第2話 「家宅捜索」
ウィギレス諜報員の葉賀雲 影家(はがくも かげいえ)君からもたらされた情報はこうだ。
天蓋付きベッドのレースカーテンに、女性に馬乗りになる男の影が写る。
カーテンの向こうでは半裸の後藤駿平(ごとうしゅんぺい)君が少女の首を喉元に指が食い込むまで締め上げている。
胸元が露わになるほどに衣服を、引き裂かれたその少女は、栗色のボブヘアをした同い年くらいの子で、痛みに顔を歪めながら苦しみとも快楽ともつかない声をあげている。
その表情に興奮を抑えられない、後藤君は口角を吊り上げて下品な笑い声をあげている。
「ほら、もっと鳴けよ」と、後藤君は、少女の頬を執拗なまでに叩く。
少女は、叩かれながらも反抗的な目を後藤君に向ける。
「なんだその目は? テメェも親父のように殺されたいのか! ミーシャ・エルドルド」
そう言ってエルドルド伯爵をいかにして処罰したのかを得意げに話すのだ。
「家来たちの目の前で“どうか自分の命だけは”って、いい年したオッさんが泣きながら、俺に縋り付くんだぜ。
そのマヌケな表情が面白くて。思わず首を切り落として、その表情のまま保存しておいてやった。市中にも晒してやったから
領民の奴らもウケただろうぜ」
腹を抱えるようにして笑う後藤君。
そして少女の頬を叩く彼の手は次第にグーに形を変えて振り下ろされる。
少女の喘ぐ声は悲鳴へと変わってゆく。
ノックの音を立て、部屋に家来の男が入ってくる。
男は白髪をオールバックにまとめた老兵で、後藤軍の副長を務めている。
「後藤様、軍議の時間にございます」
「そうか。これから行く」
「皆がお待ちにございます」
「これからノッてきたとこなのに」と、後藤君は舌打ちをして服を着る。
テーブルに広げた大きな地図を囲んで甲冑姿の騎士たちが待っていると、しばらくして後藤君が入ってくる。
副長はさっそく後藤君に「エルドルド領内の復興、如何な手順で着手しましょうか?」と、進言する。
「更地にして、砦を建てろ。ウェルス王国を迎え撃つ」
「恐れながら申し上げます。それでは領民の暮らしはどうなってしまうのでしょう?」
「何のために(街を) 焼いたと思っている。優先すべきは戦(いくさ)だ。家臣のエルドルドが討たれ自国の領土を
俺たち敵が蹂躙しているんだ。ウェルス王国は必ず取り返しに大軍で攻めてくる。それに備えるのが先だろ!」
「ですが、人心が無くては我らの大義は成り立ちませぬ」
「そうだな。だったら砦の内側に収容所を作って、そこに住まわせろ。いざという時、肉の盾にでもなってもらおう」
「肉の盾⋯⋯⁉︎ そのようなことをすれば、非道と我らは蔑まされますぞ」
「何を言っている。ウェルス王国の兵士たちが肉の盾を攻撃すれば、ウェルス王国こそが非道。
何せ自国の民を殺すんだからな。そうすれば俺たちは新たな大義を得る」
「しかしながら⋯⋯」
「ウェルス王国のありようを正すために俺たちは出兵した。ウェルス王国を滅ぼさなくては俺たちの正義は果たせない」
葉賀雲君がもたらした情報は耳を覆いたくなるものばかりだ。
私は思わずその場にしゃがみ込んだ。
東坂慎次(とうさか しんじ)君と東堂あかね(とうどう あかね)は怒りで拳が震えている。
「後藤のヤツ、増長しやがって。何が大義だ。完全に政府の考えを無視している」
「止めるよ」
あかねは「天音はどうする?」と、うずくまる私に意思確認をする。
「同行する」
即答だ。見届けなければいけない。戦えないとしても。
それが私、月野木天音(つきのき あまね)が決めた覚悟。
だから 陽宝院(ようほういん)君の誘いを断ってウィギレスに参加した。
次の日ーー
「敵襲です!」と、騎士がドアを突き破る勢いで開けて入ってくる。
砦の建設に向け、構想を練っている最中の後藤君と副長らは一斉に振り向く。
副長は驚いて席から立ち上がる。
「まさかウェルス王国が⁉︎ 」
騒つく騎士たち。
「ありえない。早すぎる」と、後藤君はすぐさま違和感を示す。
「いいえ。それが⋯⋯お味方です」
東坂君と葉賀雲君とあかねは領主屋敷の中庭を警備する騎士たちとさっそく戦闘になった。
私たちは、この世界に来た途端、手の甲など全身のさまざまな箇所に紋章が浮かび上がった。
東坂君は右手の甲。あかねは胸元に。
紋章によって人ならざるほどの身体能力を得て、人智を超えた異能の力が使えるようになった。
あかねは氷の能力を使った攻撃が得意で、地面に手を触れると尖った氷が迫り出してきて、地面を這うようにジグザグに走る。
そして襲い掛ってきた兵士たちの下半身は氷漬けになり身動きが取れなくてなってしまう。
雷を使った能力が得意な東坂君は、身動きの取れなくなった兵士たちに雷を落として意識を失わせる。
葉賀雲君はクナイや手裏剣といった忍者の定番武器で騎士たちと戦う。
刃の部分には痺れ薬が塗られているので、擦り傷がつけばその場で動けなくなる。
私は3人が戦う姿を後方から見守るしかない。それが今の私の限界。
私の紋章は額にある。だけど戦闘に使えるような異能の力は私には備わっていない。
