第10話「ゴライゴン」
“殺される”本能がそう叫びだす。肥後尊は次第に焦燥感に駆られる。
しかし、今やトゥワリス国からウェルス王国の一部そして旧ダルウェイル国を支配しているのは自分。
肥後の脳裏に大陸の地図が浮かぶ。
その地図は次第にトゥワリス国を中心に紅く染まりだす。
「そうだ。トゥワリスの実権を握っているのは俺だ。俺が王になればいいんだ。そして⋯⋯」
手を震わせながら顔を覆い、目に浮かぶのはディフェクタリーキャッスルで行われた載冠式の光景。
陽宝院の手によってニュアル・ウルム・ガルシャードの頭に王冠が載せられる。
「ニュアルとかいう小娘を殺せば。俺がこの異世界の覇者だ。見てろよ陽宝院」
***
屋敷の地下にある賭場
魔法陣がモニターの役割をして、トゥワリス国にある合戦場を映し出している。
その手前に、十数人の貴族たちが集まりテーブルの上にチップを山積みにして並べている。
“カンカンカンカン”
奥の方から鳴り響いてくる靴音に、貴族たちは階段の方を見やる。
そこへ現れたハクドアル子爵の姿に一同は驚く。
「ハクドアル公⁉︎ 戦う駒をもう用意なされたのですか?」
「そうだ!」と、ハクドアル子爵は自信満々にチップをテーブルの上に乗せる。
「こんな短期間で信じられない」
「まさか」と、驚く貴族もいれば、「農民の駒ならいくらでも余ってますからな」と、揶揄う貴族で
場はざわつく。
「方々。トゥワリスは私のものだ。見るがいいこれが私の駒だ。”ゴライゴン“」
両手を大きく広げ「アーハハハッ」と、高笑いをあげるハクドアル子爵。
”ゴゴゴゴ“と鈍い音が頭上の方から徐々に近づいてくる。
天井の埃がパラパラ落ちはじめてきて、貴族たちが見上げると天井が一気に崩れ落ちてくる。
貴族たちは一斉に瓦礫の下敷きとなった。
***
サイのような大きなツノに鋭い目つき。
特撮の怪獣映画に出てくるようなフォルムの巨大モンスターが雄叫びをあげる。
“ゴライゴン”
踏み潰された屋敷を眺めながら「ハハハハハッ」と、肥後は高笑いをあげる。
「もうこれで証拠など何もない。陽宝院見てろ。ゴライゴンがいれば、皇都なんてひとたまりもない」
肥後は「魔獣使い、ゴライゴンを皇都へと向かわせるんだ」と、フードを目深に被った黒装束の人物に指示する。
黒装束の人物が両手を翳すと、ゴライゴンの額に魔法陣が浮かび上がって、ゴライゴンはゆっくりと
方向転換をはじめる。
ゴライゴンが、一歩踏み出すたびに大地が大きく揺れる。
巨大なゴライゴンの姿は、数キロ離れた街道を走る馬車からも確認できる。
***
「見てアレ!」
私は、馬車の窓の向こうに見えるその大きな影に驚いた。
「何⁉︎ 怪獣?」
東堂あかねも窓に顔を貼り付けてその影の存在に驚く。
「あっちは肥後のいる屋敷の方角じゃないか?」
気づいた東坂慎次君は、馬車を操る御車の男性に「急いでくれ」と、お願いする。
「勘弁してくれ! あんなモンスターがいるところに行けるか」
そう言うと御車の男性は、馬車を急停止させて逃げ出してしまう。
「おい、待ってくれ」
東坂君の引き止めも叶わず、御車の男性は、林の中に消えてしまう。
振り向くと巨大な影が、こちらの方へ大きく口を開け、青白い光を集束しはじめていた。
怪獣映画では見慣れた光景、私たちには、この後の展開が容易に想像できる。
***
一直線に伸びる光は雲を割き、青空に筋を描く。
ゴライゴンの口から放たれた光線は数キロ離れた地点に着弾。周囲をいっせいに炎の海へと変える。
その光景に体を震わせる肥後は、眼を見開いたまま、口角を真横に広げて不気味な笑みを見せる。
「この俺が異世界の王にして、異世界の支配者⋯⋯」
目に浮かんでくるのは父と兄の顔。
