第34話 お出かけ
その日はセルフを綺麗にした翌週の土曜日で、僕は朝から先週買った漫画を自室で読んでいた。
田中くんおすすめの漫画は中々に面白く時間を忘れて読んだ。
読み終わったのは午後2時くらいで、それから僕は自室を出てセルフを探しに行く。
ちなみに今日はセルフにひとりで漫画を読むから部屋に来なくていいと言ってあるので、多分母と一緒にいる。
この時間なら既に掃除や洗濯も終わり、居間で母とくつろいでいるだろう。
僕が居間に足を踏み入れると、やはりセルフと母がいて何か話をしていたが、僕に気づいて話が中断された。
「あら聡、読書は終わったの?」
「うん、全部読み終わった。続きを買いに駅前の本屋までセルフを連れていこうと思うんだけど大丈夫かな」
「そうねえ。駅前まで行くなら私も行こうかしら」
「何か買うものがあるの?」
「ええ、ちょうど今セルフにエプロンを買ってあげる話をしてたところよ」
「エプロン?」
「そうよ。先週、聡がセルフの汚れを綺麗に拭いてくれたでしょう。それで考えてたんだけどセルフにエプロンがあれば汚れにくくなるんじゃないかって思うのよね。セルフにはいつまでも綺麗でいてほしいじゃない。結構、似合うと思うのよね」
そういえばセルフを買った日、家電量販店でデモンストレーションを行っていたロボットがエプロンをしていたことを思い出した。
確かニコニコマークが描かれた黄色いエプロンだったことを憶えている。
「いいんじゃない。セルフはどう思ってるの?」
僕がセルフに問いかけると、セルフは答えた。
「エプロンを買っていただけるのなら、とても嬉しいです」
「それじゃ決まりね。駅前まで買いに行きましょう。私は支度をしてくるわ。少し待っててね」
そういって母が居間を出ていき、僕とセルフが残される。
「良かったじゃないか、セルフ」
僕はセルフに声をかけて祝福し、自分の事のように喜ぶ。
「ありがとうございます」
「そういえば藤井さんと会った時、洋服店から出てきてたけどセルフィーに着せる何かを見てたりしたのかな」
僕が今更ながらにそんなことを考えていると、セルフが告げる。
「ペットでも着飾ったりしますので、可能性としてはあると思います」
「可能性は高そうじゃない? そもそもあの洋服店に小学生用の服とか置いてあるのかな? 入ったことないから分かんないや」
「今度、聞いてみてはいかがですか」
「そうだね、そうしてみるよ」
買い物から帰ったらスマホのメールで聞いてみることにしよう。
「それはそうとセルフに聞きたいんだけど。セルフってメンテナンスとかって必要なのかな? 年に1回とか。そのあたり僕は全然知らないんだけど」
「ソフト的なメンテナンスは、夜の充電している間に行なわれます。ハード的なメンテナンスも、特に必要ありません。壊れたら修理に出すくらいです」
「そうなんだ。ちなみにセルフを修理に出した時って、記憶が消えたりしないよね」
「基本的に大丈夫ですが、記憶領域が壊れると、当然記憶は無くなります。壊れないことを祈りましょう」
「バックアップは出来ないの?」
「セルフにはバックアップの機能はありません」
「そうなんだ。じゃあどういうことをしたら記憶領域が壊れるの?」
「落雷に打たれたり、水没したりすると、壊れるのではないでしょうか」
「なるほど。衝撃についてはどうなの?」
「セルフは衝撃には強く設計されています。しかし車に跳ねられたりしたら、さすがに壊れるでしょう」
「人に殴られたりしたらどうなの?」
「すぐに壊れることはないかもしれませんが、さすがに殴られ続けると故障の原因になるかもしれません。可能性は低そうですが」
「そうなんだ」
とりあえず普段の生活の延長上には記憶領域を壊す危険はあまりなさそうである。
「じゃあ記憶が消えることは普通に生活してる分にはないんだね」
僕が安心しきって聞くと、セルフがそれを真っ向から否定する。
「いいえ。ひとつだけあります」
「え、あるの。それはどんな時なの?」
「寿命です」
寿命、と僕は頭の中で繰り返し、予想していなかった意外な言葉が来たと思った。
「どれくらいで寿命になるの?」
「セルフの記憶を保持しているパーツの寿命は、5年程と言われています」
「5年……。意外と短いんだね」
「はい。だから記憶の容量的にも、5年で一杯になるように、計算して積まれています」
「そうなんだ。それなら記憶を失うことは避けられないんだね」
「現状ではそうです。しかし購入者様の要望が多ければ、バックアップなどの機能が追加される可能性はあります。次の5年も記憶を引き継ぐことが、出来るようになるかもしれません」
「そうなったら嬉しいな。5年たったら忘れられるのは悲しいよ」
「メーカーの対応に期待しましょう」
僕らがそんな会話を交わしていると、母が外出の支度を済ませて戻って来た。
「お待たせ。それじゃ、駅前にエプロンを買いに向かいましょう」
僕は漫画の続きを買うため財布がポケットに入っていることを確認して、玄関に向かう。
靴を履き替えてセルフと共に先に庭に出て、母が玄関の扉に鍵をかけるのを待つ。
ちなみに父は朝早くから仕事へ休日出勤したので家にはいない。
母が玄関の扉に鍵をかけ終えると、3人で庭を歩いて横切り道路に出た。
そしてゆっくりと駅前に向かって歩き始める。
「最近、学校の方はどう?」
少し歩いたところで母が僕に尋ねてくる。
「そういえば来週、算数のテストがあるんだ。最近、算数の計算が得意になってきた気がするからテスト結果を楽しみにしててよ」
「楽しみにしてるわ」
「坊ちゃんなら、きっと満点が取れます」
「取りたいな。満点」
今までの算数のテストは僕の計算速度が遅かったせいで見直しが出来ず、また運が悪いと問題の最後まで到達できなかったが、最近は計算速度が上がってきた。
これもセルフが教えてくれた勉強法のおかげであり、こつこつと教わったことを実践してきたおかげでもある。
前回、暗記科目の理科で満点が取れたので、今度は計算問題が主体の算数でも満点を取りたい。
とりあえず今日の夕飯を食べた後にテスト範囲の勉強をするつもりだ。
「満点を取れるように頑張るよ、僕」
それからしばらく歩いて駅前に向かっていたが、家を出て3分くらい経過したころだろうか。突然、僕のお腹がグルルルルと鳴って、便意が襲ってきた。
これは駅前まで持たないかもと思い、僕は母に告げる。
「お母さん、僕トイレに行きたくなっちゃった。一度、家に帰ってトイレに行ってくるから少しここで待ってて。ちなみに大の方だから」
僕が急いで引き返そうとすると、母に呼び止められる。
「待ちなさい。玄関に鍵がかかってるから、鍵を持っていきなさい」
僕は母から鍵を受け取り、すぐさま家に向かって引き返していく。
急いで走って帰りたいけれど、こういう時僕の体は不便だなと思う。
仕方なく歩いて家に帰って、玄関まで来たところで僕は鍵穴に鍵を差し入れて回すと、なぜか回らなかった。
「あれ、おかしいな」
僕がそこで色々と試行錯誤した結果、どうやら鍵がかかっていなかっただけ、という事がわかった。
「もうお母さん、鍵をかけるの失敗してるじゃん」
僕は普通に玄関の扉を開けて、家の中に入った。
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