくり抱き起こすと、見覚えのある顔に私はすぐに気づいた。

「あなたは子爵様の屋敷にいらっしゃった方ですよね」

「左様にございます。ハクドアル家に仕える執事のセヴィオと申します。青い服の方々、この領をお救いくださいませ」

「何があった?」

意識が朦朧としながらもセヴィオさんは、ハクドアル子爵の屋敷で起きた出来事を話してくれた。


***

突如、屋敷にやってきた肥後君が、ハクドアル子爵にこう提案したという。

「ハクドアル様が、お育てになられたセルゲイ殿がお亡くなりになられたこと非常に残念に思います。

戦(いくさ)開始早々、乱入者の攻撃があったことは我々の不手際にございます。ハクドアル様がまた賭博(フィールド)に戻ってこれるように

救済措置を施したいと思ってやって参りました」

「なんだと⁉︎ 救済措置とは?」

「ハクドアル様には、特別にチートアイテムをご提供いたします」

「チート?」

聞きなれない言葉にクビをひねるハクドアル子爵。

「チートは全てを凌駕する圧倒的な力。行使すれば沸いていた虫ケラどもが目の前から一瞬で消え去り、これまでのうっとおしさはなんだったのかと思えるほど

この上ない快感と優越が得られます」

「誠なのかそれは?その力があれば私は勝てるのか?」

「もちろんです。人間では太刀打ちできませんから。ただ⋯⋯今すぐにでもご提供したいのですが、残念ながら条件がございます」

「条件⋯⋯だと? それはなんだ申せ」

「チートアイテムは、“ゴライゴン”という巨大モンスターにございます。我が商会でも一匹しか保有していない超希少種にございます。

課金額は通常の数千倍。この領地をご提供して頂くしかありません」

「領地を⋯⋯」

「なりませぬ。リルド様」

「かまうなセヴィオ! この賭けに勝てばトゥワリスの王になれるのだぞ。あの父上にも成せなかったことが成せるのだぞ。先生! 今すぐゴライゴンを。王になれるならばこのちっぽけな領地くれてやりましょう」


***

「結局、私の願いは聞き入れてもらえませんでした」

「いったい、肥後とハクドアル子爵は何をしようとしているんだ? どうして領地を手放してまでも、そのモンスターを欲する」

「戦(いくさ)賭博にございます」

「戦賭博?」

「リルド様は焦っておられるのです。名君と言われたお父上を超えることに」


戦賭博ーー

セヴィオさんが説明してくれたことはこうだ。

旧ダルウェイル国(現在のフェンリファルト皇国ダルウェイル領)に従属していた貴族たちが肥後君の屋敷の地下に集まり開かれている。

賭けの対象となるのがトゥワリス国。トゥワリス国は、今は権力の空白地帯と化して、従属していた貴族たちや下克上を企む騎士および他勢力が地権を巡って争っている。

賭博に参加する旧ダルウェイル国の貴族たちは、トゥワリス国で争っている勢力の中から1勢力だけを選んで、従属関係を結びベットする。課金による育成システムが取り入れられ、支援した勢力に、課金額に応じた武器、食糧、道具、爵位などを与えて強化できる。

そうして育てた勢力を専用の戦場(フィールド)で戦わせて勝ち負けを競っている。

結局、人というのは他人事であれば人殺しの光景も戦争も道楽に過ぎないのだろう、支援した勢力が勝ち上がり生き残れば、トゥワリス国の王になれると旧ダルウェイル国の貴族たちは熱狂している。

その影響でトゥワリス国の内戦は治まるどころか加熱している。

「輪をかけてリルド様は、幼少の頃よりのめり込みやすい性格。それゆえ多額の投資を行い、最近ではご先代の宝まで売り払う始末。そこまでしてご支援していた騎士セルゲイ殿が敗れたのです。乱入者の攻撃によるものだったそうで、トラブルとのことですが⋯⋯」

その乱入者の正体には、ピンと来る。

ハルト君だ。彼は何らかによって私たちより先に戦賭博の情報を掴んでいる。

あの投げつけてきた槍も、ヒントをやるから私たちに追いついてこいという挑発?

「お願いします。領民をお救いください。肥後様のお知り合いの皆さまならば、リルド様を止めていただけるはず」

「急ごう。ハルトが来る前に肥後を逮捕するんだ」

東坂君の意思に私たち3人は頷いて従った。


***

肥後尊の屋敷

肥後は、バスローブを羽織って大きなベッドの上に寝そべり、スマホで通話している。

傍らには顔から血を流して意識を失っている半裸の女性が横たわっている。

「陽宝院、今頃何のようだ?」

「ずいぶんと機嫌が悪そうじゃないか。どうした?」

「クライム・ディオールとかいう人物が、商会を襲撃した。それだけじゃない。商売もいくつか妨害にあった。おそらくそいつの仕業だ。俺はそいつのことでむしゃくしゃしている。しかも俺を名指しで宣戦布告までしたそうだ。それでお前の用件はなんだ?」

「クライム⋯⋯ああ、まぁいい。君に急いで伝えたいことがあるんだ。ウィギレスが君を逮捕するそうだ」

「どういうことだ? 東坂たちはお前の手下だろ!」

「先ほど報告があってね。物価高騰の実態調査をさせていたんだ。今、そっちに向かっているんじゃないか?」

「おいおい、待て待て、何を言っているんだ。俺に何の罪があるって言うんだ」

「戦賭博⋯⋯君はトゥワリス王国の領土を貴族たちに好きに切り貼りさせているそうじゃないか」

「そうだ。だけど賭博はこの異世界では禁じられていないだろ! これも商売だ。罪問われる謂れはない」

「何を言う。君は女王陛下の許可も無しに、領地の裁定を行なった。これは反逆罪だ」

「ちょっと待て! 言いがかりだ。俺がいなくなったらどうなると思う。誰が稼いだお金で食って行けてると思っているんだ。第一、既存の商会や生産者に圧力をかけて物価高騰を誘発するように指示したのはお前だろ!なぜ東坂たちに捜査させているんだ」

「ウィギレスのためだよ。彼らに実績を積ませるためには事件が必要だった。それに君が貴族相手にコソコソとやっていることは掴んでいた。

ちょうどいい機会だ」

「おい⋯⋯俺を切り捨てるのか? 陽宝院。俺は陽宝院派として協力してきただろ!」

「その割には、桂君や紫芝さんといった戦闘狂と手を組んでいるそうじゃないか。たしか彼らは鷲御門派だったね。彼らに戦争を楽しませてたのかな?」

「ち、違うんだ。訳を説明させてくれ」

「まぁ、僕は陽宝院派なんて派閥作った覚えはないんだけどね」

「⁉︎ 陽宝院待ってくれ!」

「エルドリック商会の運営は僕に任せてくれ。君には感謝しているよ。物流はコントロールされ、ウェルス王国の優秀な武器職人が手に入った。

これで悲願だった銃の量産ができる。ありがとう。君が教えてくれた通りだ。経済を制する者は世界を制するってね。さよなら僕の友達」

陽宝院からの通話が途切れる。

「う、うそだ⋯⋯俺が裏切られた⋯⋯」

“殺される”次第に焦燥に駆られる肥後。

「そうだ。トゥワリスの実権を握っているのは俺だ。俺が王になればいいんだ。そしてニュアルとかいう小娘を殺せば。

俺がこの異世界の覇者だ。見てろよ陽宝院」


つづく




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