「ヤマトと違って、やはりお前には商売人としての才能がない」
「尊、お前、父さんに面倒見てもらって立ち上げた会社だろ。潰しちまったら肥後家の名折れだぞ。やっぱりお前は株で小金稼いでいるのがお似合いだよ」
実業家として立ち上げた会社が傾きかけた時に浴びせられた言葉が蘇る。
家庭では、以前から父や兄に才能を否定され、雑に扱われてきていた。
「親父も兄貴も俺に才能がないと見下しやがって、俺はツテなんてまったくないこの異世界で、貴族たちを相手に大きなディールをやってのけた。
ただ担がれているだけの操り人形な兄と、大国に頭が上がらないクセに世界を陰から支配していると思い上がった父、俺は2人を超えた。2人が吠え面をかく顔が見れないのが残念だ」
「なんだアレ?」
魔獣使いの驚く声に、肥後はゴライゴンを見やる。
ゴライゴンの頭上より高い位置に太陽を背にした人影が見える。
“ありえない”そう頭によぎる。
「さぁイリスやろうか」
空中で巨大メイスを振り上げているクライム・ディオールは、降下しながらゴライゴンのツノへ巨大メイスを叩きつける。
その瞬間、ゴライゴンは割れるようにして上半身が消し飛ぶ。
その光景に肥後と魔獣使いは驚愕する。
魔獣使いは「ヒィッー」と声を上げて逃げ出す。
「待て、どこへいく佐伯!」
追いかけるように肥後もその場から逃げ出す。
すると肥後の体が急にピタリと動かなくなる。
地面にできた魔法陣によって捕らえられた肥後の体は身動きが効かなくなったのだ。
今度は、魔法陣から放たれる電撃のような衝撃が全身を襲う。
「ぎゃあああああ!」
肥後の背後の方から佐倉芽衣(さくら めい)が右手を翳して近づいてくる。
***
“ホールドトラップ”、相手の動きを封じて、ダメージを与える能力か。
俺は佐倉先生の首裏にできた紋章を見て察した。
「先生の能力なら、体内の血液を蒸発させて、肥後を破裂させることだって簡単だろ。躊躇しているのか?」
「⋯⋯」
答えが返ってこない。
俺は親指と人差し指で“摘む”形を作って手首を捻る。
そうすると俺の任意で肥後の首は可動範囲いっぱいまで回る。
「く、首が勝手に⋯⋯あ、あ、あ」
振り向きざまに肥後は俺の顔を見るなり驚く。
「う、右条⁉︎ 先生もどうしてここに⋯⋯」
このまま360度目一杯、回して首をもいでやってもいいんだが⋯⋯
「肥後を許すのか? 先生」
「⋯⋯」
「なぁ、先生。肥後を許して、そのまま先生の胸の中をぐるぐると動いて周る黒いものはいなくなるのか? 苦しいだけじゃないか?」
「⋯⋯わからない」
「この世界じゃ、俺たちの感覚の方が普通じゃないんだ」
そんなの後ろにいるライルやセレス、オッドの平然とした顔を見れば分かる。
「俺はこの世界と、ここにいる奴らと出会って学んだことの方が多い。机に打っ伏しているよりはるかに。これで教師と生徒という立場は終わりだ。教えてやるよ先生」
俺は肩に担いでいたイリスが変身したメイスを持ち上げる。
「なぁ、やめてくれ。俺たち同級生だろ」
『ねぇ。クライム、ドウキュウセイって何?』
「別の世界からこの世界を滅ぼしにやってきた侵略者のことだ」
『そっか』
***
巨大怪獣の攻撃をまぬがれて、私たち4人がようやく肥後君の屋敷へと駆けつける。
すると私たちの目に真っ先に飛び込んできたのは、さっきまで肥後君だったものが飛び散る様だった。
***
「先生。胸がスーッとするだろ。頭じゃ否定していても心は正直だ」
このとき佐倉先生は泣きながら口元は笑っていた。
飛び散った白い塊が俺の頬に貼りつく。
「なぁ、肥後。てめぇからは脂しか飛び散らねぇぞ」
つづく
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