第1話 「取調べ」

私は旧エルドルド領にやってきた。

ここは一か月前に私たちの国フェンリファルトが平定した地。

苦しめられている領民の解放という大義を得て領主エルドルド伯爵の討伐をおこなった。

解放された領民にはこの先、明るい暮らしが待っているはずだ。

だが、よくない噂を聞きつけて私と東坂慎次(とうさか しんじ)君、クラスの中でも

一番の親友、東堂あかね(とうどう あかね)はこの地へ赴くこととなった。

私たち3人は“従属する領主や貴族たちが不正や非人道的な統治を行っていないか取り締まる警察組織ウィギレス“に所属している。


私たちはさっそく領主屋敷を訪ねた。

討たれたエドルド伯爵になりかわり領地は後藤駿平(ごとうしゅんぺい)君が治めている。

大隊を指揮する彼の活躍によりフェンリファルトの領土も北西へ一気に広がった。

「警察ごっこ隊が何のようだ?」

後藤君は私たちの顔を見るなり鬱陶しそうな顔をした。

「乱取りが横行していると聞いたぞ。駿平!」

「兵士たちが勝手にやっていることだ」

「それを諌めるのがお前の役目だろ」

東坂君は野球部で活躍していた野球少年。プロのスカウトが学校に見に来るほど期待された実力の持ち主だ。

親しみやすい性格からクラスの男子全員と仲が良く、もちろん女子たちからも人気だ。

お父さんは警察官でこの組織を提案したのは彼だ。


私たちの取り締まりはクラスの仲間たちにも及ぶ。

後藤君たちの軍勢がエルドルド領に侵攻し、3日間の戦闘の末勝利した。

だが、その後の後藤軍の兵士たちによる破壊活動が止まらなかった。

乱取り=勝利した兵が敗戦した領民から食糧、財産を奪う行為。

中でも、目を覆いたくなるのが女性たちが慰み者にされること。

とくにエルドルド伯爵に仕えていた貴族の娘たちが格好の餌食となっていた。


「ここへやってくる道中、森の街道で倒れている女の子を発見した。抱き起こすと首から血を流していて、すでに亡くなっていたよ」

「その子には男に乱暴された跡があったよ!」

あかねはテーブルを叩いて後藤君に迫る。

赤いショートカットが特徴の彼女は、同い年なのにクラスの姐御的な存在で

男子にも引けを取らない男勝りな性格。

お兄さんが2人いるそうだ。

「身なりからして貴族の娘だと思う。 おそらく自殺だ」


14歳くらいだろうか。私たちより歳下の女の子。

青い瞳に金髪のロングヘア。まるで雪のように白い肌。子供の頃憧れた西洋のお姫様そのものだ。

だけど、その顔は戦火の煤で汚れ、おしゃれなドレスはところどころ引きちぎられていた。

手には短刀が握られていた。

これで命を絶ったのであろう。

濁りはじめている青い瞳から涙が悔しいと伝っていた。

私たちは彼女を前に手を合わせることしかできなかった。


「命掛けで戦った兵士たちの自由を黙認してやらなければいつ不満が暴発するか分からない。

俺たちは所詮、外からやってきたガキだ。どこまで忠誠心があるか分からない。褒美が必要だ。これは鷲御門(わしみかど)だって認めている」


私たちがやってきた世界はまさに群雄割拠の戦国時代。

戦乱が続く中にあってはこんなことは当たり前なのかもしれない。

だけど、心が痛い。

訪れた先の常(つね)に従うのはマナーだ。だけど数百年先の文明を知る私たちはそれを禁じた。

でなければ、私たちは、この世界の人たちにとって魔王のごとき異世界侵略者だからだ。

だけど、この世界のあり方に魅了された生徒がいるのも事実だ。


「どうして街が瓦礫になっているんだ! 力攻めは避けろという政府の指示をなんで無視した!」

「生温いんだよ! 陽宝院(ようほういん)は。エルドルドの降伏も和議も望めない。だったら殺される前に戦うしかないだろ!」

この世界に来たばかりの頃は、戸惑い、何をしていいか分からなかった。

恐い⋯⋯そしてクラスみんなの喧嘩が絶えなかった。

その挙句私たちを見つけて保護してくれた国の国王に騙されて全員殺されるところだった。

だからこうして私たちは国を作るしかなかった。

命を守るために。

そして、作ったからには戦うしかなかった。


「うそよ! 対話の場もつくらず勢いのまま攻め入ったことは私たちは把握しているのよ」

あかねは後藤君に詰め寄る。

燃え盛るエルドルド領の市街地を、後藤君が崖の上から不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた姿は

兵士たちの間で語り草になっていた。

「畏れが必要なんだよ! 俺たちには。外からやってきた俺たちがこの世界の奴らに認めて貰うには。

俺たちのチートみてぇなバカ強え力を見せつけないとダメなんだ!」


“舐められたくない”

舐められたら終わり、殺される。いつも最前線に立って戦ってきた後藤君が、自ら経験して得た答えなんだろう。

命を懸けてきた彼でないと吐けない正論だ。

戦いを彼らに任せている私たちにはこれ以上、彼を咎めることができなかった。


私たちは後藤君に頼んで兵糧を分けて貰った。

住むところを破壊され難民となってしまった人たちのために炊き出しをするためだ。

領民の支持を得るためならと後藤君も理解してくれた。


私が怪我や病気をした人たちの手当てに勤しむ中、諜報員の葉賀雲 影家(はがくも かげいえ)君が陰からスッと現れて東坂君に情報を伝える。

彼は忍者の末裔だそうで、それぽい格好とそれぽい能力を有している。

「領主屋敷の地下牢に、エルドルド伯爵の娘や、妻といった女、子供たちが捕らえられている。 人身売買目的の闇市に流すとのことだ」

「わかった⋯⋯」と、東坂君はその知らせに覚悟を決めた。

「東堂、月野木。明日、後藤駿平の身柄を確保する」

「戦うのね⋯⋯」

「大丈夫、天音(あまね)。私が守ってあげるから」

そういって、隙あらば抱きしめながら私の顔を自慢げな胸に沈めて頭を撫でてくるのが彼女のスキンシップ。

「あ〜この黒くてサラサラとした天音の長い髪を撫でるのが私の癒し」

「もう、あかねは」

「だって気持ちいいんだもん」


私が手当てに戻るとその姿をあかねと東坂君はじっと見つめている。

私がクラスのためにやってあげられるのはこれぐらいなんだ。

「健気よね天音⋯⋯」

「俺たちのために少しでもできることをってサポートがんばってくれている」

「どうして天音には私たちのように戦える力が宿らなかったのよ」

「元いた世界で俺たちのクラスを引っぱってきてくれたのはいつも月野木だった。それが⋯⋯」

「じゃなかったら、天音が私たちの国の王様だった」


つづく




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