第8話「クラスからの追放」

檻がいくつも置かれた部屋で、ひとつひとつ檻の中身を確認して俺は驚いた。

4つ目に確認した檻に入れられていたのは人間。しかも見知った顔。

佐倉芽衣(さくら めい)

俺たちと一緒にこの異世界に飛ばされてきた担任の先生。

先生になって2年目の栗色のミディアムヘアの小柄な女性。かわいい感じの雰囲気だったし、年も近いことからカースト上位の女子たちが友達のような感覚で接していた。

そして桂や内海といった陽キャグループの男子たちも「メイちゃん」と、親しげに絡んでいた。

「どうしてここに⋯⋯」

衣服ははだけて、顔や身体のあちこちにあざのような痕が見られる。

食事に手をつけていないのか、力無く横たわっている。

「何があった?」

俺は異世界にやってきてすぐに、クラスから離れて別行動をとっていた。

だからその後のことをよく知らない。

「う⋯⋯右条君⋯⋯?」

先生は、小さく掠れた声で答えた。

「何があった?」


***

「この力があれば俺たち世界征服できるんじゃね?」

桂匠は、兵士の遺体を目の前にして高揚が抑えられない。

桂、内海はじめ、カースト上位女子グループの紡木美桜(つむぎ みお)、露里一華(つゆり いちか)、篠城彩葉(しのじょう いろは)といったクラスでもよくつるんでいた5人と佐倉先生は、夜の山中でウェルス王国の兵士たちによる襲撃を受けた。

暗い中から剣や斧といった刃物を手にした鎧の男たちが襲いかかってくるという恐怖の中、5人は手練れの兵士たち相手にチート能力を使って、なんとか返り討ちに成功した。

桂の言葉に「そうだ」「そうだよ」「私たち行けるじゃん」と、内海たちは沸き立つ。

佐倉先生は、このときの生徒たちの様子に恐怖を覚えたという


***

私は恐かった。人を殺して喜ぶ生徒たちの姿が。

その日を境に、生徒たちは人を殺すことへの躊躇がなくなった。

しばらくして陽宝院光樹(ようほういん みつき)君が、クラスの生徒たちを集めて

「この世界に自分たちの国をつくろう」と、提案した。

「そうだ! 俺たちの強さだったらできる。ウェルス王国のやつらを倒そう」

「世界征服なんて、ヌルゲーでしょ」

陽宝院君の提案に生徒たちは盛り上がった。

まるでゲームを楽しむようにはしゃぐ生徒たちの姿に教師として諌めずにはいられなかった。

「ねぇ、みんな。世界を征服するってことは戦争をするってことだよ。いいの? この世界はゲームじゃない。

現実よ。月野木さんのように戦えない仲間もいる。みんな強いわけじゃないし、相手だって訓練されたプロの軍人よ。力だけで勝てるとは思えない。今は、戦わず平和な地域に保護してもらえる手段を探しましょう」

