第3話 「戦(いくさ)賭博」

“なんでだ? なんであそこに月野木がいるんだー⁉︎”

後藤を倒して、その場を立ち去ったあと、驚きのあまり俺は壁に背をつけたまましばらく動けなかった。

全身はガクガク震えて、心臓の鼓動が早い。

俺は、同級生の後藤駿平を倒すべく領主屋敷に乗り込んだ。

後藤の他に、東坂慎次、東堂あかね、葉賀雲 影家の姿があった。

互いに武器を握って何やらモメているようだったが、俺には関係ない。

詠凛(えいりん)学園2年B組の連中はまとめて俺が倒すのだから。

「ハルト君!」

その声に俺は、ハッとした。東坂たちの側に月野木天音の姿があったのだ。

戦闘力ゼロの影響で戦線から離れた安全圏に匿われているはずの月野木がなぜここに。

何やら後藤にディスられてたような気がしたが、メイスに変身したイリスを投げてさっさと片付けた。

とにかくその場を早く離れたかった。

「後藤⁉︎ ハルトお前何を⋯⋯」

「右条答えろ!」

「ハルト君!」

俺は月野木を見つめながら背を向けて立ち去った。

他の奴らはどうでもいい。だけど⋯⋯

“ヤベー。月野木が話しかけてきたのに、緊張して何も答えれなかった。印象悪かったかなぁ⋯⋯”

