第5話「市場をゆく」
ここはフェンリファルト皇国とトゥワリス国の国境近くにある大きな市場。
物資が再び入るようになり、かつての賑わいを取り戻している。
大勢の買い物客がいきかう通りを私、東堂あかね、東坂慎次君の3人は見物がてら見て回ることにした。
商店に並べられているアクセサリーや衣服についつい目を奪われてしまう。
だが、手に取った商品の値札を見ると、奪われた私の目は飛び出すのだ。
この塩の価格なんて、2倍、3倍どころじゃない。桁が1つ違うのだ。
「あの、コレって“0”(まる)がひとつ多くありませんか?」
私は店主のおじいさんに尋ねる。
「何を言うか!それで合っている。それがこの塩の値段だ!」
寝ているのか起きているのか分からない表情をしていたおじいさんが、目ん玉をひん剥かせて答えた。
「いたいた。ムルグのじいさん!」と、おばさんが駆け寄ってくる。
「おお!料理屋の」
「会えてよかったよ。やっぱじいさんとこの塩が一番だね。ずっと、味気がない料理出してたから客の顔が沈んでてね。
この間は“マッズい”なんて騒ぐ客がいてまいったよ」
「すまねぇ。待たせちまったなぁ。ようやく戦争が終わって来れるようになったと思ったら、今度は国境近くの街道に盗賊が出るようになって
護衛やらなんやら付けて、品物を運んでくるのにとても容易じゃない」
「大変だったねぇ。じいさん」
「今、いつもの用意するから待っててくれよ」
「いいのよ。気にしないでちょうだい。そうだ、お嬢ちゃんたち、ここの塩とてもおいしいんだよ。おすすめ。フフフ⋯⋯うわっ高っか!」
おばさんは目にしてしまった値札に、目をひん剥かせて驚く。
「あの、どうしてこんなに高いんですか?」
口をパクパクさせているおばさんに代わって私が尋ねる。
「値段を決めているのは、この市場を仕切っているパルド商会だ。パルド商会に聞いてくれ」
「パルド商会⋯⋯」
「高いって思うかもしれないが、それでもうちのがいいって買い求めてくれるお客さんはいるんでね」
そう言っておじいさんは、おばさんの方に目をやると、すでにおばさんの姿は無かった。
***
私たちはさっそくパルド商会の会長さんを訪ねた。
恰幅のいい体型に白い立派な髭。いかにも金持ちの商人という感じだ。
「市場税だ。領主様が市場を開くにあたって税を取ることを決めた。そのせいでうちは価格を高くせねばならなくなった」
そこへ、家来の男が駆け込んでくる。
「会長大変です! エルドリック商会がうちの半値で品物を売っています」
「なんだとッ! エルドリック商会の奴らがなぜ、この市場で商売をしているんだ⁉︎」
「聞いたところ、領主様から市場の利用許可が降りたと」
「おのれ⋯⋯」
「どうしてそのエルドリック商会というのは安いんだ?」と、東坂君が尋ねる。
「やつらには免税書が出ているんだ」
「免税書?」
「トゥワリス国の内戦で物資が入りにくくなっているから。税を免除する証書だ。
我が商会も申請を出しているが一向に認可がおりん」
***
私たちは、領主のハクドアル子爵の屋敷を訪れた。
ハクドアル家は代々この地を納める貴族で、21歳の息子レオンに代替わりしたばかりである。
「免税書を公平に出せと?」
「そうだ。ただでさえ物資が入りにくい状況なのに、商人の税負担まで増やされちゃ、物価が上がって領民の暮らしがますます苦しくなっている。いいのか?」
「ハハハハハハ」
東坂君の問いに、レオン子爵は腹を抱えて笑う。
「公平⋯⋯何を言っています。我々は公平にやっているからこそパルド商会は認めないのです。詳しくは先生にお聞きになった方がいい」
「先生?」私たちが振り向くと「独占の禁止ですよ」と、クラスメイトの肥後タケル君が入ってくる。
「肥後⁉︎」
「この世界には自由取引が必要だ。そのための手段です」
「どう言うことだ?」
「この領内の商売はパルド商会によって独占されている。だから競争がまったく働いていない」