さっきまで騒がしいほどに盛り上がっていた生徒たちがシーンと静まり返る。

このときの生徒たちの冷ややかな目は忘れることができない。


***

3日ほどして私のところに彼がやってきた。

肥後尊(ひご たける)ーー

高校生ながら、起業して青年実業家として活躍している彼は、クラスのみんなが生活をしていくための必要な

資金を獲得するためにトゥワリスという国に行くというのだ。

「肥後君がみんなのためにお金を? 偉いじゃない。すごいよ」

「僕のできることをするまでですよ」

トゥワリス国は交易を武器に周辺諸国と同盟を結んでいるから平和な国だと。

経済的にも豊かな国だから、もしかしたら保護してもらえるかもしれないと話した。

教師という立場もあるが年長である私がみんなの代表だ。

彼のように、みんなのために代表の私にできることはないかと考えた。

何よりも優先すべきは、生徒たちがこの世界でも安全に暮らせるようになること。

豊かな国なら、学校のような学び舎があるかもしれない。

そしたらまた生徒たちと授業ができる。

だったら私がトゥワリス国の偉い人と直接会って交渉しよう。

異世界人との接触、交渉は代表の務めだ。

陽宝院君と鷲御門 凌凱(わしみかど りょうが)君をともなってダルウェイル国の王様に謁見して庇護を願いでたこともあった。

私の戦いは、決して武器を手に取ることじゃない。話し合いだ。

交渉が成立すれば、みんなの考え方に変化が生まれるはず。

そう願い、私は彼と一緒にトゥワリス国へと向かった。


***

しばらく歩くこと2時間。

滞在していた森からだいぶ離れたと感じた頃、休憩に山道の脇にある切り株に座って体を休めることにした。

私がうなじが見えるくらいに髪をかきあげ、汗を拭っていると、となりに座っていた彼がいきなり押し倒してきた。

力まかせにYシャツを引き千切られ、私の胸に激しく貪(むさぼり)ついてくる。

「やめて」と、抵抗する私に、彼の能力であるスライムウィップが、私を縛り付けて体の自由を奪った。

「先生。俺はずっとこうしたかった。はじめて会ったときから、先生のことむちゃくちゃにしたかった」

彼の大きな手が、次第に私の下腹部をまさぐりはじめる。

「いやあ!⋯⋯」

そして、獣のような荒い鼻息で、私の首筋あたりの匂いを大きく吸い込む。

「せんせぇ⋯⋯先生のいい匂い。ああ⋯⋯ほのかに混じる先生の汗の匂いがまた、俺を興奮させる」

「やめて」

唾液が絡まった彼の舌が私の首筋から胸へと這い伝う。

「ああ⋯⋯」

屈辱的にも苦悶の声を上げてしまう。

彼の背中から生えるスライム状のウィップが、ぬるっとした肌触りで私の太ももに絡みつき、そのまま股下を無理矢理こじ開けた。

彼はこのとき言うのだ。私は切り捨てられたと⋯⋯生徒たちから。


***

「これで異を唱える者は居なくなった」と、陽宝院は険しい表情で鷲御門に顔を近づけ迫る。

「佐倉先生のことか?」

「これからクラスをまとめていくのは生徒会長の僕と鷲御門、クラス委員長の君だ。2人でクラスを守っていくんだ」

陽宝院の脳裏に、集会のあとカースト上位グループの女子たちが木の陰に隠れて話していた言葉がよみがえる。

「さっきのメイちゃんなんなの」

「いまやらないと。こっちが殺されるつーの」

「冷めるわ」

「うっざ」

陽宝院は眉間のシワを深くする。

「いつまでも佐倉芽衣を僕たちの国の代表にしておくわけにはいかない。でないと僕たちは殺される。ウェルス王国や、今は庇護してくれているダルウェイル国。

いずれにしてもこの異世界の人間に。みんなの考えが僕たちと一致しているうちに体制を変えるべきだ」


***

今回のトゥワリス国行きは2年B組からの追放ーー

彼は私に覆いかぶさり体を上下に揺すりながらそう話した。

その事実に、私は抵抗する力を失い、只々、涙で歪む青空を見つめていた。


***

トゥワリス国についてからは、私を遊女としてエルドリック商会の商品にされた。

ときどき彼がやってきては、部屋で辱めをうける。

最近では、暴力を振るう快感を覚えてこのありさまだ。


***

イリスがジトッとした目で俺たち男を見やる。

「クライム、ライル、オッドはちゃんと耳を閉じてた」

「話が聞けんだろが!」

セレスが鍵を壊し、檻から衰弱した佐倉先生を引きずり出してくる。

あざだらけの先生を見て、数週間前の俺を思い出す。


***

戦場のど真ん中、光線に撃ち抜かれた俺は倒れていた。

拗ねや太腿、肩、数カ所に5cm台の穴があいて、立ち上がることが困難になっていた。

俺は残る力を振り絞って、取り出したスマホを耳に当てた。

スマホの背面には魔法陣のような紋様が宿る。

この異世界に来てから俺たちは、電波の代わりに、チート能力を発する魔力のような力を使って、連絡を取り合っていた。

「陽宝院⋯⋯頼む、はやく力を貸してくれ。俺はしくじった。もうこれ以上は動けない」

「右条君、すまない。僕たち2年B組は、フェンリファルトに加勢することを決めた」

“⁉︎” 俺は目を見開いて固まった。

まさかこの攻撃も⋯⋯

「これもクラスが生き残ってゆくためだ」

そう言って陽宝院は俺との通話を切った。


***

まもなく戦端が開かれようとしている平原。

小高い部分に陣を敷く勢力にミサイルを落とした。

大将首もろとも吹き飛んだはずだ。

イリスは立ち昇る煙を見つめて「またヒントをあげるの?」と、俺を突いてくる。

「あの女は、クライムのことを分かっていない」


***

ここにいてほしくない。だから俺は月野木に刀を突き立てた。

「なんで月野木のような弱っちいヤツがこんなところにいるんだ。ここはお前がいるところじゃない」

“頼む、月野木。これ以上、危険なところにはいないでくれ。戦えるスキルの無いお前が居てはダメだ。俺は、お前が死ぬことだけ、お前が死ぬことだけは避けたいんだ。だから安全なところにいてくれ“

「どうして⋯⋯どうして、ハルト君がそんなこと言うの!あの頃のハルト君だったら絶対そんなこと言わなかった!」

怒ってきた月野木に俺は驚かされた。そして同時に思い出した。

そうだ、月野木は、月野木は誰よりも⋯⋯


***

「強がり。私は気にいらないあの女。クライムはあまい」

「そうだ。それが月野木天音だ」


つづく

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