東坂君とあかねは、意を決して屋敷の大きな扉をこじ開けた。
目に飛び込んでくるのは西洋風のエントランスホール。
赤絨毯が階段の天辺まで伸びている。そこで後藤君が待ち構えていた。
「後藤、観念しろ! お前を人身売買の容疑で逮捕する。今ごろ葉賀雲が地下牢に閉じ込められた女の人たちを救出している」
同じころ、地下牢に忍び込んだ葉賀雲君は、牢の鍵を壊して女の人たちを次々に救い出していた。
その中にはエルドルド伯爵の娘、ミーシャ・エルドルドもいた。
「そして今回のエルドルド伯爵の討伐。私欲による侵略行為と見なし、領地を全て没収する」
「お前たちが規律や秩序って騒ぐのは勝手だ。 だけど誰がフェンリファルトを大きくしたと思っている。
俺たちが戦うのは、夷狄(いてき)に蹂躙されない強い国になるため。お前たちが内地でのうのうと生活できるのは俺たちのおかげだろ。
なのに金も寄こさず、逮捕だと⋯⋯笑わせるんじゃねぇ!あの女たちは金のためだ。安全圏で平和のためとのたまう政府に代わって、
俺が最前線で戦う兵士のために稼いでいるんだ」
後藤君は右の首筋にある紋章を光らせる。
「お前らが俺に勝てると思っているのかよ?」
剣を抜刀し、刀身に炎の渦を纏わせる。後藤君は炎を使った攻撃が得意だ。
「経験値の差を見せてやる」と、後藤君の姿が一瞬で消える。
そして突然、あかねの前に現れ、腹部めがけ剣で薙ぎ払う。
その威力に弾き飛ばされたあかねは壁に叩きつけられる。
紋章の力は、戦いや修練で成長(レベルアップ)する。
ずっと大群を相手に戦ってきた後藤君のレベルは、私たちの比ではない。
東坂君も剣で後藤君に対抗するが、後藤君の一方的な攻撃に防戦一方だ。
「俺たちを取り締まるなどと、やっぱりお前たちの組織は目障りだ!ここで潰してやる」
後藤君の一撃一撃は重い、東坂君の体力が徐々に削られてゆく。
「見ろよ。これが俺の力だ」
後藤君の背後に大きな紋章があらわれる。攻撃力が一層上がった。
「なんだこの力⁉︎」
「これが俺の力だ」
後藤君の渾身の一撃でついに東坂君の剣が折れる。
「⁉︎」と、東坂君が怯んだところに炎が襲いかかる。
「ぐあああ」
大きなダメージを与えられた東坂君はその場に倒れる。
「お前たちは俺の領土内の条例で処刑にしてやるよ。お前たちが守る法って奴でな」
「ハハハハ」と、後藤君は勝ち誇るように高笑いをあげる。
「クソ⋯⋯」
「俺たちが手に入れたこの力は最強だ。とくに俺の場合はすでにカンストしている。初期値で粋がっているお前らじゃ到底及ばない。
敵と味方どちらからも寝首をかかれるかもしれないこの世界において強さこそが正義なんだよ!」
後藤君は右手を高く上げて、手のひらに炎を集めはじめる。
炎は直径1mくらいの火の球へと成長していく。
「消えろ」と、後藤君がニヤリとした不敵な笑みを私たちに向けたとき、突然の爆発音と一緒に屋敷の大きな扉の一部が吹き飛ぶ。
振り向くと、そこには5人の人影がある。
小柄な金髪の少女に、活発そうな茶髪の少年、屈強な体格をした糸目の若い男性とスラッとした体型に黒髪ストレートをポニーテールにまとめた大人ぽい美人女性。
そして真ん中に立っている紅い瞳に銀髪の青年は、姿は変わってしまっているが私にはわかる。
”右条晴人(うじょう はると)君“ 私は思わず「ハルト君!」と、叫んだ。
「右条だって⁉︎」
意識が遠のいていたあかねも目を見開いて驚く。
「右条晴人だと⋯⋯」
「ハルト⋯⋯あいつ死んだんじゃないのかよ」
「後藤⋯⋯その程度で強くなったとドヤるなんて笑わせてくれるぜ。お前はこの力の本当の力を引き出せていない」
「なんだとテメェ。右条だとしたら許せねぇ」
後藤君の脳裏に、日本にいたころ、ハルト君と接した日常が浮かぶ。
ハルト君はおとなしくてクラスの強い男子たちから、からかわれていた。
その1人が後藤君だった。
「テメェみたいなキャラに上から言われるのが一番頭に来るんだよ。殺す!」
ハルト君は隣にいる小柄な金髪の少女を見やる。
140cmくらいだろうか。そんな少女の輝くと2mはあろう巨大なメイスに姿を変える。
後藤君が「死ね!」と、叫んで攻撃に出ようとした瞬間、ハルト君の手に握られていたはずの巨大メイスは凄まじいスピードで後藤君の頭部を貫いた。
クチャッという音を立てて肉片を撒き散らした。
私は思わず悲鳴を上げた。
頭部を失った後藤君の体はそのまま大の字に倒れた。
「後藤⁉︎ ハルトお前何を⋯⋯」
ハルト君たちはもう用はないと言わんばかりに私たちに背を向け立ち去ろうとする。
「右条答えろ!」
「ハルト君!」
私たちの声に無反応な態度を示すハルト君。
小柄な金髪の少女は振り向きざまに「彼はハルトじゃない⋯⋯クライム・ディオール」と答えた。
その瞬間、ハルト君は私と目があった。
だけど彼は何も答えず去って行った。
つづく
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