「クライム。顔赤い⋯⋯」

イリスが俺の顔を覗き込む。

ひさびさに月野木の顔を見ると俺の心が冷静ではいられない。

「何やってんだ。ハルト行くぞ」

小生意気で活発そうな少年ライルの声に、俺は我を取り戻した。


俺たちは馴染みの武器屋を訪れた。

「あんちゃん」と、店の親父が気さくに話しかけてくる。

「用意出来てるぜ。奥の部屋で着替えてきな」

俺は、この店の親父に新しい甲冑を仕立ててもらっていた。

鏡に映る俺の姿。

黒を基調としていて、デザインは日本の武将をイメージしてもらった特注品だ。

絵には自信が無い方だが、あの親父もあんな絵でよくここまで仕上げたもんだ。

この陣羽織なんかよくできている。

カーテンを開けてみんなの前にお披露目した。

「おー」と、イリスたちは感嘆の声をあげる。

「これがハルトの世界のブショウって奴なのか?」

年下のクセにいつも小生意気な口を聞いてくるライルも、はじめて見るものに驚いたのかポカンとした表情で尋ねてくる。

「まさしく武将だ」

「よくあの絵が理解できた。私はここまで想像できなかった」

どうやらイリスが感心していたのは俺の甲冑じゃなくて親父のセンスのようだ。

「そうだろお嬢ちゃん。苦労したんだぜ。見たことねぇけど、おそらくこうなんじゃないかって想像しながら作ったんだぜ。

相変わらず無茶な注文が多いぜ。こいつは」

「似合ってますぞ。クライム殿」

いつも素直に褒めてくれるのは、ゴリマッチョのオッド。

まさしく気が優しくて力持ちの頼れる男。

いっつもニッコリしているので何を考えているかは、わからない。

「いいじゃないか。クライム」

美人でクールなお姉さんキャラのセレスも褒めてくれた。

一緒に行動しているが美人すぎて内心いつもバクバクしている。

「セレス姉さん。ちょっと変身してくれ」

セレスは日本刀に姿を変えた。

彼らはアームズ族といって、仕えているご主人がイメージした武器に姿を変えてくれる。

この世界では絶滅寸前の希少種だ。

「おお! しっくりくるね。やっぱこの格好には刀がないと」

「なぁ、ハルト。これからどうするんだ?」

「クライムだよ」

「うるせぇな。ちびっ子」

むーとっ頬を膨らませるイリス。

「私がつけたんだよ。クライム。英雄から名前とった。それにライルだってチビ」

「なんだと!ちびっ子」

「ケンカはおよし」と、セレス姉さんは元の姿に戻ってガキ2人を諌める。

それでも叩き合いになりそうなときは力持ちのオッドが「そうですぞ」と、2人の襟首を掴んで持ち上げる。

これでガキは大人しくなる。

これが俺たちの日常だ。

「とりあえず食事にしようか」


「マッズイ!」

俺はリゾットを口にして思わず叫んでしまった。

周囲の客が俺を見やる。

てっいうか味がない⋯⋯

すると、奥の方から店のおばちゃんが出てきて「何言ってんだい!お客さん」と、怒鳴り込んでくる。

ここは”どうなさいましたお客様。申し訳ございません“と、日本だったら頭を下げて謝るところだぞ。

だけど、ここは異世界。そこは置いておこう。

「おばちゃん、これ味がない⋯⋯」

「バカ言ってんじゃないよ!トゥワリス国が内戦でドンぱちなんかはじめたもんだから物流が止まって塩が手に入らないんだよ。

みんな我慢して食べてんだ。贅沢言わずさっさと食べな」

たしかに、見回すとどの客も沈んだ表情で粛々と食べている。

みんな空腹を満たすためだけに食べているという感じだ。

とても食事を楽しむなんて言える雰囲気ではない。


おばちゃんの話をまとめると、つまりこういうことだ。

海を領内に持つトゥワリス国は塩の産地となっている。

領地に恵まれたことによって特産品が多く、周辺の強国がひしめき合う中にあって交易によって栄えた国である。

周辺国のほとんどが、生活に必要な品々をトゥワリス王国から仕入れていて、かなり依存していた。

そんな豊かなトゥワリス国だったが、ある日、国王が突如の病で亡くなり激震が走る。

すぐさま王子の国王即位が決まると、ウェルス王国がそれに反発した。

王子には兄がいたのだ。彼は素行の悪さが原因で国外追放されていて、ウェルス王国が身柄を預かり面倒を見ていた。

そして、彼こそが真の後継者であると、エルドルド伯爵が立ち上がり兵を率いて出陣。

エルドルド伯爵は、長女ハルシャ・エルドルドと兄を結婚させて婿養子としていた。

エルドルド伯爵の軍勢が王子を討ち取ると、ウェルス王国の悲願だったトゥワリス国の属国化に成功する。

こんなおいしい領地、どの国だって欲しくないわけがない。

だが、エルドルド伯爵が新国王の養父として権力を振るおうとした矢先、後藤たちによって討ち取られた。

そして新国王も、直前に不審な死を遂げている。

どうやらエルドルド伯爵が絶対的な権力を振るうため、手をかけたなどという噂もあった。

それによってトゥワリス国権力の空白地帯と化してしまった。

今では、仕えていた子爵たちが領地を巡り、小競り合いをする内戦状態にある。

そのせいですっかり物流が止まり、周辺の国と地域の生活に支障が出ているというわけだ。


ってなわけで、俺たち一行は合戦場となっている平原にやってきた。

数千の軍勢が戦場を埋め尽くしてぶつかり合っている。

飛び入りの俺は、イリスが変身したハンマー武器ニョルニルを思いっきり振り下ろして地面を叩きつけた。

生じた衝撃によって弾き飛ばされた兵士たちを、今度はセレスが変身した日本刀で切り裂く。

両軍の注目は一気に俺たちに集まった。

「どっちに味方するんだ? ハルト」

ライルが尋ねる。

「クライムだ。俺はクライム・ディオール。もちろん両方だ。両方とも俺が倒す。こい!ライル」

ライルはニカッとした笑顔を見せて、2丁の拳銃に変身する。

俺は左右から攻めてくる兵士たちを、次々に撃ち抜く。

ライルは銃型の武器に変身する。

「さすがにこの数ちょっと面倒か」

ならばこうだと、今度はライルをガトリング砲に変身させた。

俺はぐるりと回りながらガトリングを一気にぶっ放す。

斬りかかろうとしてきた兵士たちはバタバタと地面に倒れていく。

向こうも、手を打ってくる。

近づけないならと、弓兵を使って矢の雨を降らせて来た。

するとオッドが盾へと変身して、俺たちを守ってくれる。

敵の数はまだまだある。

「そうだ」と、俺はこのとき閃いた。

大軍相手でも楽に勝つ方法。

ライルとオッドを俺の力で融合させて戦車へと変身させた。

「クライム。あんた本当にいつも面白いもの見せてくれるね」

セレスも初めてみる戦車の姿に驚く。

「さぁ、俺の革命のはじまりだ」


とある屋敷

西洋風の広いリビングで、豚のような上向きの鼻が特徴の小太りの男がソファの上に寝そべりくつろいでいる。

そこへ執事の男が慌てた様子で駆け込んでくる。

「旦那様、大変です! ソロク平原で行われていた合戦が、乱入して来た勢力によって両陣営とも壊滅しました」

「なんだと⁉︎ てことは賭けは成立しなかったのか?」

「はい」

「どこのどいつだ。僕の商売を邪魔したやつは」

この屋敷の地下では、貴族たちが集まり、戦(いくさ)でどちらの軍勢が勝つか賭ける

戦(いくさ)賭博が行われている。


この戦賭博の元締めをしているのが、この小太りの男。

詠凛(えいりん)学園2年B組 肥後タケルである。


つづく

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