第33話 セルフのお願い

 藤井さんと友達になれた翌日の日曜日に、僕は再びセルフを連れて駅前に来ていた。

 目的はもちろん昨日買えなかった漫画を買うためで、セルフに荷物持ちとして同行してもらっている。

 駅前の本屋に入ると僕は漫画のコーナーに向かい、昨日見繕っていた漫画を手に取る。

 僕の読んでるシリーズの新刊1冊と田中くんのおすすめの漫画の1巻から4巻までの計5冊だ。

 それを持ってレジの前に並び、順番が来たらレジまで進んでカウンターに漫画5冊を置いた。

 その後は、手早く会計を済ませて漫画を袋に入れてもらい、袋を受け取るとそれをセルフに差し出した。


「セルフこれ持って」

「かしこまりました、坊ちゃん」

 セルフに荷物を持たせて本屋を出ると、そのまま家に向かい歩く。

「買い物したのに荷物を自分で持たなくていいなんて、楽ちんだな」

 僕が上機嫌でいうと、セルフが当然のことのようにいう。

「坊ちゃんの荷物をお持ちするのも、セルフの仕事です」

「僕のために色々してくれていつもありがとう、セルフ」

「どういたしまして」

 僕は帰路を歩きながら、ふとセルフに何かお返しをしてあげたいなと思い浮かぶ。


「ねえ、セルフ。何か僕にしてほしいことはない? ひとつだけセルフの願いを叶えてあげるよ」

「願いですか?」

「うん。いつもセルフばっかり僕に色々してくれるから、たまには僕から何かしてあげたいんだ」

 僕は自分の思ったことをセルフに伝えて、反応を伺う。

 セルフの事だから何もないというかもしれないが、その時は僕が勝手に決めるのもいいかもしれない。

「本当によろしいのですか?」

 セルフがわざわざ念押しして確認してくるということは、何かしてほしいことがあるのかもしれない。

「うん、いいよ。なんでも言ってよ」


 僕がそう促すと、セルフがゆっくりと話し始める。

「実は体の汚れが気になるのです。体の前面は自分で見ることが出来ますが、後ろは自分で見ることが出来ません。雨の日に外出したりもしたので、汚れているかもしれません。坊ちゃんに見ていただければ助かります」

「分かった。家に帰ったら見てあげるよ」

「ありがとうございます」

 その後、僕らは無言で歩き続けて何事もなく家に帰ってきた。

 靴を履き替え廊下に出ると、僕とセルフは家の中に向かって告げる。

「ただいま」

「ただいま帰りました」

「買ってきた本は僕の部屋に運んで」

「かしこまりました」


 僕がセルフを連れて自室に入るとまず荷物を受け取り、袋から出した漫画5冊を勉強机の上に置いた。

「袋は捨てといて」

 残った袋はセルフに渡し、処分を頼む。

「かしこまりました」

 その言葉を残し、セルフは部屋を出ていく。台所に置かれた燃えないゴミを入れるごみ袋まで捨てに行ったのだろう。

 僕はセリフが戻るまで自室で少し待ち、戻って来たのを確認するとセルフに声をかける。

「それじゃ、セルフが汚れてるか見てあげるよ」

「お願いします」

 僕はセルフの傍らに立ち、セルフの体を隅々までチェックする。

「ちょっとだけ、しゃがんでくれる、セルフ」

「かしこまりました」


 僕は最後にセルフをしゃがませて肩から背中辺りをチェックする。

「ちょっとだけセルフの体が汚れてるね。体の色が白いから汚れが目立ってるのかも」

「やはりそうですか」

「でも心配しなくていいよ。僕がセルフを拭いて綺麗にしてあげる」

「本当ですか。ありがとうございます」

 僕らが自室を出て居間に向かうと、テーブルで母が料理の本を読んでいた。

 母が僕に気づくと顔を上げて声をかけてくる。

「おかえりなさい聡。買いに行った漫画は買えた?」

「買えたよ」

「そう。良かったわね」

「ねえお母さん。綺麗なぞうきんが必要なんだけど、ある?」

「あるわよ。何に使うの?」

「セルフの体を拭いて綺麗にしてあげるんだ」

「そう。それは良いことね。少し待ってて。今から取って来るわ」


 母が居間から出ていき、どこからか新品のぞうきんを持って戻って来た。

 それを僕に手渡して、母が告げる。

「これを使いなさい」

「ありがとう。お母さん」

 僕は居間を出て台所に向かい、水道水でぞうきんを濡らしてしっかりと絞る。

 そしてついてきているセルフに向かって声をかける。

「それじゃ綺麗に拭いてあげる。セルフはそこに座ってて」

「かしこまりました」


 僕の指示に従いセルフが台所の床に大人しく正座する。

 ちなみに立たせたままでもセルフの体を拭けるが、セルフの方が身長が高いため肩のあたりが拭きにくい。

 座ることでお腹や腰のあたりが逆に拭きにくいがその時は立ってもらえばよい。

 僕はさっそくセルフの肩あたりに手を伸ばし、ぞうきんでゴシゴシとこすった。

 微かな汚れが取れセルフが綺麗になっていく。

「セルフをピカピカにしてやるからな」

「ありがとうございます」

 肩から背中に移り、背中も終了すると僕はセルフの前に回って胸のあたりをぞうきんで拭く。


「坊ちゃん。体の前面は自分で出来ます」

「僕にやらせてよ。これはいつも僕のために色々してくれるお礼でもあるんだから」

「そうですか。それではお願いします」

 セルフの胸のあたりもピカピカになるまで拭いて、それから頭部をどうしようか考える。

 後頭部は拭いても良さそうだが、顔というか目の部分を濡れぞうきんで拭いてもいいのか迷う。

 そういう時は直接セルフに聞いてみようと思い声をかける。

「セルフの目の部分って濡れぞうきんで拭いても大丈夫なのかな」

「目のレンズの部分は汚れると、視界が悪くなりますが、今はまだ綺麗なようです。拭くと余計汚れる可能性もありますので、目の部分を拭くのは止めておきましょう」

「了解。それじゃ頭と後頭部だけ拭くね」

「お願いします」


 僕はセルフの頭と後頭部をぞうきんで拭いて綺麗にし、ついでに首回りもぴかぴかにしてあげた。

 それから腕も忘れずに綺麗にする。

「お腹とか腰とか足とか拭きたいから立ってもらってもいいかな」

「かしこまりました」

 セルフが立ち上がると僕はお腹のあたりをぞうきんで拭き始めた。

 それが終わったら腰、足へと進んですべての作業が完了する。

「綺麗になったよ」

「ありがとうございます」

「セルフが家に来た直後みたいにピカピカだ。良かったね。セルフ」

「嬉しいです」

 僕は綺麗になったセルフを見て満足げに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る