「親父の代からのしがらみでね。俺の代になってから一切をあらためさせたいんだ」
「そのために、新興のエルドリック商会のみに免税書出して優遇させるているんだよ」
「それだと今度はエルドリック商会の独占にならないか?」
「客はしばらくエルドリック商会に流れるだろう。だけどパルド商会には然るべきときに必ず免税書を出す。
この状況が続けば、パルド商会もこっちが再三求めて来た既得権益の放棄に応じざるおえなくなる。
それまでの辛抱だ。やがて価格競争がはじまり、市場は活性化する」
「だけど、なぜ今なんだ? トゥワリス国の内戦の影響が出ている真っ只中でこんなことをするから異様な物価の高騰が起きている」
「今じゃなきゃ効果がない。物価が異様に高騰しているからこそ。エルドリック商会の安さが目を惹く。だからパルド商会の頑なな姿勢も崩せるんだ」
「先生。今度は法人税というものを詳しく、私に教えてください」
「お前、また税金を取るつもりか」
「もちろん今度は両方の商会から取る。この領内で商売をして利益を得ているんだから、しっかり税を納めて還元して貰わないと」
「だけどな」
肥後君はふと、私たち3人を眺めるように見回しはじめる。
「⋯⋯ところで、お前たち随分といい制服を着ているな」
「そ、そうか」
「その制服。あれだな。エルドリック商会が仕立てたやつだ」
「あ⋯⋯」
さすが肥後君。大手ネット通販会社の御曹司で、中学生の頃から起業していただけはある。
金儲けを考えさせたら右に出るものはいない。
納得のいかない部分もあるが、肥後君の言っていることにも一理はある。
私たちは、ハクドアル子爵の屋敷を後にして市場に戻った。
***
市場に着くと、先ほどのおじいさんが売れ残った商品を片付けている。
そこへ腕にタトゥーの入った屈強な男がおじいさんに声をかけてきている。
あきらかにカタギじゃない。
「じいさん。帰りの道中も俺たちが警護してやるよ」と、半笑いの男。
「勝手にしろ」
「毎度あり〜」
「待てよ。じいさんは俺たちが警護する」
「なんだテメェらは? ここは誰の縄張りだと思っている」
「しらねぇよ。だけどじいさんは俺たちが守る。じゃあな」
***
日が沈みかけてきている。
私たちはおじいさんの荷馬車乗って森の中の街道を進む。
国境近くの街道に盗賊があらわれるようになってから
先ほどの自警団を名のる男たちが行商人たちから金を取って荷馬車を警護してくれるようになったそうだ。
だが、その金額はボッタクリのように高い。
しばらく順調に走っていると、荷台にいる私たちにガクンと、強い衝撃が来る。
荷馬車が急停止した。
私たちが急いで、荷馬車を降りるとターバンのような布で顔を隠した男たちが
剣を手にして、道を塞いでいる。
さっそくあらわれてしまった盗賊たち。
男たちはしめしめとばかりに一斉に襲いかかってくる。
東坂君とあかねは、紋章を光らせて応戦する。
あかねの氷が瞬く間に地面を這って男たちの下半身を凍らせる。
そして、東坂君の剣から放たれる雷によって男たちの意識が失われる。
2人のいつもの連携プレーが決まった。
安心してばかりもいられない。
木の上に飛び移って、あかねの氷から逃れた男たちが、頭上から襲いかかる。
そこへ、飛んできたクナイが男たちの首筋に刺さって、そのまま地面に落っこちる。
すぐに葉賀雲 影家(はがくも かげいえ)君が木の陰から現れる。
「安心しろ。クナイに塗った毒で寝ているだけだ」
葉賀雲君は、そう言って男の顔を覆っているターバンを剥ぎ取った。
案の定というか、正体は市場で声を掛けてきた腕にタトゥーの入った屈強な男だった。
***
夜があけて行商人たちが駐留する施設にたどり着いた。
つまりは道の駅だ。
そこには多くの荷馬車が駐車している。
その光景に私たちは圧倒される。
つづく
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